今回は、ロケット方程式を題材に微分方程式の導出と解法を見ていきます。
微分方程式は大学物理の難所の一つですので、丁寧に解説していきます。
ロケット方程式は単純でありながら、工学的な応用も含めて興味深い内容を含んでいるため微分方程式の導入として紹介します。
※ ベクトルや時間微分の表記方法についての詳しい解説はこちらでしています。
微分方程式とは?
ロケット方程式の導出に取り掛かる前に、『微分方程式とは?』と、疑問に思っている読者も多いと思います。
まずは、微分方程式について説明しましょう。
微分方程式の定義はこのようなものです。
運動方程式は正に微分方程式であり、微分方程式の形で運動方程式を表すと次のように表現されます。
$$ \B{F} = mg\,\B{x}(t) = m\ff{\diff^2 \B{x}(t)}{\diff t^2} $$
今の例では、重力に引かれて落下する質量$m$の運動方程式を表します。関数に相当するのは$\B{x}(t)$で、時刻$t$での物体の位置を表す関数になります。
以下、微分方程式の基本的な用語の解説をします。
一変数関数で記述される微分方程式を常微分方程式、多変数関数で記述される微分方程式を偏微分方程式と呼びます。
また、微分方程式の形式により線形微分方程式と非線形微分方程式に大きく分類されます。
微分方程式に関する用語の詳しい説明は別の機会に行います。
ロケット方程式とは?
ロケット方程式について説明ましょう。
ロケット方程式とは、ある時刻でのロケットの速度を計算する際に利用される方程式です。
ロケット方程式を使うことで、ロケットを所定の軌道に投入するために積み込まなければならない燃料の重さやエンジンの性能を計算することができます。
先にロケット方程式を見てみましょう。
ロケット方程式は次のように記述されます。
なお、$\ln x$ は $e$ をネイピア数として、$\log_e x$ を表します。
ロケットの原理
実際に運動方程式を立ててロケット方程式を導出する前に、ロケットが推進する原理について確認します。
ロケットが推進する原理は次の通りです。
ロケットは上の写真のように、ロケットの後方からガスを噴射してその反力として推力を得ています。
しかしながら、気体であるガスから反力を得ていると言われてもあまり実感が持てません。
また、このような状態で正確に反力を計算するのは難しいという現実的な問題もあります。
運動量保存則の利用
先ほどのロケット方程式で見たように、今知りたいのはロケットがガスから受ける反力ではなく、その反力によって得る速度です。
知りたいのは速度の方です。このことを意識すれば物理学上の関門は突破したも同然です。
力が出てこず速度が関係する便利な関係式がありましたね。
そう、運動量保存則です。
早速、ロケットの運動に運動量保存則を適用してみましょう。
飛行中のロケットの模式図を描くと下のようになります。
ただし、重力も空気抵抗も働いていないとします。
ロケットは後方に相対速度$u$で後方にガスを噴射しており、時刻$t$でのロケット本体の質量を$m(t)$、速度は$w(t)$で推進しているとします。
とは言え、まだ良くわからないので図を簡略化しましょう。
また、前後の変化も並べて頭の中を整理しましょう。(慣性座標系から観測しているとします)
上の図は、時刻 $t$ で速度 $w(t)$ で運動していた物体が、$\Delta t$ 秒間の間に質量 $\Delta m$ と $m(t+\Delta t)$ に分裂し、それぞれ速度 $v$ と $w(t+\Delta t)$ で運動している様子を表すとします。
この状況で運動量保存則を適用しましょう。
すると、次のようになります。
$$ m(t)\B{w}(t) = \Delta m \B{v} + m(t+\Delta t)\B{w}(t+\Delta t) \tag{1}$$
運動量保存則は正確にはベクトルで表されるので、このことを意識して式を立てています。
そこで、式(1)をそれぞれの方向に分解して考えます。
図のように、$x$軸を右向きに取ります。そして、ロケットは$x\,$軸に平行に運動しているとします。
図を参考に、$x$ 軸、$y$ 軸それぞれの運動量保存則の成分を書き出すと次のようになります。
$$
\left\{
\begin{split}
x&:\,\, m(t)\cdot w(t) = \D m v + m(t+\D t)w(t+\D t) \EE\\
y&:\,\, m(t)\cdot 0 = \D m \cdot 0 + m(t+\D t) \cdot 0 = 0
\end{split}
\right.\tag{2}
$$
$y$ 軸方向では、速度変化がありません。
そのため、$y$ 軸方向の運動量は$0$となり考えなくても良いことが分かります。
結局$x$軸方向のみ考えれば良いことが分かります。
微分方程式の導出
式(2)を変形する前に、変数の関係を整理しましょう。
まず、質量保存の法則より、
\begin{eqnarray}
m(t) &=& \D m + m(t+\D t) \EE
\therefore\,\, \D m &=& m(t)-m(t+\D t)
\end{eqnarray}
という関係式が導けます。
また、ガスのロケット本体に対する相対速度を $u$ とすると、次のような式を導けます。
\begin{eqnarray}
v = w(t+\D t)-u
\end{eqnarray}
これらを式(2)に代入すると、次のように整理できます。
\begin{eqnarray}
m(t)w(t) &=& \D m v + m(t+\D t)w(t+\D t) \EE
&=& \{ m(t) \,-\, m(t+\D t) \}\{ w(t+\D t) \,-\, u \} + m(t+\D t)w(t+\D t) \EE
&=& m(t)w(t+\D t) -\{ m(t) \,-\, m(t+\D t) \}u \\
\end{eqnarray}
以上より、
\begin{eqnarray}
m(t) \Big\{ w(t+\D t) \,-\, w(t) \Big\} &=& -\Big\{ m(t+\D t) \,-\, m(t) \Big\}u \tag{3}
\end{eqnarray}
となります。
微分の形に持ち込むため、式(3)の両辺を$\D t$で割ります。
\begin{eqnarray}
m(t) \ff{ w(t+\D t) \,-\, w(t) }{\D t} &=& -u\ff{ m(t+\D t) \,-\, m(t) }{\D t}\\
\end{eqnarray}
$\D t$の極限を取ると、
\begin{eqnarray}
m(t)\lim_{\D t \to 0} \ff{ w(t+\D t) \,-\, w(t) }{\D t} &=& – u\lim_{\D t \to 0} \ff{ m(t+\D t) \,-\, m(t) }{\D t} \EE
m(t) \, \ff{\diff w(t)}{\diff t} &=& -u\, \ff{\diff m(t)}{\diff t} \tag{4}
\end{eqnarray}
となって、ロケット方程式の微分方程式が導出できました。
今回は丁寧に微分方程式を導出しましたが、慣れてくるといきなり微分方程式の形に記述できるようになります。
微分方程式の解法について
式(4)について解いていきますが、残念ながら数学的センスが無いと初見で微分方程式を解くのは結構難しいです。
微分方程式を解く際の定石があるため、心配は無用です。
また、問題を解く内に自然と定石が身に着くので、微分方程式は簡単に解くことができるようになります。
さて、式(4)に戻りましょう。今回計算したいのは時刻 $t$ でのロケットの速度 $w(t)$ です。
式(4)を見ると、$\diff w(t)$があるので、$\diff t$に関して積分を行うと $w(t)$ が計算できそうな気がします。
実際に実行してみましょう。
定積分の区間を時刻$0$から$t$までとし、両辺で積分を実行します。
\begin{eqnarray}
m \int_{0}^t\ff{\diff w}{\diff t} \diff t &=& -u\int_{0}^t\ff{\diff m}{\diff t} \diff t \EE
\int_{0}^t\diff w &=& -u\int_{0}^t\ff{\diff m}{m} \EE
w(t)-w(0) &=& -u \big(\,\ln m(t)-\ln m(0)\, \big) \EE
&=& u \ln \ff{m(0)}{m(t)} \tag{5} \EE
\therefore\,\,w(t) &=& w(0) + u \ln \ff{m(0)}{m(t)}
\end{eqnarray}
※ 式の見た目が悪くなるため、$w(t) \DEF w, m(t) \DEF m$とします。
これより、時刻$t$でのロケットの速度が計算できました。
最終的なロケットの速度が計算できればよいので、式(5)の方が実用的には便利です。
したがって、$\D V = w(t)-w(0) $ ロケットの初期重量を $m(0) \DEF m_0$ とすると、式(5)は次のように記述できます。
ロケット方程式が導出できました。
※ 式(5)の導出に際して、典型的な微分方程式の解法手順が使われているので、覚えておくと良いでしょう。
宇宙に行くには?
地上に落下せず、人工衛星が地球上を周回する軌道(周回軌道)に投入するためには、ある程度の速度が必要です。
周回軌道に留めるために最低限必要な速度のことを第一宇宙速度と呼びます。
第一宇宙速度$v_1$は、地球の質量を$M$、半径を$R$、万有引力定数を$G$とすると次のように記述されます。
$$ v_1 = \sqrt{\ff{GM}{R}} $$
この式に諸数値を代入すると、第一宇宙速度は$7.9\,\RM{km/s}$と計算できます。
この速度は約マッハ2、音速の2倍の速さに相当します。なかなかの速度になります。
※ 第一宇宙速度の具体的な導出過程についてはこちらで解説しています。
ロケットを設計するには?
物理学者であれば、ロケット方程式を導出できれば満足でしょう。
しかし、あなたがロケットを設計する技術者の立場なら、どうやって7.9 km/sもの速度を獲得するのか具体的な方策を考えなければなりません。
どのようにロケットを設計すればよいでしょうか?
話を具体的にするため、ロケットの初期質量(人工衛星+燃料)を $m_{initial}$, 人工衛星の質量を $m_{final}$ とします。
今知りたいのは、全ての燃料を使い果たした後のロケットの速度 $v_{final}$ です。
この速度はロケット方程式から次のように与えられます。
\begin{eqnarray}
v_{final} &=& u\ln \ff{m_{initial}}{m_{final}} \\
&=& u\ln \ff {1}{\mu}
\end{eqnarray}
※ 初期速度は$0$のため、$\D V$は$v_{final}$に一致します。
$\mu$(ミュー)は質量比と呼ばれる値で、ロケットの初期質量と打ち上げたい荷物(ペイロード)の質量の比を表します。
一般的なロケットでは$\mu = 0.2$となっています。(全体の8割程度が燃料!)
さて、残るはエンジンから噴き出すガスの速度(噴射速度)が分かれば $v_{final}$ が計算できます。
実用上、噴射速度として有効排気速度 $c$ と呼ばれるものを使用します。
例としてH-2Aロケットの諸元を使います。
別の機会に詳しい説明をしますが、有効排気速度$c$は重力加速度$g$と比推力$I_{sp}$を使って次のように表せます。
$$ c = gI_{sp} $$
H-2Aロケットの場合(第一段の)比推力(有効燃焼時間)は390秒なので有効排気速度は、
\begin{eqnarray}
c &=& 9.8 \times 390 \EE
&\fallingdotseq& 3.8 \times 10^3 \,\mathrm{m/s} \EE
&=& 3.8 \,\mathrm{km/s}
\end{eqnarray}
と計算されます。
求められた質量比と有効排気速度をロケット方程式に代入すると、
\begin{eqnarray}
v_{final} &=& 3.8 \ln \left(\ff{1}{0.2}\right) \EE
&\fallingdotseq& 6.1 \,\mathrm{km/s}
\end{eqnarray}
となります。
第一宇宙速度よりも小さいので、このロケットでは人工衛星を地球の周回軌道に投入できそうにありません。
ここに来て、H-2Aロケットは宇宙に行けないのでは?という疑念が湧いてきました。
ひょっとしてJAXAに騙されている?
なんて、陰謀論めいた考えに陥りそうになりますが、人工衛星は現実にきちんと周回軌道に投入されています。
どんなからくりがあるのでしょうか? →力学のまとめ記事はこちら