潮汐力を慣性系と回転座標系の両方の視点から計算します。
潮汐力の大きさ$\| \B{F}_t \|$は次のように表される
\begin{split}
\|\B{F}_t \| = \ff{ 2GmMr }{R^3} \\
\,
\end{split}
今回の潮汐力の計算は、ロシュ限界の導出の準備にもなります。
ロシュ限界とは、潮汐力に破壊されずに衛星や惑星が主星に近づける限界の距離のことです。
ロシュ限界より内側に侵入すると、その物体は破壊されバラバラになります。
実際、土星の環はロシュ限界の周辺に広がっています。
※ ベクトルや時間微分の表記についてはこちらで解説しています。
潮汐力とは
潮汐力とは、その天体を変形させようとする力のことです。
潮汐力は、他の天体からの重力の影響により発生します。
たとえば、地球で起きる潮の満ち引き、すなわち潮汐は、主に月からの潮汐力により発生します。
潮汐力は月に面する面で最大になりますが、その反対側でも最大になります。
地球が自転しているため、満潮と干潮が一日に二回起きるのです。
潮汐力が月と反対側でも最大になることを不思議に思うかもしれません。
その理由をこれから計算により示します。
慣性座標系での潮汐力の計算
慣性座標系の設定
潮汐力の計算を具体的に行います。
まずは、慣性系から潮汐力の計算を行います。
慣性系とは、静止または等速直線運動している座標系のことです。
今回は地球の中心を原点とすると考えやすいので、地球の中心を原点として次のような慣性座標系を設定します。
また、地球は自転も公転もしていないものとします。
図のように、月の方向を $x$ 軸の正方向とし、月の進行方向に $y$ 軸を取ります。
また、北極星方向を $z$ 軸とします。(図では北半球から見ています。)
そして、地球と月の距離を$R$、地球の半径を$r$、地球の質量を$M_E$、月の質量を$M_L$とします。
地球と月が形成する重力ポテンシャル
ポテンシャルエネルギーを位置の座標で微分することでその点に働く力を計算できます。
今回、この事実を使い潮汐力の計算を行います。
とりあえず、天体の公転や自転のことは忘れましょう。
以下、万有引力定数を$G$とします。
$\RM{P}(x,y,z)$の位置にある質量 $m$ の物体に作用する力は、
地球が形成する重力ポテンシャル $V_E$ と、月の形成する重力ポテンシャル $V_L$ はそれぞれ次のように表せます。
$$
\left\{
\begin{eqnarray}
V_E &=& -\ff{GmM_E}{\sqrt{x^2+y^2+z^2}} \\ \\
V_L &=& -\ff{GmM_L}{\sqrt{(x-R)^2+y^2+z^2}}
\end{eqnarray} \tag{1}
\right.
$$
$V$を$x$なり$y$のそれぞれの変数で偏微分してやると、その質点に作用する力を計算できます。
ただ、このままでは潮汐力を計算するのは大変なので、簡単な場合を選んで計算します。
月が質点に及ぼす力
潮汐力は、冒頭でも紹介した通り、他の天体から及ぼされる重力により生じます。
そのため、今の場合は月からの影響が潮汐力として現れることになります。
したがって、$V_L$ を微分することで潮汐力を計算できると言えます。
なお、今知りたいのは潮汐力の最大値です。
少々、ネタバレになりますが、潮汐力は地球と月を結ぶ直線上(赤道上)で最大になります。
図で表すと点$\RM{A}$と$\RM{B}$の位置で潮汐力 $F_t$ は最大になります。
まず、点$\RM{A}(r, 0, 0)$での質量 $m$ の物体に働く月の重力ポテンシャル $V_{LA}$ は次のように記述できます。
\begin{eqnarray}
V_{LA} &=& -\ff{GmM_L}{\sqrt{(r-R)^2+0^2+0^2}} \EE
&=& -\ff{GmM_L}{r-R} \tag{2}
\end{eqnarray}
式(2)を$r$微分することで、月が点$\RM{A}$に及ぼす力$F_{LA}$が計算できます。
\begin{eqnarray}
\ff{\del V_{LA}}{\del r} &=& F_{LA}= \ff{GmM_L}{(r-R)^2} \tag{3}
\end{eqnarray}
式(3)をこれから計算していきますが、$R \gg r$なので、近似により式を簡単にすることを考えます。($R = 3.8\times 10^5$ $\RM{km}$、$ r = 6.4\times 10^3$ $\RM{km}$のため)
具体的には次のような近似計算ができます。
\begin{eqnarray}
\ff{1}{(R-r)^2} &=& \ff{1}{R^2}\left( 1 \,-\, \ff{r}{R} \right)^{-2}\\
&\fallingdotseq& \ff{1}{R^2}\left(1+\ff{2r}{R} \right) \\
&=& \ff{1}{R^2} + \ff{2r}{R^3}
\end{eqnarray}
※ $(1+x)^n \fallingdotseq 1+nx $ を利用しています。
これを利用すると式(3)は、
\begin{eqnarray}
\ff{GmM_L}{(r-R)^2}&\fallingdotseq& \ff{GmM_L}{R^2} + \ff{2GmM_L r}{R^3}
\end{eqnarray}
と整理できます。
次に、点$\RM{B}(-r, 0, 0)$での月の重力ポテンシャル $V_{LB}$ は次のようになります。
\begin{eqnarray}
V_{LB} &=& -\ff{GmM_L}{\sqrt{(-r-R)^2+0^2+0^2}} \EE
&=& -\ff{GmM_L}{r+R} \tag{4}
\end{eqnarray}
式(4)を$r$微分することで、月が点$\RM{B}$に及ぼす力$F_{LB}$が計算できます。
\begin{eqnarray}
\ff{\del V_{LB}}{\del r} &=& F_{LB}= \ff{GmM_L}{(r+R)^2} \tag{5}
\end{eqnarray}
先程の近似式を利用して式(5)を展開すると、
\begin{eqnarray}
\ff{GmM_L}{(r+R)^2}&\fallingdotseq& \ff{GmM_L}{R^2} \,-\, \ff{2GmM_L r}{R^3}
\end{eqnarray}
と出来ます。
※ 月に向かう方向を正としています。
潮汐力の計算
月が質点に及ぼす力は、月の重力ポテンシャルを微分することで計算できました。
しかし、潮汐力の導出にはまだ一歩足りません。
なぜなら、潮汐力を導出する際には、地球の運動も考慮しなければならないからです。
地球の運動を考慮しなければならない理由は、潮汐力の作用が地球本体と考える質点の運動のずれによって認識できるようになるためです。
誰が認識するのかというと、地球上にいる観測者です。
ということで、観測者を慣性系から地球と共に運動する座標系に移動させます。
地球は月の重力に引かれて運動しているため、地球は加速度運動をしています。
つまり、地球に固定した座標系は非慣性座標系ということになります。
図で表すと次のようになります。
地球にと共に運動する座標系の加速度$a_E$を計算しましょう。
加速度$a_E$は地球本体の加速度と一致するので、次のように求められます。
\begin{eqnarray}
M_Ea_E &=& G\ff{M_EM_L}{R^2}\EE
\therefore a_E &=& \ff{GM_L}{R^2}
\end{eqnarray}
いよいよ、潮汐力の導出を行います。
地球に固定した座標系から、質点の運動を眺めると、質点には慣性力 $\B{F}_{inertia}$ が働くように見えます。
そして、慣性力の向きは加速度運動している方向と逆向きです。
先程の点$\RM{A}, \RM{B}$に作用する力に慣性力を加えると次のようなります。
点$\RM{A}, \RM{B}$各点に働く潮汐力は月からの重力と慣性力の合力です。
従って点$\RM{A}$での潮汐力 $\B{F}_t$ は、
\begin{eqnarray}
\B{F}_t &=& \B{F}_{LA}+\B{F}_{inertia} \EE
&=& \left( \ff{GmM_L}{R^2} + \ff{2GmM_L r}{R^3} \right)\B{i} \,-\, \ff{GmM_L}{R^2}\B{i} \EE
&=& \ff{2GmM_L r}{R^3} \B{i}
\end{eqnarray}
となります。
なお、$\B{i}$は単位ベクトルを表します。
一方、点Bでの潮汐力は、
\begin{eqnarray}
\B{F}_t &=& \B{F}_{LB}+\B{F}_{inertia} \EE
&=& \left( \ff{GmM_L}{R^2} \,-\, \ff{2GmM_L r}{R^3} \right)\B{i} \,-\, \ff{GmM_L}{R^2}\B{i} \EE
&=& -\ff{2GmM_L r}{R^3} \B{i}
\end{eqnarray}
となります。
以上から、点$\RM{A}$と$\RM{B}$での潮汐力の大きさは次のようになります。
$$ \|\B{F}_t \| = \ff{ 2GmM_Lr }{R^3} $$
どちらの点でも、潮汐力の働く方向は地球から離れる方向です。
この式を一般化すると、潮汐力の大きさ$\| \B{F}_t \|$は
\begin{split}
\|\B{F}_t \| = \ff{ 2GmMr }{R^3} \\
\,
\end{split}
となります。
潮汐力は公転や自転の有無に関係なく、潮汐力の原因となる天体からの距離のみで決まることは注目に値する点です。
質点に働く潮汐力を計算する際、注意しなければならないのは、地球自体の運動も考慮しなければならないことです。
地球も月の重力によって移動しているため、地球上の質点の正味の移動量は地球の移動量を差し引いたものになるのです。
従って、質点の加速度も地球の加速度を引いて計算してやる必要が生じます。
このことは、潮汐力の計算の際に重要な観点になります。
回転座標系での潮汐力の計算
本来、地球と月の共通重心周りを公転しているので、先ほどの状況はほんの一瞬しか成立しません。
そうなると、慣性系と仮定した先程の潮汐力の計算結果が本当に正しいのか不安になります。
そこで、月と地球の共通重心まわりに回転する回転座標系(非慣性系)で潮汐力の計算を行い、先ほどの計算結果を検証しましょう。
共通重心の位置
共通重心の位置から計算しましょう。
共通重心の位置は地球の質量 $M_E$ と月の質量 $M_L$ の関係から決まります。
といっても、それほど難しい計算ではなく、重心についての公式を使うだけです。
地球の中心から共通重心までの距離を $x_G$ とすると、次のように計算できます。
\begin{eqnarray}
x_G = \ff{x_E M_E + x_L M_L}{M_E + M_L} \tag{6}
\end{eqnarray}
ここで、$x_E$は地球の重心座標、$x_L$は月の重心座標を表します。($x_L > x_E$とします)
さらに、地球と月の距離を$R$とすると、$x_L = R \,-\, x_E$ なので式(6)に代入すると、
\begin{eqnarray}
x_G &=& \ff{x_E M_E + (R-x_E) M_L}{M_E + M_L} \\[5pt]
&=& \ff{M_E \,-\, M_L}{M_E + M_L}x_E + \ff{M_L}{M_E + M_L}R \tag{7}
\end{eqnarray}
$x_E$ を原点とすれば、式(7)の右辺第二項だけが残り、見通しが良くなります。
結局、$x_G$ は地球と月を結ぶ線分を$M_L:M_E$ に内分する点であることが分かります。
地球ー月系の回転座標系
ところで、地球と月系の回転座標系を設定します。
地球と月は、先ほど計算した共通重心を中心として公転しています。
簡単のため、円軌道であるとします。図に表すと次のようになります。
なお、公転の角速度を $\omega$(オメガ)、$\DL{k = \ff{M_L}{M_E + M_L}}$とします。
角速度$\omega$は、月の重力と回転座標系で現れる遠心力から考えれば、計算できます。
したがって、
\begin{eqnarray}
M_EkR\omega^2 &=& G\ff{M_E M_L}{R^2} \EE
\therefore\,\,\, \omega^2 &=& \ff{G(M_E+M_L)}{R^3} \tag{8}
\end{eqnarray}
となります。
この結果は後ほど利用します。
今後の計算を簡単にするために、地球の中心を原点とした回転座標系を設定します。
今後の計算ではこの座標で考えていきます。
遠心力ポテンシャル
慣性系で考えたときと同様、ポテンシャルを考えます。
今回は回転座標系なので、重力によるポテンシャルに加えて遠心力によるポテンシャル$V_c$を考えなければなりません。
回転座標系での遠心力ポテンシャルは次のように表せます。
\begin{eqnarray}
V_c &=& -\ff{1}{2}m\omega^2\Big\{ (kR-x)^2 + y^2 \Big\} \\
\end{eqnarray}
従って、回転座標系でのポテンシャル$V$は、$V=V_E+V_L+V_c$となります。
回転座標系での潮汐力
先程と同様、点$\RM{A}, \RM{B}$での潮汐力を計算しましょう。
まず、点$\RM{A}(r, 0, 0)$での月の重力と遠心力のポテンシャル $V_{LA}$ は次のようになります。
\begin{eqnarray}
V_{LA} &=& V_L + V_c \EE
&=& -\ff{GmM_L}{\sqrt{(r-R)^2+0^2+0^2}} \,-\, \ff{1}{2}m\omega^2\{(kR-r)^2 + 0^2\} \EE
&=& -\ff{GmM_L}{r-R} -\ff{1}{2}m(kR-r)^2\omega^2 \tag{9}
\end{eqnarray}
式(9)を $r$ で微分することで、月の重力と遠心力が点$\RM{A}$に及ぼす力 $F_{A}$ を計算できます。
\begin{eqnarray}
\ff{\del V_{LA}}{\del r} &=& F_{A}\EE
&=& \ff{GmM_L}{(r-R)^2} \,-\, m(kR-r)\omega^2 \tag{10}
\end{eqnarray}
式(10)を近似すると、
\begin{eqnarray}
F_{A}&=& \ff{GmM_L}{R^2}+\ff{2GmM_Lr}{R^3} \,-\, m(kR-r)\omega^2 \tag{11}
\end{eqnarray}
となります。
一方で、点$\RM{B}(-r, 0, 0)$での月の重力と遠心力のポテンシャル$V_{B}$から、月の重力と遠心力による力$F_B$を計算し、同様の近似を行うと、
\begin{eqnarray}
F_{B}&=& \ff{GmM_L}{R^2}\,-\,\ff{2GmM_Lr}{R^3} \,-\, m(kR+r)\omega^2 \tag{12}
\end{eqnarray}
とできて、
さらに、地球とそこに設定した座標系は、回転運動に加えて共通重心に向かって加速度運動をしています。
この加速度は、
\begin{eqnarray}
\ff{GmM_L}{R^2}\,-\, mkR\omega^2
\end{eqnarray}
であり、この加速度によって、地球上の観測者や物体には慣性力が働きます。
そのため点 $\RM{A}, \RM{B}$ に関しても計算結果に慣性力を考慮してやらなければなりません。
補正計算をすると、点$\RM{A}$で質量$m$の質点に加わる力は、
$$
\begin{split}
F_{LA}&= \ff{GmM_Lm}{R^2}+\ff{2GmM_Lr}{R^3} \\
&\qquad\,-\, m(kR-r)\omega^2 \,-\, \left( \ff{GmM_L}{R^2}\,-\,mkR\omega^2 \right) \EE
&= \ff{2GmM_Lr}{R^3} + mr\omega^2
\end{split}
\tag{13}
$$
となります。
また、点$\RM{B}$で質量$m$の質点に加わる力は、
$$
\begin{split}
F_{LB}&= \ff{GmM_L}{R^2}\,-\,\ff{2GmM_Lr}{R^3} \\
&\qquad\,\,-\, m(kR+r)\omega^2 \,-\, \left( \ff{GmM_L}{R^2}\,-\,mkR\omega^2 \right) \EE
&= -\ff{2GmM_Lr}{R^3} \,-\, mr\omega^2
\end{split}
\tag{14}
$$
となります。
計算結果の遠心力は、回転座標系で現れる慣性力のため潮汐力ではありません。
そのため、式(13)と式(14)の第一項のみが潮汐力になります。
結局、潮汐力は公転を考えない場合と同様の式となりました。
潮汐力の大きさ
最後に潮汐力の大きさを見積もってみましょう。
人間に働く潮汐力の大きさと、スカイツリーに働く潮汐力を計算してみます。
諸定数は次の通りとします。
\begin{eqnarray}
G &=& 6.67\times10^{-11}\,\, \RM{m}^3/\RM{kg}\cdot\RM{s}^2 \\
R &=& 3.80\times10^{8}\,\, \RM{m} \\
r &=& 6.37\times10^{6}\,\, \RM{m} \\
M_L &=& 7.36\times10^{22}\,\, \RM{kg}
\end{eqnarray}
※人間もスカイツリーも天文学的スケールと比較すると質点と近似できるため、大きさは無視します。
人間の質量を60 kgとすして潮汐力を計算すると、
\begin{eqnarray}
\ff{ 2GmM_Lr }{R^3} &=& \ff{2\times 6.67\times10^{-11} \times 60\times 7.36\times10^{22} \times 6.37\times10^{6} }{( 3.80\times10^{8} )^3} \\
&\fallingdotseq& 6.84\times10^{-5} \,\, \RM{N}
\end{eqnarray}
となります。
スカイツリーの質量は、3.60$\times$107 kgなので潮汐力を計算すると、
\begin{eqnarray}
\ff{ 2GmM_Lr }{R^3} &=& \ff{2\times 6.67\times10^{-11} \times3.60\times10^7 \times7.36\times10^{22} \times 6.37\times10^{6} }{( 3.80\times10^{8} )^3} \\
&\fallingdotseq& 41.0 \,\,\RM{N}
\end{eqnarray}
となります。
地球上の人や建造物に働く潮汐力は無視できるほど小さいものであることが分かります。
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参考文献
「潮汐力の正しい理解のために」