前回、球と球殻の重力ポテンシャルを導出しました。この結果は有用ではありますが、現実の天体に適用するには力不足です。なぜなら、地球などの現実の天体は、遠心力により赤道がわずかに膨らんだ扁平楕円体となっているためです。
扁平楕円体が形成する重力ポテンシャルを求める際、ルジャンドル多項式が使われます。今回は、ルジャンドル多項式の中身とその性質について見ていきます。
まずは、ルジャンドル多項式と天体力学との関わりを見ていきます。
扁平楕円体の重力ポテンシャルとルジャンドル多項式
冒頭でも話した通り、ルジャンドル多項式は扁平楕円体の重力ポテンシャル(=ある点での単位質量当たりのポテンシャルエネルギー)を計算するときに現れる特殊関数です。
ルジャンドル多項式の具体的な形を紹介する前に、扁平楕円体の重力ポテンシャルについて簡単に検討してみます。
今、全質量が $M$ で不均一な質量分布を持つ扁平楕円体について考えます。そして、質量中心から距離 $r$ 離れた位置 $\RM{P}$ に単位質量が置かれているとします(=人工衛星などに相当)。
このとき、質量中心から $r’$ の距離にある、扁平楕円体内部の質量素片 $\diff M$ によって $\RM{P}$ に形成される重力ポテンシャル $\diff \psi$ が次のように表せます。ただし、$G$ を万有引力定数、$\rho$ を$\RM{P}$ と質量素片との距離とします。
\begin{split}
\diff\psi=-G\ff{\diff M}{\rho}
\end{split}
ここで、$\B{r}$ と $\B{r}’$ の成す角度を $\phi$ とします。すると、余弦定理から、$\rho=\sqrt{r^2+r’^2-2rr’\cos\phi}$ とできるので、上式を
\begin{split}
\diff\psi=-G\ff{\diff M}{\sqrt{r^2+r’^2-2rr’\cos\phi}}
\end{split}
とできます。
重力ポテンシャルの大きさを決めるのは、$\DL{\ff{1}{\sqrt{r^2+r’^2-2rr’\cos\phi}}}$ の部分ですが、この部分を計算する際、ルジャンドル多項式が使われます。具体的には、$P_n(\cos\phi)$ をルジャンドル多項式として、
\begin{split}
\ff{1}{\sqrt{r^2+r’^2-2rr’\cos\phi}}=\sum_{n=0}^{\infty}\ff{r’^n}{r^{n+1}}P_n(\cos\phi)
\end{split}
と表されます。このように、ルジャンドル多項式は天体力学で用いられます。
次節から、ルジャンドル多項式の具体的な形と性質について説明していきます。
ルジャンドル多項式とは?
前述のように、ルジャンドル多項式は扁平楕円体の重力ポテンシャルを計算する際などに使われます。さて、導出過程には踏み込みませんが、ルジャンドル多項式とは、次のように級数表示される多項式のことです。
$-1\leq s\leq 1$ の範囲で $n=4$ までのルジャンドル多項式を描画すると、下図のようになります。
これから分かる通り、ルジャンドル多項式は三角関数のように、周期性を持つことが分かります。
ルジャンドル陪関数とは?
ところで、ルジャンドル多項式と補完的な関係にある関数として、ルジャンドル陪関数と呼ばれるものがあります。(→ルジャンドル陪関数の導出について)
さて、ルジャンドル陪関数とは次のように定義される関数のことです。
扁平楕円体の重力ポテンシャルを計算する際は、ルジャンドル多項式を $s=\cos\q$ としたのが重要となります。
つまり、$s=\cos\q$ を選んだとき、$m$ 階 $n$ 次のジャンドル陪関数は、その定義から分かるように次のようになります。
\begin{split}
P_n^m(\cos\q)&=(1-\cos\q^2)^{\ff{m}{2}}\ff{\diff^m}{\diff s^m}P_n(\cos\q)\\
&=\sin^m\q\ff{\diff^m}{\diff s^m}P_n(\cos\q)
\end{split}
このように、天体力学では $s=\cos\q$ としたルジャンドル多項式やルジャンドル陪関数が重要な働きをします。
ルジャンドル多項式の直交性とは?
ルジャンドル多項式のグラフから分かるように、この多項式は三角関数のような周期性を持つことが分かります。
これは、単純な見た目だけでなく、実際、数学的な類似性も持ちます。その一つとして、ルジャンドル多項式の直交性が挙げられます。この直交性は、三角関数の直交性と同じ性質であり、次のように説明されます。
ルジャンドル多項式の直交性の証明
ルジャンドル多項式の直交性を証明します。
まず、ルジャンドル多項式が、ルジャンドル微分方程式という以下の関係を満たすことに注目します。
\begin{split}
\ff{\diff}{\diff s}\left\{(1-s^2)\ff{\diff}{\diff s}P_k(s) \right\}+k(k+1)P_kn(s)=0
\end{split}
これに留意して $P_n(s)$ に $P_m(s)$ を掛けた積分を実行すると、
\begin{split}
-n(n+1)\int_{-1}^1P_n(s)P_m(s)\diff s=\int_{-1}^1\ff{\diff}{\diff s}\left\{(1-s^2)\ff{\diff}{\diff s}P_n(s) \right\}P_m(s)\diff s
\end{split}
右辺を部分積分の形と見ると、
\begin{split}
\int_{-1}^1\ff{\diff}{\diff s}{\diff s}\left\{(1-s^2)\ff{\diff}{\diff s}P_n(s) \right\}P_m(s)\diff s&=\left[(1-s^2)\ff{\diff P_n(s)}{\diff s}P_m(s) \right]_{-1}^1\EE
&\qquad-\int_{-1}^1(1-s^2)\ff{\diff P_n(s)}{\diff s}\ff{\diff P_m(s)}{\diff s}\diff s\EE
&=-\int_{-1}^1(1-s^2)\ff{\diff P_n(s)}{\diff s}\ff{\diff P_m(s)}{\diff s}\diff s
\end{split}
という結果が得られます。これより、
\begin{split}
n(n+1)\int_{-1}^1P_n(s)P_m(s)\diff s=\int_{-1}^1(1-s^2)\ff{\diff P_n(s)}{\diff s}\ff{\diff P_m(s)}{\diff s}\diff s
\end{split}
となることが分かります。同様に、$P_m(s)$ に対しても $p_n(s)$ を掛けて積分を実行すると、下のようになります。
\begin{split}
m(m+1)\int_{-1}^1P_m(s)P_n(s)\diff s=\int_{-1}^1(1-s^2)\ff{\diff P_m(s)}{\diff s}\ff{\diff P_n(s)}{\diff s}\diff s
\end{split}
これらの辺々を引いて、
\begin{split}
0&={n(n+1)-m(m+1)}\int_{-1}^1P_m(s)P_n(s)\diff s\EE
&=(n-m)(n-m+1)\int_{-1}^1P_m(s)P_n(s)\diff s
\end{split}
という関係が導けます。
よって、$n\neq m$ のとき、上式を満たすためには、$\DL{\int_{-1}^1P_m(s)P_n(s)\diff s=0}$ となることが分かります。
次に、$n=m$ の場合について考えます。
これを考えるときは、$\DL{\int_{-1}^1\ff{1}{\sqrt{1-2st+t^2}}=\sum_{n=0}^{\infty}t^{2n}\int_{-1}^1\{P_n(s)\}^2\diff s }$ という関係にあることを用います。
ここで、$z=1-2st+t^2$ として変数変換を行うと、左辺を
\begin{split}
\int_{-1}^1\ff{1}{\sqrt{1-2st+t^2}}=\ff{1}{2t}\int_{(1+t)^2}^{(1-t)^2}\ff{\diff z}{z}=\ff{1}{t}\ln\ff{1+t}{1-t}
\end{split}
と計算できます。さらに、$\DL{\ff{1}{t}\ln\ff{1+t}{1-t}}$ を級数展開すると、以下のようにできることが知られています。
\begin{split}
\ff{1}{t}\ln\ff{1+t}{1-t}=\sum_{n=0}^{\infty}\ff{2t^{2n}}{2n+1}
\end{split}
これより、
\begin{split}
\sum_{n=0}^{\infty}\ff{2t^{2n}}{2n+1}=\sum_{n=0}^{\infty}t^{2n}\int_{-1}^1\{P_n(s)\}^2\diff s
\end{split}
となって、辺々を比較すると
\begin{split}
\int_{-1}^1\{P_n(s)\}^2\diff s=\ff{2}{2n+1}
\end{split}
の関係にあることが分かります。以上より、題意が示されました。
ルジャンドル多項式の加法定理とは?
最後に、ルジャンドル多項式の加法定理について説明します。
例えば、単位球面上で、図のように $z$ 軸とベクトルの成す角(緯度に相当)がそれぞれ、$\q,\q’$、各ベクトルの $xy$ 平面への正射影が $x$ 軸との成す角を $\lambda,\lambda’$ とします。
すると、$\phi=\q-\q’$ のような関係となる訳ですが、この場合にルジャンドル多項式の加法定理が使われます。結論を示すとルジャンドル多項式については、次のような加法定理が成立します。