ロシュ限界とは惑星や衛星が潮汐力に破壊されずに近づける限界の距離のことです。
ロシュ限界よりも内側に入ると、その天体は潮汐力により破壊されます。
今回は、ロシュ限界の導出を行います。
また、土星と地球のロシュ限界がどの程度の距離になるのかを見積もります。
ロシュ限界の計算を通して土星に環が存在する理由について、理解できるようになります。
ロシュ限界の導出
ロシュ限界は潮汐力と深い関係があります。
潮汐力 $\B{F}_t$ の大きさは次のように表せました。
※ 潮汐力の詳細な導出過程はこちらで解説しています。
話を戻します。
潮汐力を受ける物体には、同時に天体からの重力も働いています。
潮汐力よりも重力が大きいのであればその物体はその天体に留まっていられます。
しかし、重力よりも潮汐力が大きくなると物体は天体の重力を振り切って宇宙空間に投げ出されます。
このように、重力と潮汐力の大きさが逆転するポイントがロシュ限界です。
では、ロシュ限界の位置を計算してみましょう。
図のように、衛星と惑星があり、それぞれの質量、密度、半径を$M_1, M_2, r_1, r_2$ とします。
さて、衛星の表面に質量 $m$ の小球が置かれているとします。
このとき、小球には衛星からの重力 $F_g$ と、惑星からの潮汐力 $F_t$ が作用することになります。
ロシュ限界となるポイントでは、重力$F_g$と潮汐力$F_t$がちょうど等しくなります。
したがって、
\begin{eqnarray}
F_g &=& F_t \EE
\therefore\,\,\, G\ff{mM_1}{r_1^2} &=& G\ff{2mM_2r_1}{R^3} \tag{1}
\end{eqnarray}
という関係式が成立します。
式(1)を$R$について整理すると、
\begin{eqnarray}
R &=& \sqrt[3]{\ff{2M_2}{M_1}}r_1 \tag{2}
\end{eqnarray}
となります。
さて、各天体の平均密度を$\rho_1, \rho_2$とすると$M_1, M_2$は次のように表せます。
\begin{eqnarray}
M_1 &=& \ff{4\pi}{3}\rho_1 r_1^3 \EE
M_2 &=& \ff{4\pi}{3}\rho_2 r_2^3 \\
\end{eqnarray}
これを式(2)に代入すると、
\begin{eqnarray}
R &=& \sqrt[3]{\ff{2\rho_2}{\rho_1}}r_2 \tag{3} \\
\end{eqnarray}
となります。
$R$よりも内側に入ってしまうと、小球は衛星の重力を振り切って離れてしまいます。
つまり、$R$がロシュ限界となります。
土星のロシュ限界の計算
土星のロシュ限界の計算
実際に土星のロシュ限界を計算しましょう。
計算に当たり、諸数値は次の通りとします。
\begin{eqnarray}
G &=& 6.67\times10^{-11}\,\, \RM{m}^3/\RM{kg}\cdot\RM{s}^2 \\
\rho_{saturn} &=& 6.87\times10^2 \,\, \RM{kg}/\RM{m^3} \\
r_{saturn} &=& 5.82\times10^7 \,\, \RM{m} \\
\end{eqnarray}
潮汐力の影響を受ける天体が氷で出来ているとして、密度 $\rho_1$ を9.0$\times$102 kgとします。
以上の値を使ってロシュ限界を計算すると次のようになります。
\begin{eqnarray}
R &=& \sqrt[3]{\ff{2\times6.87\times10^2}{9.0\times10^2}}\times5.82\times10^7 \EE
&\fallingdotseq& 6.7\times10^7 \,\,\RM{m} = 6.7\times10^4\,\,\RM{km}
\end{eqnarray}
計算結果から土星の環は赤道から、約$8800$ $\RM{km}$ 程度の広がりを持つと予想できます。
計算結果の検証
先ほどの計算結果と実際の土星の環のサイズを比較してみましょう。
土星の環は、土星の赤道上空$7000$ $\RM{km}$から$80000$ $\RM{km}$ 程度まで広がっています。(メインリングの数値)
半径に直すと、土星のメインリングは最大で半径$13$万 $\RM{km}$程度になります。
先程の計算値ではロシュ限界の半径が約$6$万$7000$ $\RM{km}$だったので、実際の半分程度しかありません。
計算結果が現実と整合しない理由は、潮汐を受ける天体を剛体(≒固体)と考えていたためです。
天体が水のような流動性のある物体で構成されている場合ロシュ限界はより大きくなります。
詳しい導出過程は省きますが、流動性のある天体の場合、次のようにロシュ限界が表せます。
$$ R \NEQ 2.42\sqrt[3]{\ff{\rho_2}{\rho_1}}r_2 $$
土星の環の元になった天体が流動性の天体と考え、この式に当てはめるとロシュ限界は約$12$万$8000$ $\RM{km}$になり、観測値と良い一致を示すことが分かります。
土星の環の謎
話は少しそれますが、土星の環を良く観察すると不思議な点があることに気が付きます。
また、土星の環に濃淡があることにも気付きます。なぜ濃淡があるのでしょうか?偶然そうなったのでしょうか?それとも何か深遠な理由があるのでしょうか?
そして、土星の環には隙間が存在していることが分かっています。
直観的には土星の環を構成する無数の粒子達は十分長い時間が経てば均一に散らばり、土星の環の隙間は埋まり、濃淡も無くなると予想されます。
しかし、実際には土星の環は複数の円環から構成されて隙間が空いていますし、この状態で環も安定しています。
どうしてこのような状態が保たれているのでしょうか?
実は、土星の環の隙間には小さな天体が存在していて、この小天体が自身の軌道上から粒子を弾き飛ばしたり”掃除”しているため、環に隙間が生じるのです。
小天体が羊飼いのように環を構成する粒子を整列させていることが近年明らかになっています。
ただし、隙間が存在するためには小天体が同じ軌道を安定して運動していることが条件になります。
そして、小天体が安定した軌道でいることを力学的に説明することはかなり難しい問題なのです。
なぜなら、小天体の軌道安定性を示すためには、土星からの重力だけでなく周囲の無数の粒子から受ける重力を考慮した多体問題を解かなければならないためです。
三体問題ですら解けないのにそれ以上の天体が関係する多体問題はさらに難しくなります。従って、土星の環が安定して存在できるかも未解決問題となっています。
地球のロシュ限界の計算
最後に地球のロシュ限界もついでに計算しておきましょう。
月は地球にどれだけ近づいたら破壊されるのでしょう?
諸数値は次の通りとします。
\begin{eqnarray}
\rho_{earth} &=& 5.51\times10^3 \,\, \RM{kg}/\RM{m^3} \\
\rho_{moon} &=& 3.34\times10^3 \,\, \RM{kg}/\RM{m^3} \\
r_{earth} &=& 6.37\times10^6 \,\, \RM{m} \\
\end{eqnarray}
以上の値を使ってロシュ限界を計算すると次のようになります。
\begin{eqnarray}
R &=& \sqrt[3]{\ff{2\times5.51\times10^3}{3.34\times10^3}}\times6.37\times10^6 \\
&\fallingdotseq& 9.48\times10^6 \,\,\RM{m} = 9.48\times10^3\,\,\RM{km}
\end{eqnarray}
この結果から、月が地球から約$9500$ $\RM{km}$まで近づいたら破壊されることが分かりました。
もし、月に流動性があるとしてもロシュ限界は約$1$万$8000$ $\RM{km}$なので月は安全圏にいることが分かります。(地球ー月の距離は約$38$万 $\RM{km}$)
月が破壊されることは無さそうです。