ペイロード比と質量配分問題|多段ロケット化する理由と最適質量分配の方法

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今回はロケットを多段化する理由と、各段の最適な質量配分について考えていきます。まず、ロケットに関する基本的な用語として、ペイロード比構造係数と呼ばれるものがあります。

ペイロード比と構造係数

ロケットの全質量を $M_0$、人工衛星などの積荷(=ペイロード)の質量を $M_L$ として、ペイロード比 $\A$ を以下のように定義する。

\begin{split}
\A=\ff{M_L}{M_0}
\end{split}

多段ロケットの $i$ 段目の全質量を $M_i$、タンクやエンジンなど推進剤以外の構造物の質量を $M_{si}$ として、構造係数 $s_i$ を以下のように定義する。

\begin{split}
s_i=\ff{M_{si}}{M_i}\\
\,
\end{split}

これらの量を用いると、今回のテーマである多段ロケットの各段での最適な質量配分が計算できます。

これについて考える前に、単段ロケットでの打ち上げ能力について検討してみましょう。

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単段ロケットの技術的限界と障壁

ロケット方程式によると、有効排気速が $c$ のロケットが推進剤を噴射した結果、質量 $M_0$ から $M_f$ に変化したとき、その速度変化 $\D v$ を次のように表せました。

\begin{split}
\D v=u\ln \ff{M_0}{M_f}
\end{split}

これに比推力の関係式を適用すると、

\begin{split}
\D v=g_0I_{sp}\ln \ff{M_0}{M_f}
\end{split}

が得られます。なお、$g_0$ を地表での重力加速度とします。

ここで、日本の新型ロケットであるH3に使われるLE-9ロケットエンジンを例に、その最高速度を計算してみましょう。

さて、LE-9の比推力は $422\,\RM{s}$ として、 ロケットの質量比を $10$ と仮定すると、燃焼終了時の最大速度は約 $9.5\,\RM{km/s}$ と求められます。

これに対して第一宇宙速度は $7.9\,\RM{km/s}$ のため、カタログスペック上は問題無い様に思えるかもしれません。ところが、現実には空気抵抗等の損失があるため、速度損失は $1.3\sim1.9\,\RM{km/s}$ 程度あります。

したがって、LE-9だけの単段ロケットだけでは、目的の軌道に投入することはできません。このように、単段式のロケットでは目的の軌道に探査機等の人工衛星を投入することは非常に困難となります。

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ペイロード比・構造係数とは?

前節では、単段ロケットでの人口衛星の軌道投入がほぼ困難であることを述べました。

このようになるのは原理的な問題では無く、技術的な問題であること解決の糸口があります。すなわち、エンジンがロケットを加速していく過程で、宇宙まで送り届けたい積荷(=ペイロード)のみならず、燃料を使い果たして不要になった燃料タンクなど、不要な構造物までも加速しなければならず、これにより加速度の損失が生じるためです。

これを防ぐために燃焼が終了して不要となった構造物を切り離すことが考えられました。このような背景があり、いくつものロケットを積み重ねた多段ロケットが生まれました。

次に、ロケットに搭載されたペイロードの質量と、ロケット本体の質量を割合で表示したペイロード比について考えてみます。

今、宇宙まで送り届けたい人工衛星などの積荷(=ペイロード)の質量を $M_L$ として、ロケットの全質量を $M_0$ とします。すると、ペイロード比 $\A$ が次のように定義されます。

\begin{split}
\A=\ff{M_L}{M_0}
\end{split}

次に、第 $i$ 段に含まれている推進剤の質量を $M_{pi}$、タンクやエンジン本体などの構造物の質量(=構造質量)を $M_{si}$ として、構造係数 $s_i$ を以下のように定義します。

\begin{split}
s_i=\ff{M_{si}}{M_{pi}+M_{si}}=\ff{M_{si}}{M_i}
\end{split}

なお、$i$ 段目のロケットの全質量 $M_i$ は推進剤の質量と構造体の質量の和となることに注意して下さい。

したがって、$i-1$ 段目を切り離し、$i$ 段目以降だけのロケットとなった時点での質量比 $\Lambda_i$ (ロケットの初期質量と燃焼終了時の質量の比)は定義より、次のように表せます。

\begin{split}
\Lambda_i&=\ff{M_i+M_{i+1}+\cdots+M_{n}+M_L}{M_{si}+M_{i+1}+\cdots+M_{n}+M_L}\EE
&=\ff{M_i+M_{i+1}+\cdots+M_{n}+M_L}{s_iM_i+M_{i+1}+\cdots+M_{n}+M_L}
\end{split}

これを用いると、各段での最適な質量分配の仕方が求められます。次節以降ではその方法について説明します。

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最適質量配分問題

ロケットを多段化する理屈は分かりましたが、次にに気になるのは各段に質量をどのように分配すれば良いのかということです。

この問題のことを、最適質量配分問題と呼びます。ここでは、ロケットの最適質量について考えてみましょう。

成長係数とは?

これを考えるにあたり、いくつかの準備を行います。始めに、$i$ 段目以上の質量を $i+1$ 段目以上のロケットの全質量で割った値をペイロードパラメータ $L_i$ と呼び、次のように定義します。

\begin{split}
L_i=\ff{M_i+M_{i+1}+\cdots+M_{n}+M_L}{M_{i+1}+\cdots+M_{n}+M_L}
\end{split}

技巧的にはなりますが、ペイロードパラメータを次のように分母と分子を変形すると、

\begin{split}
L_i&=\ff{(1-s_i)(M_i+M_{i+1}+\cdots+M_{n}+M_L)}{(1-s_i)(M_{i+1}+\cdots+M_{n}+M_L)+(s_iM_i-s_iM_i)}\EE
&=\ff{(1-s_i)(M_i+M_{i+1}+\cdots+M_{n}+M_L)}{(s_iM_i+M_{i+1}+\cdots+M_n+M_L)-s_i(M_i+M_{i+1}+\cdots+M_n+M_L)}
\end{split}

これに先程計算した質量比 $\Lambda_i$ を用いて整理すると、

\begin{split}
L_i&=\ff{(1-s_i)\Lambda_i}{1-s_i\Lambda_i}
\end{split}

とできます。

次に、ロケットの性能指標となる、ロケットの全質量とペイロードの質量比である、成長係数 $G$ を以下のように定義します。

成長係数とは?

ペイロードの質量を $M_L$、$n$ 段の多段ロケットの各段の質量を $M_1,M_2,\cdots,M_n$ とする。

このとき、成長係数 $G$ を次のように定義する。

\begin{split}
G&=\ff{M_1+M_2+\cdots+M_n+M_L}{M_L}\\
\,
\end{split}

成長係数を簡単にするため、ペイロードパラメータを用いてさらに変形を行うと以下のようにもできます。

\begin{split}
G&=\ff{M_1+M_2+\cdots+M_n+M_L}{M_L}\EE
&=\ff{M_1+M_2+\cdots+M_n+M_L}{M_2+\cdots+M_n+M_L}\ff{M_2+\cdots+M_n+M_L}{M_3+\cdots+M_n+M_L}\EE
&\qquad\cdots\ff{M_n+M_L}{M_L}\EE
&=L_1L_2\cdots L_n\EE
&=\ff{(1-s_1)\Lambda_1}{1-s_1\Lambda_1}\ff{(1-s_2)\Lambda_2}{1-s_2\Lambda_2}\cdots \ff{(1-s_n)\Lambda_n}{1-s_n\Lambda_n}
\end{split}

最適質量配分問題とラグランジュの未定乗数法

最適質量配分問題を解く上で重要となるもう一つの式として、多段ロケットが獲得する速度 $V$ の表式があります。すなわち、$n$ 段ロケットの最終的な速度 $V$ は各段での燃焼終了時の速度(燃え切り速度)$v_i$ の和となることに注目すると、

\begin{split}
V=\sum_{i=1}^nv_i
\end{split}

ここで、$i$ 段目のロケットの比推力を $I_{spi}$ とすると、上式を

\begin{split}
V=g_0\sum_{i=1}^nI_{spi}\ln\Lambda_i
\end{split}

とできます。これにより、多段ロケットが獲得する速度 $V$ の表式が得られました。

長くなりましたが、準備ができたので質量配分問題に取り組むことができます。

今、最適質量配分問題は目標として $V$ が与えられたときに、成長係数 $G$ を最小にする問題と言い換えることができます。

なお、$G$ を最小化することは $\ln G$ の最小化と等価であることに注目します。したがって、

\begin{split}
\ln G&=\sum_{i=1}^n\ln\ff{(1-s_i)\Lambda_i}{1-s_i\Lambda_i}\EE
&=\sum_{i=1}^n\big\{\ln(1-s_i)+\ln\Lambda_i-\ln(1-s_i\Lambda_i) \big\}
\end{split}

を、制約条件 $V$ の下で最小化する方法を考えることになります。すなわち数学的には、ラグランジュの未定乗数法により以下の関数 $f(\Lambda)$ の極値を計算する問題となります。

\begin{split}
f(\Lambda)&=\ln G-\lambda \left(V-g_0\sum_{i=1}^nI_{spi}\ln\Lambda_i\right)\EE &=\sum_{i=1}^n\big\{\ln(1-s_i)+\ln\Lambda_i-\ln(1-s_i\Lambda_i)+\lambda(g_0I_{spi}\ln\Lambda_i-V) \big\}
\end{split}

今求めたいのは $\Lambda$ の最適値なので、両辺を $\Lambda_i$ で微分して、これを $0$ として、

\begin{split}
&\ff{1}{\Lambda_i}+\ff{s_i}{1-s_i\Lambda_i}+\lambda\ff{g_0I_{spi}}{\Lambda_i}=0\EE
&\therefore\,\Lambda_i=\ff{1+\lambda g_0 I_{spi}}{\lambda g_0s_i I_{spi}}
\end{split}

が得られます。これが目的の最適質量配分問題の答えとなります。

※ 未定乗数 $\lambda$ を具体的には計算できていませんが、$V,I_{spi},s_i$ は所与の条件のため、反復計算により $\lambda$ が求められます。

なお、この結果を用いると、ロケットの速度 $V$ は

\begin{split}
V=g_0\sum_{i=1}^nI_{spi}\ln \ff{1+\lambda g_0 I_{spi}}{\lambda g_0s_i I_{spi}}
\end{split}

となります。

最適質量配分問題

$i$ 段目の比推力を $I_{spi}$、$s_i$ を $i$ 段目の構造係数とする。このとき、各段の質量を最小とするのに、以下の式を満たすような質量比とすれば良い。

\begin{split}
\Lambda_i=\ff{1+\lambda g_0 I_{spi}}{\lambda g_0s_i I_{spi}}
\end{split}

ただし、$\lambda$ を係数とする。

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