摂動は天体の軌道を乱す厄介な現象ですが、惑星探査機などの宇宙飛行体の軌道を設計する際には積極的に活用されることがあります。
さて、軌道の計画を行うに当たり、例えば、地球と太陽のどちらの重力の方が影響が大きいのか、知ることができれば便利と言えます。
このように、中心星の万有引力が摂動体の万有引力より優越する範囲のことを影響圏と呼びます。
影響圏を導出するに当たり、準備として三つの天体に作用する加速度について考えてみることにします。
主加速度と摂動加速度
中心星の質量を $m_1$、その周囲を運動する天体(惑星探査機など)の質量を $m_2$、摂動体の質量を $m_3$ として三つの天体の配置と距離が下図のようになっていたとします。
このときの運動方程式は、こちらの式$(1)$の結果を用いて以下のようになります。
\begin{eqnarray}
\ff{\diff^2 \B{r}}{\diff t^2}=-G\ff{m_1+m_2}{r^3}\B{r}-Gm_3 \left( \ff{\B{\rho}}{\rho^3}+\ff{\B{r}’}{r’^3} \right)
\end{eqnarray}
上式より、中心星と惑星探査機の間の万有引力により生じる加速度の大きさ $a_m$ が、
\begin{split}
a_m=G\ff{m_1+m_2}{r^3}
\end{split}
と表せ、そして摂動体からの万有引力により生じる加速度の大きさ $a_d$ が次のように表せることが分かります。
\begin{split}
a_d=Gm_3 \left( \ff{\B{\rho}}{\rho^3}+\ff{\B{r}’}{r’^3} \right)
\end{split}
このように表示される加速度の大きさのことをそれぞれ、主加速度、摂動加速度と呼びます。
次節にて、摂動加速度を展開していくことを考えます。
摂動加速度の展開
それでは、摂動加速度を展開して具体的な形にすることを考えます。再び先程の図を考えます。
始めに、摂動加速度の式中に現れる、$\DL{\ff{\B{\rho}}{\rho^3}+\ff{\B{r}’}{r’^3}}$ を以下のように変形します。
\begin{split}
\ff{\B{\rho}}{\rho^3}+\ff{\B{r}’}{r’^3}=\sqrt{\left(\ff{\B{\rho}}{\rho^3}+\ff{\B{r}’}{r’^3} \right)\cdot\left(\ff{\B{\rho}}{\rho^3}+\ff{\B{r}’}{r’^3} \right)}
\end{split}
右辺の中身を展開して、
\begin{split}
\left(\ff{\B{\rho}}{\rho^3}+\ff{\B{r}’}{r’^3} \right)\cdot\left(\ff{\B{\rho}}{\rho^3}+\ff{\B{r}’}{r’^3} \right)=\ff{1}{\rho^4}\left\{\ff{\B{\rho}\cdot\B{\rho}}{\rho^2}+2\rho\ff{\B{\rho}\cdot\B{r}’}{r’^3}+\rho^4\ff{\B{r}’\cdot\B{r}’}{r’^6}\right\}
\end{split}
今、上図のように $\B{r}$ と $\B{r}’$ の成す角を $\A$、$\B{\rho}$ と $-\B{r}’$ の成す角を $\beta$ とします。すると、
$$
\left\{
\begin{split}
&\B{\rho}\cdot\B{r}’=-\rho r’\cos\beta \EE
&\cos\beta=\ff{r’}{\rho}-\ff{r}{\rho}\cos\A\EE
&\ff{\rho}{r’}=\sqrt{1-2\ff{r}{r’}\cos\A+\left(\ff{r}{r’} \right)^2}
\end{split}
\right.
$$
の関係にあるので、右辺を
\begin{split}
\left(\ff{\B{\rho}}{\rho^3}+\ff{\B{r}’}{r’^3} \right)\cdot\left(\ff{\B{\rho}}{\rho^3}+\ff{\B{r}’}{r’^3} \right)=\ff{1}{\rho^4}\left\{ 1-\ff{2\rho}{r’}\left( 1-\ff{r}{r’}\cos\A \right)+\left( \ff{\rho}{r’}\right)^4 \right\}
\end{split}
と変形できます。
ところで、地球を周回する人工衛星と太陽との関係からイメージできるように、基本的には $\DL{\ff{r}{r’}\ll 1}$ の関係にあります。そこで、$\DL{u=\ff{r}{r’}}$ として $u^3$ 以上の高次の項を無視する近似計算を行うことにします。
すると、
\begin{split}
\ff{\rho}{r’}&=(1-2u\cos\A+u^2)^{\ff{1}{2}}\EE
&\NEQ 1-2u\cos\A+\ff{1}{2}u^2-\ff{1}{2}u^2\cos^2\A
\end{split}
\begin{split}
\left(\ff{\rho}{r’}\right)^4&=(1-2u\cos\A+u^2)^2\EE
&\NEQ 1-4u\cos\A+2u^2+4u^2\cos^2\A
\end{split}
となるので、
\begin{split}
\left(\ff{\B{\rho}}{\rho^3}+\ff{\B{r}’}{r’^3} \right)\cdot\left(\ff{\B{\rho}}{\rho^3}+\ff{\B{r}’}{r’^3} \right)&=\ff{1}{\rho^4}\left\{ 1-\ff{2\rho}{r’}\left( 1-\ff{r}{r’}\cos\A \right)+\left( \ff{\rho}{r’}\right)^4 \right\}\EE
&\NEQ \ff{u^2}{\rho^4}(1+3\cos^2\A)\EE
&=\ff{r^2}{r’^2\rho^4}(1+3\cos^2\A)
\end{split}
とできます。
さらに、$\rho\NEQ r’$ と近似することで、摂動加速度 $a_d$ が次のように近似できます。
\begin{split}
a_d&=Gm_3 \left( \ff{\B{\rho}}{\rho^3}+\ff{\B{r}’}{r’^3} \right)\EE
&\NEQ Gm_3\sqrt{\ff{r^2}{r’^6}(1+3\cos^2\A)}\EE
&=\ff{Gm_3r}{r’^3}\sqrt{1+3\cos^2\A}
\end{split}
次節では、主加速度と摂動加速度の比を考えて、今回のメインテーマである、中心星の万有引力が摂動体の万有引力より優越する範囲=影響圏の導出を行っていきます。
影響圏とは?
まずは、質量 $m_2$ の惑星探査機などの宇宙飛行体に対して、質量 $m_1$ の惑星を中心星、質量 $m_3$ の太陽を摂動体と見なせる場合について考えましょう。
このとき、中心星による主加速度 $a_m$ と、太陽による摂動加速度 $a_d$ の比が次のように表せます。
\begin{split}
\ff{a_d}{a_m}&=\ff{Gm_3}{G\ff{m_1+m_2}{r^3}}\cdot \ff{1}{\rho^2}\left\{ 1-\ff{2\rho}{r’}\left( 1-\ff{r}{r’}\cos\A \right)+\left( \ff{\rho}{r’}\right)^4 \right\}^{\ff{1}{2}}\EE
&=\ff{m_3}{m_1+m_2}\left( \ff{r}{\rho} \right)^2 \left\{ 1-\ff{2\rho}{r’}\left( 1-\ff{r}{r’}\cos\A \right)+\left( \ff{\rho}{r’}\right)^4 \right\}^{\ff{1}{2}}\EE
&=\ff{m_3}{m_1+m_2}\left( \ff{r}{r’} \right)^2 \left( \ff{\rho}{r’} \right)^{-2}\left\{ 1-\ff{2\rho}{r’}\left( 1-\ff{r}{r’}\cos\A \right)+\left( \ff{\rho}{r’}\right)^4 \right\}^{\ff{1}{2}}
\end{split}
次に、太陽が中心星で惑星が摂動体と見なせる範囲での加速度の比について考え、同様の計算を行うと、
\begin{split}
\ff{a_d’}{a_m’}&=\ff{m_1}{m_2+m_3}\left( \ff{r}{r’} \right)^{-2} \left( \ff{\rho}{r’} \right)^{2}\left\{ 1-2\left(\ff{r}{r’}\right)^2\cos\A +\left( \ff{\rho}{r’}\right)^4 \right\}^{\ff{1}{2}}
\end{split}
が得られます。
これらの加速度の比が等しくなるポイントが、どちらが摂動体となるのかを分ける境目、すなわち影響圏となります。したがって、影響圏を計算するのは、これらを等値すれば良く、実際に計算して整理すると下のようになります。
\begin{eqnarray}
\ff{m_1(m_1+m_2)}{m_3(m_2+m_3)}=\ff{ \left( \ff{r}{r’} \right)^4 \left\{ 1-\ff{2\rho}{r’}\left( 1-\ff{r}{r’}\cos\A \right)+\left( \ff{\rho}{r’}\right)^4 \right\}^{\ff{1}{2}} }{ \left( \ff{\rho}{r’} \right)^4\left\{ 1-2\left(\ff{r}{r’}\right)^2\cos\A +\left( \ff{r}{r’}\right)^4 \right\}^{\ff{1}{2}} }\tag{1}
\end{eqnarray}
分母については、$\rho\NEQ r’$,$\DL{\ff{r}{r’}\ll 1}$ と見なせることを考慮すると、
\begin{split}
\ff{ 1 }{ \left( \ff{\rho}{r’} \right)^4\left\{ 1-2\left(\ff{r}{r’}\right)^2\cos\A +\left( \ff{r}{r’}\right)^4 \right\}^{\ff{1}{2}} }&\NEQ 1+\ff{4r}{r’}\cos\A-\left( \ff{r}{r’} \right)^2(2-\cos\A+4\cos^2\A)
\end{split}
と近似できます。
分子については、第二節の計算結果を適用できます。これを用いると、式$(1)$が以下のように近似できます。
\begin{eqnarray}
\ff{m_1(m_1+m_2)}{m_3(m_2+m_3)}\NEQ \left( \ff{r}{r’} \right)^5(1+3\cos^2\A)^{\ff{1}{2}} \left\{ 1+\ff{4r}{r’}\cos\A-\left( \ff{r}{r’} \right)^2(2-\cos\A+4\cos^2\A) \right\}
\end{eqnarray}
さて、多くの場合 $\DL{\ff{r}{r’}\ll 1}$ であることから、$\DL{\ff{r}{r’}}$ と $\DL{\left(\ff{r}{r’}\right)^2}$ の影響は小さいと考えて無視することにします。ゆえに、
\begin{split}
&\left( \ff{r}{r’} \right)^5\NEQ \ff{m_1(m_1+m_2)}{m_3(m_2+m_3)} (1+3\cos^2\A)^{-\ff{1}{2}} \EE
\therefore\, &\ff{r}{r’}=\left\{ \ff{m_1(m_1+m_2)}{m_3(m_2+m_3)}\right\}^{\ff{1}{5}}(1+3\cos^2\A)^{-\ff{1}{10}}
\end{split}
最後に、宇宙飛行体の質量 $m_2$ が $m_1,m_3$ に対して無視できるほど小さく、また $0.87< (1+3\cos^2\A)^{-\ff{1}{10}}<1$ の関係にあるために、最終的には
\begin{split}
\ff{r}{r’}\NEQ \left( \ff{m_1}{m_3}\right)^{\ff{2}{5}}
\end{split}
と近似できます。これより、影響圏の半径 $r$ を $\DL{r\NEQ \left( \ff{m_1}{m_3}\right)^{\ff{2}{5}}r’}$ となることが導けます。
例として、太陽に対する地球の影響圏について計算してみましょう。このとき、$\DL{\ff{m_1}{m_3}=3.04\times 10^{6}}$ となるため、影響圏は、
\begin{split}
\ff{r}{r’}\NEQ \left( 3.04\times 10^{6} \right)^{\ff{3}{5}}
\end{split}
となり、さらに $r’=1.50\times 10^8\,\RM{km}$ とすると、
\begin{split}
r=9.29\times 10^5\,\RM{km}
\end{split}
と求められます。
※ 地球と月のとの距離は $3.84\times 10^5\,\RM{km}$ となります。