ホーマン遷移軌道とは?|最小の燃料消費で月に行く方法

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突然ですがあなたは月探査プロジェクトの責任者になってしまいました。月の周回軌道に探査機を送り込めと上司から命令されてしまいました。

技術的な問題、人の問題、設計の問題などなど問題は無数にありますが、とにかく安く済ませろ!と上司はさらなる無茶ぶりをかましてきます。

予算以外のことは一旦忘れて、なるべく安く済ませる方法を考えてみましょう。

単純に、ロケットに積み込む燃料を最小限にすれば手っ取り早く予算を節約できそうです。では、燃料を最小限にするにはどうすれば良いでしょうか?

考え得る色々な月への軌道の中で、最小のエネルギーで月に行ける軌道を選べば、ロケットが使う燃料を最小にできそうです。

ただし、地球と月は同一平面上にあるとします

ところで、ある天体から別の天体に行く軌道を遷移軌道と呼びます。例えば、下図のような軌道が遷移軌道に該当します。

遷移軌道

円軌道から円軌道に移る遷移軌道の中で、軌道の形が楕円になるものを楕円遷移軌道と呼びます。

楕円遷移軌道の中で、燃料消費が最小になる軌道のことをホーマン遷移軌道と呼びます。

今回は、ホーマン遷移軌道がどんなものなのかについて見ていきましょう。

→ベクトル・微分の表記方法の解説記事はこちら

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遷移軌道のエネルギーとは?

まず、軌道の力学的エネルギーについて計算しましょう。

なお、探査機は地球を焦点とした楕円軌道(下図)を描いているとします。

(単位質量当たりの)力学的エネルギー $\varepsilon$(エプシロン) は、

重力定数 $\mu$(ミュー) を$ \mu = G(M+m)$ を使って、エネルギー積分より次のように表せます。

$$ \varepsilon = \frac{1}{2}(\dot{\boldsymbol{r}}\cdot \dot{\boldsymbol{r}}) -\, \frac{\mu}{r} $$

→エネルギー積分とは?

ただし、$G$を万有引力定数とします。

次は、軌道のエネルギーとその長半径$a$の関係を調べてみましょう。

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準備① 長半径と遷移軌道エネルギーの関係

ここで、角運動量ベクトル$ \boldsymbol{h} $ とラプラスベクトル$ \boldsymbol{P} $ の内積を取ります。

$\boldsymbol{h}\cdot\boldsymbol{r} = 0, \boldsymbol{h}\cdot\boldsymbol{h}\times\dot{\boldsymbol{r}} = 0 $ (角運動量積分)であることを利用すると、

\begin{eqnarray}
\boldsymbol{h} \cdot \boldsymbol{h} \times \dot{\boldsymbol{r}} + \frac{\mu}{r} \boldsymbol{h}\cdot \boldsymbol{r} &=& -\boldsymbol{h} \cdot \boldsymbol{P} \EE
\therefore\,\, \boldsymbol{h} \cdot \boldsymbol{P} &=& 0
\end{eqnarray}

となります。

さらに、$P^2$ を考えると、

\begin{eqnarray}
P^2 &=&(\boldsymbol{h}\times\dot{\boldsymbol{r}})\cdot(\boldsymbol{h}\times\dot{\boldsymbol{r}}) + \frac{2\mu}{r}\boldsymbol{r}\cdot(\boldsymbol{h}\times\dot{\boldsymbol{r}}) + \frac{\mu^2}{r^2}( \boldsymbol{r}\cdot \boldsymbol{r} ) \\
&=& h^2(\dot{\boldsymbol{r}}\cdot \dot{\boldsymbol{r}} )- \frac{2\mu}{r}h^2 + \mu^2 \EE
&=& h^2\left( \dot{\boldsymbol{r}}\cdot \dot{\boldsymbol{r}}- \frac{2\mu}{r} \right) + \mu^2 \tag{1} \\
\end{eqnarray}

となります。

式(1)に関しては、$\varepsilon$ を使って次のように整理することができます。

\begin{eqnarray}
P^2 &=& 2\varepsilon h^2 + \mu^2 \EE
\therefore\,\, \frac{h^2}{\mu} &=& -\frac{\mu}{2\varepsilon}\left( 1 – \frac{P^2}{\mu^2} \right)
\end{eqnarray}

これを、軌道方程式の係数と比較すると、

\begin{eqnarray}
\frac{h^2}{\mu} &=& -\frac{\mu}{2\epsilon}\left( 1- \frac{P^2}{\mu^2} \right) \EE
&=& p = a(1-e^2)
\end{eqnarray}

であることが分かります。

したがって、長半径$a$ と遷移軌道のエネルギー$\varepsilon$ の関係は次のようになります。

$$ a = -\frac{\mu}{2\varepsilon} $$

ただし、$\DL{e = \ff{P}{\mu}}$とします。

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準備② 軌道速度の計算

次に、軌道上の物体の速度$v$ を計算してみましょう。

エネルギー積分から、

$$ \varepsilon = \frac{1}{2}(\dot{\boldsymbol{r}}\cdot \dot{\boldsymbol{r}})-\, \frac{\mu}{r} = -\frac{\mu}{2a} $$

となり、$\dot{\boldsymbol{r}} \cdot \dot{\boldsymbol{r}} = | \dot{\boldsymbol{r}} |^2 = v^2 $ なので、$v$は焦点からの距離$r$ (地球からの距離)を使って、

$$ v = \sqrt{\mu \left( \frac{2}{r}- \, \frac{1}{a} \right) } $$

と与えられます。

円軌道の場合、$r = a$ で速度は一定となるので、

$$ v_c = \sqrt{\frac{\mu}{a}} = \sqrt{\frac{G(M+m)}{a}} $$

となります。

$v_c$ を第一宇宙速度と呼びます。

また、$ a \rightarrow \infty $ とすると、

$$ v_e = \sqrt{\frac{2\mu}{r}} = \sqrt{\frac{2G(M+m) }{r}} = \sqrt{2}v_c $$

となります。$v_e$ を第二宇宙速度と呼びます。

第一宇宙速度と第二宇宙速度

第一宇宙速度$v_c$と第二宇宙速度$v_e$は、
円軌道の半径を$a$、重力定数を$\mu$として次のように表される。

\begin{split}
v_c &= \sqrt{\frac{\mu}{a}} \EE\\
v_e &= \sqrt{\frac{2\mu}{r}} = \sqrt{2}v_c \\
\,
\end{split}

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準備③ 各軌道上の速度計算

さて、探査機の質量は地球の質量に比べて無視できるほど小さいので、重力定数 $\mu$ を $\mu \approx GM$ と近似できます。

ここで、地球に近い内側の軌道から、外側の軌道に移る遷移軌道を考えます。

なお、内側・外側の軌道の両方を円軌道とします。

さて、下の図のように内側の軌道速度を$v_{c1}$ 外側の軌道速度を$v_{c2}$ とします。

遷移軌道

先程の議論から、それぞれの速度は次のように計算できます。

$$ v_{c1} = \sqrt{\frac{\mu}{r_1}}, \quad v_{c2} = \sqrt{\frac{\mu}{r_2}} $$

楕円遷移軌道の長半径$a$ は、$\DL{a = \ff{r_1 + r_2}{2}}$ なので楕円遷移軌道上の速度$v$ は、

$$ v = \sqrt{2\mu \left( \frac{1}{r} \, – \, \frac{1}{r_1+r_2} \right)} $$

と計算できます。

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ホーマン遷移軌道の軌道計画

いよいよホーマン遷移軌道の導出に移りましょう。

まず、ある軌道からある軌道に移るため、どのタイミングで速度や方向を変えるかを決める飛行計画を軌道計画と呼びます。

それでは、ホーマン軌道の軌道計画について考えましょう。

ホーマン軌道では下の図のように、近点と遠点で二回速度を変化させます。

ホーマン軌道

内側から外側の軌道にきっちり移動するために必要な速度変化を計算します。

まず、近点での速度変化$\Delta v_1$ は以下のように求められます。

\begin{eqnarray}
\Delta v_1 &=& v_1- \, v_{c1} \EE
&=& \sqrt{2\mu \left( \frac{1}{r_1}- \, \frac{1}{r_1 + r_2} \right)}- \, \sqrt{\frac{\mu}{r_1}} \tag{2}
\end{eqnarray}

次に、 遠点での速度変化$\Delta v_2$ は以下のように求められます。

\begin{eqnarray}
\Delta v_2 &=& v_{c2}- \, v_2 \EE
&=& \sqrt{\frac{\mu}{r_2}}- \, \sqrt{2\mu \left( \frac{1}{r_2}- \, \frac{1}{r_1 + r_2} \right)} \tag{3}
\end{eqnarray}

このように速度を変化させることで、目的の軌道まで探査機を運ぶことができます。

※遠地点での加速をアポジキックとも呼びます。

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実際に計算してみると?

それでは、実際の数値を代入して、ホーマン軌道で地球から月に向かう場合の計算をしてみましょう。

計算に必要な諸数値は以下の表に示す通りです。

万有引力定数$6.67×10^{-11}\,\RM{m^{3}/kg\,s^{2}}$
地球の質量$5.97×10^{24}\,\RM{kg}$
重力定数 $\mu$$3.98×10^{14}\,\RM{m^3/s^{2}}$
静止軌道の高度 $r_1$$3.60×10^7\,\RM{m}$
月までの距離 $r_2$$3.84×10^8\,\RM{m}$

式(2)、(3)に表の数値を代入して計算すると、次のような結果になります。

\begin{eqnarray}
\Delta v_1 &=& 1.17 \times 10^3 \,\, \mathrm{m/s} = 1.17 \,\, \mathrm{km/s} \\
\Delta v_2 &=& 5.97 \times 10^2 \,\, \mathrm{m/s} \fallingdotseq 0.60 \,\, \mathrm{km/s}
\end{eqnarray}

近点と遠点でこのような速度変化で軌道修正をしてやれば、最小の燃料消費で探査機を月に送り込めます。

予算が節約できたと上司は喜んでくれることでしょう。

めでたし、めでたし…… 

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ホーマン遷移軌道は工学的に実現可能か?

さて、この結果を見て皆さんはどう思いますか? 以外と大したことないな、と思いましたか?

ちょっと待ってください、注意してよく見てください単位は秒速(km/s)です。

つまり、近点や遠点に到着した瞬間、秒速数km の加速をしなければならないということです。

しかも、短時間に加速しなければならないので、加速度で考えるとより過酷になります。仮に10 秒で軌道の修正を行うとしたら、遠点で約6 G、近点では約12 Gもの加速度が必要になります。

身近な高速移動する機械と言えば自動車が思い浮かびますが、F1のマシーンでも加速性能はせいぜい2 G程度です。

自動車のエンジン(レシプロエンジン)では到底、宇宙探査はできそうもありません。

ですので、もっと加速性能が良いエンジンを使用する必要があります。

そんな加速性能を出せるエンジンがロケットエンジンなのです。

どうやら、ロケットエンジンを作らないと宇宙には行けなさそうです。

ロケットエンジンの歴史や仕組み、構造についてはまた別の機会で取り上げます。

また、軌道遷移についての他の手法についてもまた別の機会に見ていきます。

→天体力学のまとめ記事はこちら


なぜホーマン軌道で燃料消費が最小になるのか? そもそも地球外にどうやって打ち上げるのか? については、別の記事で取り上げています。

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