ここまでヤコビの楕円関数の定義や微分を調べ、そして、この性質より楕円関数の加法定理を導出を行いました。今回はさらに一歩進んで楕円関数を複素数の範囲まで拡張することについて考えます。
さて、楕円関数の変数を複素数としたとき、その結果は次のように表せます。
加えて、複素数の範囲まで拡張したヤコビの楕円関数も周期を持ち、しかも、次のような2つの基本周期を持ちます。
これらの結果を得るための準備として、楕円関数の変数を純虚数に置き換えた場合についての考察から始めるとします。
純虚数を変数に持つ楕円関数の性質
オリジナルのヤコビの楕円関数は実数に対して定義されていましたが、ここでは、変数を純虚数へと拡張することを考えます。
まず、ヤコビの楕円関数の一つ $\RM{sn}u$ は次のように定義される関数でした。
\begin{eqnarray}
u&=\int_{0}^{x}\ff{\diff t}{\sqrt{(1-t^2)(1-k^2t^2)}}=\RM{sn}^{-1} x
\end{eqnarray}
ここで、$t=ib$($b$は実数)と置換して変数を純虚数にしたとします。この置換を実行すると、
\begin{eqnarray}
iv&=i\int_{0}^{y}\ff{\diff b}{\sqrt{(1+b^2)(1+k^2b^2)}}=\RM{sn}^{-1} (iy)\tag{1}
\end{eqnarray}
ただし、$v$ を実数として、
\begin{eqnarray}
v&=\int_{0}^{y}\ff{\diff b}{\sqrt{(1+b^2)(1+k^2b^2)}}
\end{eqnarray}
であるとします。この $v$ について具体的に計算します。そのために、
\begin{eqnarray}
b=\tan\q
\end{eqnarray}
という置換を施すことにします。そうすると、
$$
\left\{
\begin{split}
&\diff b=\ff{\diff \q}{\cos^2\q} \EE
&\ff{1}{\sqrt{1+b^2}}=\cos\q \EE
&\ff{1}{\sqrt{1+k^2b^2}}=\ff{\cos\q}{\sqrt{1-(1-k^2)\sin^2\q}}
\end{split}
\right.
$$
とできるので、$v$ を
\begin{split}
v&=\int_{0}^{\varphi}\ff{\diff \q}{\sqrt{1-(1-k^2)\sin^2\q}} \EE
&=\int_{0}^{\varphi}\ff{\diff \q}{\sqrt{1-k’^2\sin^2\q}}\EE
\end{split}
とできます。ただし $1-k^2=k’^2$ としました。上式を第一種楕円積分の置換結果と比較することで、
\begin{split}
&v=\RM{sn}^{-1}(\sin\varphi)\EE
&\therefore\,\,\sin\varphi=\RM{sn}v
\end{split}
となることが分かります。さらに、$\RM{cn}$ の定義より $\cos\varphi=\RM{cn}v$ であることも言えます。以上のことより、
\begin{split}
y=\tan \varphi=\ff{\sin\varphi}{\cos\varphi}=\ff{\RM{sn}v}{\RM{cn}v}
\end{split}
と言え、これを式$(1)$に戻すと、
\begin{split}
\RM{sn}(iv,k)=iy=i\ff{\RM{sn}(v,k’)}{\RM{cn}(v,k’)}
\end{split}
という結果が得られます。なお、上の結果を用いることで $\DL{\RM{cn}(iv,k)=\ff{1}{\RM{cn}(v,k’)}}$ そして $\DL{\RM{dn}(iv,k)=\ff{\RM{dn}(v,k’)}{\RM{cn}(v,k’)}}$ となることを導けます。
以上、楕円関数の変数を純虚数に拡張した結果をまとめると次のようになります。
楕円関数の複素数への拡張
それでは、今回の本題である楕円関数の変数を複素数とした場合について考えていきます。具体的には、$\RM{sn}(u+iv)$ を求めることを考えます。
この式を楕円関数の加法定理と見なすと、
\begin{eqnarray}
\RM{sn}(u+iv)&=\ff{\RM{sn}u\,\RM{cn}(iv)\,\RM{dn}(iv)+\RM{sn}(iv)\,\RM{cn}u\,\RM{dn}u}{1-k^2\,\RM{sn}^2u\,\RM{sn}^2(iv)} \tag{2}
\end{eqnarray}
とすることができます。
ここで、簡略表記として
$$
\left\{
\begin{split}
s_u&=\RM{sn}(u,k),\,\,\,c_u&=\RM{cn}(u,k),\,\,\,d_u&=\RM{dn}(u,k)\EE
s_v&=\RM{sn}(v,k’),\,\,\,c_v&=\RM{cn}(v,k’),\,\,\,d_v&=\RM{dn}(v,k’)
\end{split}
\right.
$$
を導入すると、先程求めた結果を用いて
$$
\left\{
\begin{split}
&\RM{sn}(iv,k)=i\ff{s_v}{c_v}\EE
&\RM{cn}(iv,k)=\ff{1}{c_v} \EE
&\RM{dn}(iv,k)=\ff{d_v}{c_v}
\end{split}
\right.
$$
と表せ、これより式$(2)$を以下のように整理できます。
\begin{eqnarray}
\RM{sn}(u+iv)&=\ff{\DL{s_u\ff{1}{c_v}\ff{d_v}{c_v}+i\ff{s_v}{c_v}c_ud_u}}{\DL{1-k^2s_u^2\left(i\ff{s_v}{c_v}\right)^2}} \\[8pt]
&=\ff{s_ud_v+ic_ud_us_vc_v}{c_v^2+k^2s_u^2s_v^2} \EE
&=\ff{s_ud_v+ic_ud_us_vc_v}{(1-s_v^2)+k^2s_u^2s_v^2} \EE
&=\ff{s_ud_v+c_ud_uis_vc_v}{1-(1-k^2s_u^2)s_v^2} \EE
&=\ff{s_ud_v+ic_ud_us_vc_v}{1-d_u^2s_v^2} \EE
\end{eqnarray}
※ 式変形の途中で $1-k^2s_u^2=d_n^2$ であることを用いています。
同様に $\RM{cn}(u+iv),\RM{dn}(u+iv)$ についても計算すると、
\begin{eqnarray}
\RM{cn}(u+iv)&=\ff{c_uc_v-is_ud_us_vd_v}{1-d_u^2s_v^2} \EE
\RM{dn}(u+iv)&=\ff{d_uc_vd_v-ik^2s_uc_us_v}{1-d_u^2s_v^2}
\end{eqnarray}
が得られます。
楕円関数の2重周期性とは?
楕円関数の変数を複素数へと拡張できたので、今度は複素平面上での楕円関数の周期について考えることとします。
実軸上 での周期、つまり変数が実数である場合については周期が $4K(k)=4K$ であることは既に分かっています。(→実数変数の楕円関数の周期の導出)なお、$K$ は母数を $k$ としたときの第一種完全楕円積分の値とします。
そこで、虚軸上での周期、つまり変数が純虚数である場合の周期について考えることとします。
さて、母数を $k’=\sqrt{1-k^2}$ として、このときの第一種完全楕円積分の値を $K’$ とします。すると、第一節での結果を用いて $\RM{sn}(iv+iK’)$ を以下の様に表示できます。
\begin{split}
\RM{sn}(iv+iK’,k)&=i\,\ff{\RM{sn}(v+K’,k’)}{\RM{cn}(v+K’,k’)}\EE
\end{split}
同様にして、$\RM{sn}(iv+2iK’)$ について考えます。すると、
\begin{split}
\RM{sn}(iv+2iK’,k)&=i\,\ff{\RM{sn}(v+2K’,k’)}{\RM{cn}(v+2K’,k’)}\EE
\end{split}
と表示できて、今、$\RM{sn}(v+2K’)=-\RM{sn}v,$ $\RM{cn}(v+2K’)=-\RM{cn}v$ の関係にあるので、
\begin{split}
\RM{sn}(iv+2iK’,k)&=i\,\ff{\RM{sn}(v+2K’,k’)}{\RM{cn}(v+2K’,k’)}\EE
&=i\,\ff{\RM{sn}(v,k’)}{\RM{cn}(v,k’)}=\RM{sn}(iv,k)
\end{split}
と求めることができます。これより、虚軸上で $\RM{sn}$ は周期 $2iK’$ を持つと言えます。
これを用いて、複素数の場合についての周期を求めましょう。具体的には、$\RM{sn}(u+2iK’)$ の周期について考えます。
これについては、先述の結果を用いることで以下のようにできて、
\begin{split}
\RM{sn}(u+2iK’,k)&=\ff{s_ud_v+ic_ud_us_vc_v}{1-d_u^2s_v^2}
\end{split}
今、$s_v=\RM{sn}(2K’,k’)=0, c_v=\RM{cn}(2K’,k’)=-1, d_v=\RM{dn}(2K’,k’)=1$ のため、
\begin{split}
\RM{sn}(u+i2K’,k)&=s_u=\RM{sn}u
\end{split}
であることが分かります。これより、変数を複素数とした場合の周期も $2iK’$ であることが言えます。
以上のことから、複素数 $z$ を変数に持つ楕円関数は、以下のような性質を持つことが分かります。
\begin{split}
\RM{sn}(z+4K+i2K’)&=\RM{sn}z
\end{split}
この結果は一般に $m,n$ を整数として、
\begin{split}
\RM{sn}(z+4mK+i2nK’)&=\RM{sn}z
\end{split}
と拡張することができます。このように、$\RM{sn}z$ は $4K,2iK’$ の二つの周期を持つのです。
さて、$\RM{sn}z$ のように二つの周期を持つ関数のことを二重周期関数と呼びます。そして、最も単純な周期のことを基本周期と呼びます。例えば、$\RM{sn}z$ の基本周期は $4K,2iK’$ となります。
$\RM{cn}z, \RM{dn}z$ についても同様にして基本周期を求めることができ、それぞれ $(4K,2K+2iK’),(2K,4iK’)$ となります。