ロケットが運搬できる重量には制約があるため、惑星探査機等の宇宙機に搭載する推進剤の重量はなるべく少なくしなければなりません。
このような事情があるため、推進剤をなるべく使わず宇宙機の軌道を変更する手段が重宝されます。
その手段の一つとして、スイングバイと呼ばれる手法があります。今回は、スイングバイについて天体力学の知識を駆使して考察していきます。
なお、スイングバイ前後での宇宙機の速度ベクトルの変化角度のことを回転角と呼び、軌道の設計で重要なパラメータとなります。結論から示すと、回転角は次のように与えられます。
これについて説明する前に、スイングバイの原理とその性質について考察していきます。
スイングバイの原理と性質
冒頭でも説明したように、スイングバイは天体の運動と万有引力を利用し、惑星探査機等の宇宙機の速度ベクトルを変更する技術のことです。
スイングバイの具体的な検討を行う前に、スイングバイの基本的な原理について考察します。
今、ある惑星の影響圏を宇宙機が通過する間、惑星の公転速度が一定であるとして、$\B{V}_p$ と置きます。
さらに、宇宙機が影響圏に到達した瞬間の太陽に対する速度を $\B{V}_B$ とすると、進入時の惑星に対する探査機の速度 $\B{V}_{in}$ や離脱時の速度 $\B{V}_{out}$ が以下のように表せます。
$$
\left\{
\begin{split}
&\B{V}_{in}=\B{V}_B-\B{V}_p\EE
&\B{V}_{out}=\B{V}_B-\B{V}_A
\end{split}
\right.
$$
ただし、$\B{V}_A$ を影響圏脱出時の太陽に対する探査機の速度であるとします。
さて、スイングバイの過程では保存力である万有引力のみが作用しているので、力学的エネルギー保存則が成立します。したがって、影響圏に侵入したときの速度と離脱したときの速度の大きさが一致して、
\begin{split}
|\B{V}_{in}|=|\B{V}_{out}|
\end{split}
が成立します。次節ではスイングバイの過程での軌道の変化について考察します。
スイングバイの軌道速度の導出
スイングバイの軌道を見ると分かるように、その軌道は双曲線軌道となります。
なお、影響圏への進入時の速度ベクトル $\B{V}_{in}$ と離脱時の速度ベクトル $\B{V}_{out}$ の成す角度 $\phi$ のことを回転角と呼びます。まずは、スイングバイ軌道上での軌道速度の導出を行います。
一手目として、スイングバイ軌道の長半径 $a$ について求めます。
これを導出するに当たり用いるのは、軌道速度の一般式です。これによれば、惑星の中心からの距離 $r$ と長半径 $a$ の間には以下の関係が成立します。
\begin{split}
v = \sqrt{\mu \left( \frac{2}{r}-\frac{1}{a} \right) }
\end{split}
ただし、$\mu$ を重力定数として、今回の場合は $\mu=G(M_p+m)$ とします。今、十分遠方($r=\infty$)での宇宙機の速度を $v_{\infty}$ とすると、$a$ が次のように求められます。
\begin{split}
a = -\ff{G(M_p+m)}{v_{\infty}^2}
\end{split}
次に、離心率 $e$ を導出します。これを求めるに当たり軌道方程式を用います。軌道方程式によれば、離心率 $e$ の軌道を次のように記述できました。
\begin{split}
r=\ff{a(1-e^2)}{1+e\cos\nu}
\end{split}
宇宙機が惑星に最接近したとき、$\nu=0$ であるため、
\begin{split}
r_{\pi}&=\ff{a(1-e^2)}{1+e}=a(1-e)\EE
\therefore\,e&=1-\ff{r_{\pi}}{a}
\end{split}
の関係が成立します。これに、先程求めた $a$ を適用すると、
\begin{split}
e&=1+\ff{r_{\pi}v_{\infty}^2}{G(M_p+m)}
\end{split}
が得られます。
また、最近接点での速度 $v_{\pi}$ は軌道速度の一般式と $a$ の導出結果より次のように求められます。
\begin{split}
v_{\pi} &= \sqrt{G(M_p+m) \left( \frac{2}{r_{\pi}}+\frac{v_{\infty}^2}{G(M_p+m)} \right) }\EE
&= \sqrt{\frac{2G(M_p+m)}{r_{\pi}}+v_{\infty}^2 }
\end{split}
これらの結果を用いて、スイングバイで最も重要な要素となる、回転角 $\phi$ の導出を行っていきます。
回転角の導出
今、回転角 $\phi$ がスイングバイ軌道の漸近線の成す角であることに留意しましょう。
漸近線の位置は $r=\infty$ に相当しますが、これは軌道方程式の分母が $0$ であることを意味します。ゆえに、
\begin{split}
0&=1+e\cos\left( \ff{\pi}{2}-\ff{\phi}{2} \right)\EE
&\therefore\,\sin\ff{\phi}{2}=\ff{1}{e}
\end{split}
の関係が成立します。
これに先程求めた離心率の結果を適用すると、
\begin{split}
\sin\ff{\phi}{2}=\ff{1}{1+\ff{r_{\pi}v_{\infty}^2}{G(M_p+m)}}
\end{split}
が得られます。今、$m\ll M_p$ のため、
\begin{split}
\sin\ff{\phi}{2}=\ff{1}{1+\ff{r_{\pi}v_{\infty}^2}{GM_p}}
\end{split}
ともできます。式から分かるように、惑星の質量が大きくなるほど、回転角は大きくなります。このような背景があるため、太陽系の惑星の中で最大の質量を持つ木星がスイングバイに良く利用されます。
なお、衝突係数 $b$ は次のように求められます。
\begin{split}
b&=-ae\cos\ff{\phi}{2}\EE
&=-ae\sqrt{1-\sin^2\ff{\phi}{2}}\EE
&=r_{\pi}\sqrt{1+\ff{2GM_p}{r_{\pi}v_{\infty}^2}}
\end{split}