ベクトルや線形写像の性質を調べる代数学の一分野を線形代数と呼びます。線形代数は理系のあらやる分野で利用される重要な理論と言えます。具体的な応用としては、こちらのように連成振動を解く際の活用などがあります。
今回は線形代数の始めの一歩として、行列と呼ばれる数学的な対象について説明します。
数字を長方形に配置したものを行列と呼ぶ、例えば行列 $A$ は次の様に表される。
$$
A=
\begin{pmatrix}
a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \\
a_{21} & a_{22} & \cdots & a_{2n} \\
\vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\
a_{m1} & a_{m2} & \cdots & a_{mn} \\
\end{pmatrix}
$$
なお、横の並びを『行』、縦の並びを『列』、行列を構成する数字を成分と呼ぶ。
また、行列の種類についても説明を行います。
行列とは?
行列($\RM{matrix}$)とは数字を長方形に配置したもののことを言います。例えば、$6$ 個の数字を並べた行列として、下のようなものが考えられます。
$$
A=
\begin{pmatrix}
1 & 3 & 5 \\
2 & 4 & 6
\end{pmatrix}
$$
上の行列は、2行3列の行列あるいは、$(2,3)$ 型行列と呼ばれます。このように、行列の横の並びのことを行と言い、縦の並びを列と言います。数え方としては、上から順に第一行、第二行、左から順に、第一列、第二列、第三列となります。
一般的な $mn$ 個の数字を並べた $m$ 行 $n$ 列、あるいは $(m,n)$ 型行列は下のように表現できます。
$$
A=
\begin{pmatrix}
a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \\
a_{21} & a_{22} & \cdots & a_{2n} \\
\vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\
a_{m1} & a_{m2} & \cdots & a_{mn} \\
\end{pmatrix}
$$
なお、行列を簡単に表現するため、$A=(a_{ij})$ と表記することもあります。
行列の成分とは?
さて、行列を構成する数を行列の成分と呼びます。
例えば行列 $A$ の $i$ 行 $j$ 列の成分(=数)がを $a_{ij}$ のとき、$a_{ij}$ を行列 $A$ の $(i,j)$ 成分と呼びます。
行列の表記方法
行列は基本的には、丸括弧、あるいは角括弧で成分を括った形で表現されます。例えば、
$$
\begin{pmatrix}
1 & 3 & 5 \\
2 & 4 & 6
\end{pmatrix},
\begin{bmatrix}
1 & 3 & 5 \\
2 & 4 & 6
\end{bmatrix}
$$
のように表されます。
行列自身は、通常はアルファベットの大文字イタリック体で表して、$A,B,C$ などで表します。そして、各成分は対応する小文字に二つの添字を付けて、$a_{ij}$ などと表します。
※行列を太字で表す流儀もありますが、ベクトルの表記と紛らわしいので、ここでは採用しません。
行列とベクトル
ところで、ベクトルは $(2,3),(1,2,3)$ のように成分を一列に並べて表示していました。
これは、一行あるいは一列の行列と見なせることに気が付きます。
このように、ベクトルは行列の特殊な場合に当たることが言えます。なお、要素を横一列に並べたベクトルのことを行ベクトル、縦一列に並べたものを列ベクトルと呼びます。
行ベクトル
\begin{split}
\B{a}=(a_1,a_2,\cdots,a_n)
\end{split}
列ベクトル
\begin{split}
\B{a}=
\begin{pmatrix}
a_1 \\
a_2 \\
\vdots \\
a_n
\end{pmatrix}
\end{split}
行列の種類
次に、行列の種類について紹介します。
実行列・複素行列・零行列とは?
さらに、全ての成分が実数である行列を実行列、成分に複素数を含む行列のことを複素行列と呼びます。
実行列の例として、
$$
\begin{pmatrix}
1 & 0.99 & -0.5 \\
0 & 2.5 & e \\
\pi & -3 & 1/3
\end{pmatrix}
$$
複素行列の例として、
$$
\begin{pmatrix}
1+i & -0.99 \\
2.5 & 1
\end{pmatrix}
$$
などが考えられます。
また、行列の全ての成分が零である行列のことを零行列と呼び、$(m,n)$ 型の零行列を $O_{m,n}$ あるいは単に $O$ と表記します。
$$
\begin{pmatrix}
0 & 0 & \cdots & 0 \\
0 & 0 & \cdots & 0 \\
\vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\
0 & 0 & \cdots & 0 \\
\end{pmatrix}
=O_{m,n}=O
$$
正方行列とは?
特に、$m=n$ の $n$ 行 $n$ 列、$(n,n)$ 型の正方行列、または $n$ 次正方行列と呼びます。
$$
A=
\begin{pmatrix}
a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \\
a_{21} & a_{22} & \cdots & a_{2n} \\
\vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\
a_{n1} & a_{n2} & \cdots & a_{nn} \\
\end{pmatrix}
$$
なお、$n$ 次正方行列の $a_{11},a_{22},\cdots,a_{nn}$ からなる対角線を主対角線と言い、それらの成分を対角成分と呼びます。
対角行列とは?
対角行列とは正方行列の中で、対角成分以外が全て $0$ であるような行列のことを言います。対角行列は次の様に表現できます。
$$
B=
\begin{pmatrix}
b_{11} & 0 & \cdots & 0 \\
0 & b_{22} & \cdots & 0 \\
\vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\
0 & 0 & \cdots & b_{nn} \\
\end{pmatrix}
$$
単位行列とは?
単位行列とは、対角行列の中で特に対角成分が全て $1$ であるような行列のことを言います。単位行列は線形代数において特に重要な役割を果たします。そのため、慣習的に $I$ または $E$ の文字を割り振って表現されます。
この先、特に断りが無い限りは $I,E$ は単位行列を表します。
$$
E=I=
\begin{pmatrix}
1 & 0 & \cdots & 0 \\
0 & 1 & \cdots & 0 \\
\vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\
0 & 0 & \cdots & 1 \\
\end{pmatrix}
$$
クロネッカーのデルタとは?
単位行列を簡単に表現する方法として、クロネッカーのデルタ $\delta_{ij}$ と呼ばれる記法があります。クロネッカーのデルタは、次の様に表されます。
$$
\delta_{ij}=
\left\{
\begin{split}
&1\qquad(i=j) \\
&0\qquad(i\neq j)
\end{split}
\right.
$$
このように、$i=j$ となるときのみ $1$ を返し、それ以外は $0$ を返すと約束します。なお、$i,j$ の動く範囲は問題設定により変化しますが、大抵は $1,2,3$ の範囲で動かします。
三角行列とは?
対角成分より上または下側の成分が $0$ となる行列のことを三角行列と呼びます。下側の成分が $0$ であるものを上三角行列、上側が $0$ となるものを下三角行列と呼びます。
上三角行列($\RM{Upper\,triangular\,matrix}$)を具体的に表するとこのようになり、
$$
U=
\begin{pmatrix}
u_{11} & u_{12} & \cdots & u_{1n} \\
0 & u_{22} & \cdots & u_{2n} \\
\vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\
0 & 0 & \cdots & u_{nn} \\
\end{pmatrix}
$$
下三角行列($\RM{Lower\,triangular\,matrix}$)はこのようになります。
$$
L=
\begin{pmatrix}
l_{11} & 0 & \cdots & 0 \\
l_{21} & l_{22} & \cdots & 0 \\
\vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\
l_{n1} & l_{n2} & \cdots & l_{nn} \\
\end{pmatrix}
$$
転置行列とは?
行列の行と列を入れ替える操作のことを、行列の転置と言います。例えば、以下のような転置を考えることができます。なお、行列 $C$ を転置させた転置行列を ${}^{t}C$ のように、左上に $t$ を置くことで表現します。
$$
C=
\begin{pmatrix}
1 & 3 & 5 \\
2 & 4 & 6
\end{pmatrix}\Rightarrow
{}^{t}C=
\begin{pmatrix}
1 & 2 \\
3 & 4 \\
5 & 6
\end{pmatrix}
$$
この例から分かるように、一般に $(m,n)$ 型の行列を転置すると、$(n,m)$ 型の行列となります。
対称行列・交代行列とは?
対称行列とは、元の行列と転置後の行列が等しくなる行列のことを言います。(すなわち、$A={}^tA$ )例えば、以下のようの行列は対称行列となります。
$$
\begin{pmatrix}
1 & 0 \\
0 & 1
\end{pmatrix}
,
\begin{pmatrix}
1 & 2 & 3 \\
2 & 4 & 6 \\
3 & 6 & 9
\end{pmatrix}
$$
この例から分かるように対称行列となるのは正方行列に限られます。また、行列の成分は $a_{ij}=a_{ji}$ の関係でなければならないことも言えます。
また、${}^tA=-A$ となるとき、$A$ を交代行列と呼びます。