慣性の法則は運動の三法則の中でも第一法則に位置付けられる重要な法則です。
慣性の法則は力が働かないときの物体の振る舞いを記述した法則であり、物質の最も基本的な性質を規定する法則でもあります。
普段、慣性の法則の有難さはあまり認識できませんが、慣性の法則から地球の自転という壮大な現象の証明できるのです。
今回は、慣性の法則の復習から始め、回転座標系で現れるコリオリ力について導出します。また、地球が自転していることを証明するフーコーの振り子による実験についても解説します。
慣性の法則
慣性の法則について改めて復習しましょう。慣性の法則はニュートンの運動の三法則の中でも第一法則に位置付けられる重要な法則で、具体的には次のように記述されました。
慣性とは、外力が働かない限り、その運動状態つまり、静止か等速直線運動の状態を維持する性質のことです。
慣性の法則を理解するための重要なポイントは、慣性が物質の持つ本質的な性質であるという点です。むしろ、慣性という性質を物質が持つために慣性の法則が成立すると理解した方が良いでしょう。
慣性の法則の話に戻ります。慣性の法則は、物体に外力が働かないとき、物体は静止または直線運動の状態を保つということを主張します。
この主張は日常の体験と反するように感じますが、物体の運動方向と逆向きに摩擦が働くため、物体は徐々に減速し停止するのです。(→摩擦とは?滑り摩擦と転がり摩擦)
カーリングの様子を見れば分かるように、摩擦が非常に小さい状態では物体は減速することなく真っすぐに運動することが確認できます。
このことより、全く摩擦が無い宇宙空間のような環境で実験を行えば、物体は等速直線運動することが分かるでしょう。
このように、外力が働かないとき物体の運動状態は変化せず、静止している物体は静止状態を続け、運動している物体は等速直線運動を保つのです。
今後の運動の解析に繋がる重要なポイントは、運動する物体はその他の物体の運動状態とは無関係に常に同じ運動状態を保ち続ける点です。
慣性力
慣性の不思議な性質を理解するには、非一様な運動をする座標系、すなわち非慣性系から物体の運動を眺めることが近道です。
例として、回転する円板の上に立つ観測者にとって等速直線運動する物体がどう見えるのかを考察してみましょう。状況を図示すると次のようになります。
回転する円板の上に立つ観測者と、円板の外にいる観測者がいるとします。
このとき、円板上の観測者は回転運動(=非一様な運動)をしているため非慣性系にいると言えます。一方、外に立つ観測者は静止しているため慣性系にいると言えます。
さて、円板の上を真っ直ぐ右向きに速度$v$で等速直線運動するボールを、慣性系と非慣性系から見るとどのように見えるでしょうか?
ただし、円板とボールの間に摩擦は無いものとします。ポイントは、慣性の法則に従い、ボールは円板の回転運動とは無関係に真っ直ぐ右向きの運動を続けることです。
最初に慣性系から見る場合を考えます。
慣性系では観測者が静止しているため、ボールは真っ直ぐ右に進み一直線で遠ざかる様に観測されます。この結果は慣性の法則と矛盾せず、もっともな結果です。
問題は非慣性系(円板上)からボールの運動を見る場合です。このとき、ボールの運動はどのように観測されるでしょうか?
答えを先に言うと、非慣性系である円板の上に立つ観測者には、ボールは進路を曲げて曲線的に運動するように観測されます。
実際には自分が動いているため、ボールが曲がって運動するように錯覚しているのですが、比較対象が無いために自分が移動していると認識できず、ボールが動いているような錯覚をするのです。
さて、円板上の観測者の立場になってみると、ボールに何らかの力が働いていると考えるでしょう。
この考えを力学的に説明すると、物体の速度が変化しているため、加速度が生じることが言え、これよりニュートンの第二法則より物体に力が働いていると結論されるわけです。
しかしながら、現実には物体の進路を曲げるような力は発生していないため、このような力は見かけの力と呼ばれます。
このような見かけの力は慣性力とも呼ばれ、回転運動する系から観測すると現れるコリオリ力や遠心力等があります。遠心力やコリオリ力に関するより詳細な解説は『遠心力とコリオリ力 ~慣性系と非慣性系の不思議~』で解説しています。
コリオリ力
慣性力が現れる理由についての大枠は理解できたので、その大きさを具体的に計算してみましょう。ここでも、回転円板上での運動を解析します。
円板の角速度を$\omega$とし、ボールの速度を$\B{v}$、質量を$m$とします。図のように、円板上に立っている人は時間と共に移動していきます。
一方、慣性系に立つ人は時刻に関わらず、常に同じ場所に立っています。
さて、$xy$座標系を慣性座標系とし、$x’y’$座標系を非慣性系とします。
$T=0$では非慣性系は慣性系と一致しているとします。計算の都合上、ボールには常に原点を向いた大きさ$F$の力が働いているとします。慣性系と非慣性系での運動方程式を見比べることで、慣性力を導きます。
初めに、慣性座標系での$x$と$y$ 方向での運動方程式を立てます。
$$
\begin{eqnarray}
m\ddot{x} &=& F_x \EE
m\ddot{y} &=& F_y \\
\end{eqnarray}
\tag{1}
$$
次に、$(x, y)$と $(x’, y’)$ の対応関係は下のようになります。
\begin{eqnarray}
x &=& x’ \cos \omega t \,\, – \,\, y’ \sin \omega t \EE
y &=& x’ \sin \omega t \, + \, y’ \cos \omega t \\
\end{eqnarray}
これを二階微分して、整理すると次のようになります。
\begin{eqnarray}
\ddot{x} &=& (\ddot{x’} -2\omega\dot{y’} \, – \, \omega^2x’ )\cos \omega t \,\, – \,\, (\ddot{y’}+2\omega\dot{x’} \, – \, \omega^2y’ ) \sin \omega t \EE
\ddot{y} &=& (\ddot{x’} -2\omega\dot{y’} \, – \, \omega^2x’ )\sin \omega t + (\ddot{y’}+2\omega\dot{x’} \, – \, \omega^2y’ ) \cos \omega t \\
\end{eqnarray}
ただし、$\DL{\dot{x}=\ff{\diff x}{\diff t}, \ddot{x}=\ff{\diff^2 x}{\diff t^2} }$ と表記します。(→微分の表記法【ニュートン記法】とは?)上式の両辺に$m$を掛けて運動方程式の形に整理すると、
$$
\begin{eqnarray}
m\ddot{x} = F_x &=& m(\ddot{x’} -2\omega\dot{y’} \, – \, \omega^2x’ )\cos \omega t \,\, – \,\, m(\ddot{y’}+2\omega\dot{x’} \, – \, \omega^2y’ ) \sin \omega t \EE
m\ddot{y} = F_y &=& m(\ddot{x’} -2\omega\dot{y’} \, – \, \omega^2x’ )\sin \omega t + m(\ddot{y’}+2\omega\dot{x’} \, – \, \omega^2y’ ) \cos \omega t \\
\end{eqnarray}
\tag{2}
$$
となります。慣性系と非慣性系の間での運動方程式の対応を見出すことができました。
次に、 $(F_x, F_y)$と $(F_{x’}, F_{y’})$ の対応関係を調べましょう。これらの対応関係は先ほどの図より、このようになります。
$$
\begin{eqnarray}
F_x &=& F_{x’} \cos \omega t \,\, – \,\, F_{y’} \sin \omega t \\
F_y &=& F_{x’} \sin \omega t \, + \, F_{y’} \cos \omega t \\
\end{eqnarray}
\tag{3}
$$
式(2)と(3)を比較することで、$F_{x’}, F_{y’}$の具体的な対応関係を次のように導出することができます。
$$
\begin{eqnarray}
F_{x’} &=& m\ddot{x’} -2m\omega\dot{y’} \, – \, mx’\omega^2 \EE
F_{y’} &=& m\ddot{y’}+2m\omega\dot{x’} \, – \, my’\omega^2
\end{eqnarray}
\tag{4}
$$
式(4)の第一項に関しては$x’y’$座標系(回転座標系)での各軸に対して平行な加速度を表します。ここで、第三項は遠心力を表します。問題は残る第二項ですが、これこそコリオリ力を表します。
さて、遠心力はベクトルとして表せ、このベクトルを$\B{F}_c$とすると$\B{F}_c = (- mx’\omega^2,\, – \, my’\omega^2)$とできます。
コリオリ力もベクトルとして表せ、このベクトルを$\B{F}^{(c)}$とすると$\B{F}^{(c)} = (-2m\omega\dot{y’},\, 2m\omega\dot{x’})$となります。
次に、速度ベクトルとコリオリ力の幾何学的関係を調べましょう。速度ベクトル$\B{v}$は一般に$(\dot{x},\, \dot{y})$と表せるため、$\B{F}^{(c)}$と$\B{v}$の内積をとると、
\begin{eqnarray}
\B{F}^{(c)}\cdot \B{v} &=& (-2m\omega\dot{y’}, 2m\omega\dot{x’})\cdot (\dot{x’}, \dot{y’})^T \EE
&=& 0
\end{eqnarray}
となります。これより、二つのベクトルが直交していることが分かります。
以上より、速度ベクトルとコリオリ力の幾何学的関係を図示すると下図のようになることが分かります。
コリオリ力は角速度が大きさに比例して大きくなることが表式から分かります。
また、コリオリ力は角速度ベクトル$\B{\omega}$と速度ベクトル$\B{v}$の外積として表せ、
\begin{eqnarray}
\B{F}^{(c)}= -2m\B{\omega}\times\B{v}
\end{eqnarray}
とできます。(→外積・外積の計算とは?)
フーコーの振り子と地球の自転の証明
それでは、回転する円板の上で振り子を振動させる実験を行ってみましょう。
このとき、円板上の観測者から振り子の振動面はどのように観測されるでしょうか?(ただし、振り子の端点は自由に動き回れるとします)
この実験を行うと、時刻$t_0$から$t_2$の間に観測者が移動するにつれ、振り子の振動面も徐々に回転していくように観測されるのです。
振り子の振動面が変化しているように見える理由は、観測者が非慣性系にいるためです。
回転する円板上に観測者がいるとき、観測者には振り子にコリオリ力が作用しているように感じます。そのため、振り子の振動面が移動しているように錯覚するのです。
このような結果になることは、先ほどのボールの実験と同じなので納得できるでしょう。さて、円板のスケールをずっと大きくし、地球規模でこの実験を行ったらどうなるかを検討してみましょう。
北極点でこの実験を行うと、今回のような回転円板の実験と全く同じ状況になります。したがって、北極点でこの実験を行えば、振り子の振動面が一日かけて一周するように観測されるのです。
この観測事実は地球が回転座標系であることに他ならず、地球が自転していることの動かぬ証拠となります。このように、慣性の法則を利用することで地球が自転していることを地球の外に出ることなく証明できるのです。
振り子を用いた地球の自転の証明はフーコーによって行われたため、この振り子をフーコーの振り子と呼びます。
フーコーの振り子の回転周期
東京やパリのような低緯度の地域でも、振り子の振動面が回転する様子を観測できます。
ただし、このような地域でフーコーの振り子の実験を行っても振動面は24時間で一周せず、次のように表される周期で振動します。
\begin{eqnarray}
T=\DL{\ff{24}{\sin\theta}}
\end{eqnarray}
ただし、観測者の立つ緯度を$\theta$(シータ)とします。このように、緯度が変化すると振動面の周期は一日以上となるのです。発展的な内容になりますが、フーコーの振り子の振動面の回転周期を、運動方程式を解くことで求めてみましょう。
緯度が$\theta$(シータ)の地点でフーコーの振り子の実験を行ったとします。
重力は地球の中心方向に向かうため、それと平行な方向に$z$軸をとります。また、$x$軸と$y$軸を図のように設定します。振り子が振動する様子を$xyz$座標で表すと上図のようになります。
振り子の質量を$m$、重力加速度を$g$とすると、振動方向には$mg\sin \phi$の力が働きます。($\phi$:ファイ)
今回は振動面の回転について解析したいため、振動の様子を$xy$平面上に射影します。$xy$平面上に射影された仮想の物体に働く力$\B{F}$の大きさは図より、$mg\sin \phi \cos \phi$となります。
このとき、$\sin\phi=\DL{\ff{r}{l}}$であり、$\phi$が微小であるとすると$\cos\phi\NEQ 1$とできるので、$mg\sin \phi \cos \phi\NEQ \DL{\ff{mgr}{l}}$と近似できます。$x$方向と$y$方向に分解すると、
\begin{eqnarray}
\B{F}_x &=& -\ff{mgx}{l} \EE
\B{F}_y &=& -\ff{mgy}{l}
\end{eqnarray}
とできます。ただし、$xy$平面の振り子の射影点の座標を$(x,y)$とします。次に、コリオリ力について調べましょう。
今、地球が角速度$\omega$(オメガ)で自転しているとします。すると、緯度$\theta$の位置での座標軸に対する角速度ベクトルは$\B{\omega}=(0, \omega\cos\theta, \omega\sin\theta)$となります。(→回転方向に関するベクトルの向きはどうやって表す?)
これより、コリオリ力は次のように計算できます。
\begin{eqnarray}
\B{F}^{(c)} &=& -2m\B{\omega}\times\B{v} \EE
&=& -2m
\begin{vmatrix}
\B{i} & \B{j} & \B{k} \\
0 & \omega\cos\theta & \omega\sin\theta \\
\dot{x} & \dot{y} & 0
\end{vmatrix} \EE
&=& 2m\omega\sin\theta\dot{y}\B{i}\,-2m\omega\sin\theta\dot{x}\B{j} +2m\omega\cos\theta\dot{x}\B{k}
\end{eqnarray}
ここで$\omega’ = \omega\sin\theta$とすると$x, y$方向に対する運動方程式は以下のようになります。
\begin{eqnarray}
\ddot{x} &=& \B{F}_x + \B{F}^{(c)}_x = -\ff{mg}{l}x+2m\omega’ \dot{y} \EE
\ddot{y} &=& \B{F}_y + \B{F}^{(c)}_y = -\ff{mg}{l}y-2m\omega’ \dot{x}
\end{eqnarray}
二式の第一項を消去して整理すると、
\begin{eqnarray}
\ff{\diff}{\diff t}\left( x\dot{y} \,- y\dot{x} \right) &=& -\omega’\ff{\diff}{\diff t}(x^2 + y^2)
\end{eqnarray}
となって、
\begin{eqnarray}
x\dot{y} \,- y\dot{x} &=& -\omega'(x^2 + y^2)\tag{6}
\end{eqnarray}
とできます。
ここで偏角を$\psi$(プサイ)とすると$x=r\cos\psi, y=r\sin\psi$と極座標表示できます。式(6)に代入して整理すると、振動面の回転の角速度$\dot{\psi}$は
\begin{eqnarray}
\dot{\psi} &=& -\omega’ = -\omega\sin \theta
\end{eqnarray}
と求められます。地球の自転の角速度は$\DL{\ff{2\pi}{24}}\, [\RM{1/h}]$であるので、振動面の回転周期は$\DL{\ff{24}{\sin\theta}}\,[\RM{h}]$となります。