ヤコビの楕円関数は母数 $k$ の値によってそのグラフが変化しますが、$k\to 0$ の極限で三角関数となるように、周期関数の性質を持ちます。
したがって、三角関数と同様、楕円関数も加法定理のような性質を持つと予想されます。
実際、この予想は正しく、複雑な形をしていますが以下のような楕円関数の加法定理が成立します。
今回はヤコビの楕円関数の加法定理の導出とその証明について解説します。
ヤコビの楕円関数の加法定理
ヤコビの楕円関数は三角関数と同様に加法定理が成立します。楕円関数の加法定理は次のようなものです。
今回は加法定理の証明を目的としていきます。
楕円関数の周期とは?
ヤコビの楕円関数の加法定理を証明する前に、加法定理を利用することで楕円関数の定義域を拡張できることを示し、また楕円関数が周期関数であることと、その周期も求めます。
さて、こちら示したように、ヤコビの楕円関数の定義域は $K(k)$ を第一種完全楕円積分の値として、$-K(-k)\leq u\leq K(k)$ とできました。そして、今回は簡単のため $K(k)=K$ と表示することにします。
要するに、楕円関数は基本的に $-K\leq u,v\leq K$ の範囲で定義された関数です。が、前述の加法定理を使うことで、楕円関数の定義域を拡張することができるのです。例えば、$v=K$ として上の加法定理に適用すると、以下の結果が得られます。($\RM{sn}K=1,\RM{cn}K=\RM{dn}K=0$ であること利用しています。)
$$
\left\{
\begin{split}
\RM{sn}(u+K)&= \ff{\RM{cn}u}{\RM{dn}u}\EE
\RM{cn}(u+K)&= -\sqrt{1-k^2}\cdot\ff{\RM{sn}u}{\RM{dn}u}\EE
\RM{dn}(u+K)&=\ff{\sqrt{1-k^2}}{\RM{dn}u}
\end{split}
\right.
$$
拡張後の楕円関数も、$\RM{cn}$ $\RM{dn}$ の定義式を満たします。これより、楕円関数の定義域を拡張しても矛盾を生じないことが分かります。
さらに、上の式で $u=u+K$ としてみると
$$
\left\{
\begin{split}
\RM{sn}(u+2K)&= -\RM{sn}u\EE
\RM{cn}(u+2K)&= -\RM{cn}u\EE
\RM{dn}(u+2K)&=\RM{dn}u
\end{split}
\right.
$$
が成り立ち、さらにさらに上式を $u=u+2K$ としてみると、
$$
\left\{
\begin{split}
\RM{sn}(u+4K)&=\RM{sn}u\EE
\RM{cn}(u+4K)&=\RM{cn}u\EE
\RM{dn}(u+4K)&=\RM{dn}u
\end{split}
\right.
$$
となって始めの式に元に戻ることが分かります。
この結果から、楕円関数は周期関数であることが言え、その周期は $4K$ であることも言えます。
加法定理の導出のアイデア
加法定理を導出する前段階として、楕円関数の性質について詳しく検討することにします。具体的には、$k=0$ と $k\to1$ の極限での様子について振り返ります。
まず、$k=0$ とすると
$$
\left\{
\begin{split}
\RM{sn}u&\to\sin u\EE
\RM{cn}u&\to \cos u\EE
\RM{dn}u&\to\tan u
\end{split}
\right.
$$
となって、そして $k\to1$ の極限では、
$$
\left\{
\begin{split}
&\RM{sn}u\to\tanh u\EE
&\RM{cn}u,\RM{dn}u\to \RM{sech} u
\end{split}
\right.
$$
となります。ただし、$\DL{\tanh u=\ff{e^{u}-e^{-u}}{e^{u}+e^{-u}}},$ $\DL{\RM{sech} u=\ff{2}{e^{u}-e^{-u}}}$ とします。
これらの性質から、楕円関数の加法定理なるものが成立するとして、その表式も三角関数と双曲線関数の両方の性質を持つ必要があると言えます。言い換えると、
$k=0$ のとき
$$
\left\{
\begin{split}
\RM{sn}(u+v)&\to\sin (u+v)\EE
\RM{cn}(u+v)&\to \cos (u+v)\EE
\RM{dn}(u+v)&\to\tan (u+v)
\end{split}
\right.
$$
となって、そして $k\to1$ の極限では、
$$
\left\{
\begin{split}
&\RM{sn}(u+v)\to\tanh (u+v)\EE
&\RM{cn}(u+v),\RM{dn}(u+v)\to \RM{sech} (u+v)
\end{split}
\right.
$$
の形となることが要請されるということです。
加法定理と微分の関係
問題は、このような性質を満たす式を求めれられるのかという点ですが、これを考えるために、三角関数の加法定理を違う視点で改めて見ることとします。具体的には、微分を使うこととします。
まずは、正弦関数の加法定理については微分を用いることで、次のように書き換えることができます。
\begin{split}
\sin(u+v)&=\sin u\cos v+\cos u\sin v\EE
&=\sin u\ff{\diff\,\sin v}{\diff v}+\ff{\diff\,\sin u}{\diff u}\sin v
\end{split}
次に、双曲正弦関数($\RM{tanh} (u+v)$)には次のような関係があり、
\begin{split}
\tanh(u+v)&=\ff{\tanh u+\tanh v}{1+\tanh u\tanh v}
\end{split}
今、
\begin{split}
\ff{\diff}{\diff u}\tanh u&=1-\tanh^2 u
\end{split}
の関係にあることを用いると、
\begin{split}
\tanh u\ff{\diff\,\tanh v}{\diff v}+\ff{\diff\,\tanh u}{\diff u}\tanh v =& (\tanh u+\tanh v)(1-\tanh u\tanh v) \EE
\therefore\, \tanh u+\tanh v=& \ff{\DL{\tanh u\ff{\diff\,\tanh v}{\diff v}+\ff{\diff\,\tanh u}{\diff u}\tanh v}}{1-\tanh u\tanh v}
\end{split}
と計算でき、これより $\tanh(u+v)$ も微分を用いて次のように表すことができます。
\begin{split}
\tanh(u+v)&=\ff{\DL{\tanh u\ff{\diff\,\tanh v}{\diff v}+\ff{\diff\,\tanh u}{\diff u}\tanh v}}{1-\tanh^2 u\tanh^2 v}
\end{split}
これらの結果から、$f(x)$ を $\sin x$ または $\tanh x$ としたときに
\begin{eqnarray}
f(u+v)=\ff{\DL{f(u)\ff{\diff f(v)}{\diff v}+f(v)\ff{\diff f(u)}{\diff u}}}{1-k^2f(u)^2f(v)^2}\tag{1}
\end{eqnarray}
という形にまとめられることが分かります。この形であれば、$k=0$ で正弦関数の加法定理に一致し、$k\to1$ の極限で双曲正弦関数の加法定理と一致するので、問題は無さそうです。
加法定理の導出
先述のように、$k=0$ そして $k\to1$ の極限で式$(1)$のように表せることの自然な拡張として、 $\RM{sn}(u+v)$ が以下のような形をしていることが予想されます。
\begin{eqnarray}
\RM{sn}(u+v)=\ff{\DL{\RM{sn}u\ff{\diff\,\RM{sn}v}{\diff v}+\RM{sn}v\ff{\diff\,\RM{sn}u}{\diff u}}}{1-k^2\,\RM{sn}^2u\,\RM{sn}^2v}
\end{eqnarray}
実際、楕円関数の微分公式から $(\RM{sn}u)’=\RM{cn}u\cdot\RM{dn}u$ と言えるので、
\begin{eqnarray}
\RM{sn}(u+v)&=\ff{\RM{sn}u\,\RM{cn}v\,\RM{dn}v+\RM{sn}v\,\RM{cn}u\,\RM{dn}u}{1-k^2\,\RM{sn}^2u\,\RM{sn}^2v}\tag{2}
\end{eqnarray}
となって、第一節で紹介した $\RM{sn}(u+v)$ の式が姿を現します。それでは、この予想が正しいことを証明していきます。
加法定理の証明
最初の一手は、$u+v=w$ とすることです。すると、式$(2)$は、
\begin{split}
\RM{sn}w&=\ff{\RM{sn}u\,\RM{cn}(w-u)\,\RM{dn}(w-u)+\RM{sn}(w-u)\,\RM{cn}u\,\RM{dn}u}{1-k^2\,\RM{sn}^2u\,\RM{sn}^2(w-u)} \EE
&=F(w,u)
\end{split}
上式は、左辺の $w$ を決めた時に右辺がどのように変わるかを定式化したものと見ることができます。このとき、$\RM{sn}w=F(w,u)$ という等号が成立しているため、$F(w,u)$ は $u$ の値とは実は無関係であり、$w$ のみによって決まる関数であると言えます。
つまり、予想が正しいならば $\DL{\ff{\del F}{\del u}}=0$ となるはずです。これが証明できれば式$(2)$を示せたことになります。
次の一手として、各楕円関数と $F$ を次のように簡略表示して見やすくすることにします。
$$
\left\{
\begin{split}
&\RM{sn}u=s,\,\RM{cn}u=c,\,\RM{dn}u=d\EE
&\RM{sn}(w-u)=s_w\EE
&\RM{cn}(w-u)=c_w\EE
&\RM{dn}(w-u)=d_w\EE
&F(w,u)=\ff{N}{D}
\end{split}
\right.
$$
ただし、
$$
\left\{
\begin{split}
N&=sc_wd_w+s_wcd\EE
D&=1-k^2s^2s_w^2
\end{split}
\right.
$$
であるとします。
さて、$\DL{\ff{\del F}{\del u}}$ については簡略表示を用いることで、
\begin{split}
\ff{\del F}{\del u}=\ff{ND’-N’D}{D^2}
\end{split}
とできます。ここで、$N$ を $u$ についての微分と見て、楕円関数の微分公式を使うと、
\begin{split}
N=-ss_w’+s_ws’
\end{split}
とでき、これより、$N$ の $u$ についての微分、$N’$ が次のようになります。
\begin{split}
N’&=-s’s_w’-ss_w^{”}+s_w’s’+s_ws^{”}\EE
&=-ss_w^{”}+s_ws^{”} \EE
&=2k^2ss_w(s^2-s_w^2)
\end{split}
最終行の変形にて、$s^{”}=-(1+k^2)s+2k^2s^2$ であることを用いています。(→$\RM{sn}u$ の微分について)
同様にして、$D$ の $u$ についての微分、$D’$ も次のようになります。
\begin{split}
D’&=-2k^2ss_w(s’s_w+ss_w’) \EE
&=2k^2ss_w(sc_wd_w-s_wcd)
\end{split}
以上より、$ND’$ が次のように計算できます。
\begin{split}
ND’&=(sc_wd_w+s_wcd)\cdot2k^2ss_w(sc_wd_w-s_wcd)\EE
&=2k^2ss_w(s^2c_w^2d_w^2-s_w^2c^2d^2)\EE
&=2k^2ss_w\Big\{s^2(1-s_w^2)(1-k^2s_w^2)-s_w^2(1-s^2)(1-k^2s^2)\Big\}\EE
&=2k^2ss_w(s^2-s_w^2)\cdot(1-k^2s^2s_w^2)
\end{split}
式変形の途中では、$c^2=1-s^2,d^2=1-k^2s^2$ の関係にあることを用いています。
そして、$2k^2ss_w(s^2-s_w^2)=N’,$ $(1-k^2s^2s_w^2)=D$ であるので、
\begin{split}
&ND’=N’D\EE
\therefore\,\,&ND’-N’D=0
\end{split}
と言えます。この結果より、
\begin{split}
\ff{\del F}{\del u}=\ff{ND’-N’D}{D^2}=0
\end{split}
となることが示せます。したがって、式$(2)$が正しいことが示されました。
$\RM{cn}(u+v),\RM{dn}(u+v)$ についても同様に計算することで、楕円関数の加法定理が導けます。