これまで、黒体の輻射について考えてきましたが、これを宇宙に適用すると、オルバースのパラドックスと呼ばれる不合理が導かれます。
今回は、オルバースのパラドックスにまつわる物理学の難問について、その導出過程も含めて解説します。
オルバースのパラドックス
オルバースのパラドックスを考えるにあたり、不自然ではない以下の三つの仮定を設けます。
まずは、一つの恒星から受ける輻射エネルギーの大きさについて見積もります。
ここで、恒星を黒体であると考えると、星の表面をランバート面と見なすことができます。
さて、恒星表面が球面であるため、天頂角に関わらず観測者からの見かけの面積が変わりません。したがって、その輻射強度の定義式より次のように表せます。
\begin{split}
I=\ff{e}{\diff A \diff \Omega}
\end{split}
星の半径を $R,$ 地球までの距離を $L$ とすると、$\diff A=\DL{\pi R^2},\,\diff \Omega = \ff{\pi r_{\bigoplus}^2}{L^2}$ となります。ただし、$r_{\bigoplus}$ を地球の半径とします。
さらに、星の表面温度を $T$、$\sigma$ をステファン=ボルツマン定数とすると、こちらより $I=\DL{\ff{\sigma T^4}{\pi}}$ とできるため、$e$ を
\begin{split}
e=\pi^2 \sigma T^4 R^2r_{\bigoplus}^2\cdot\ff{1}{L^2}
\end{split}
と求められます。
これより、一つの恒星からの輻射エネルギーの大きさは、地球までの距離の二乗に反比例することが分かります。
なお、星の表面温度や半径は、星に固有のものですが議論を簡単にするため、宇宙全体で一様と仮定します。したがって、$k=\DL{\pi^2 \sigma T^4 R^2r_{\bigoplus}^2}$ と置いて、
\begin{split}
e=\ff{k}{L^2}
\end{split}
とします。
さて、恒星の数密度を $\rho$ とすると、地球から $L,L+\diff L$ の球殻に含まれる星の数は、$4\pi \rho L^2\diff L$ と近似できます。
これより、距離 $L$ の地点の星々から受ける合計の輻射エネルギーの大きさを求められ、
\begin{split}
e(L)=4\pi \rho k\,\diff L
\end{split}
となります。これより、恒星の集団から地球が受け取る輻射エネルギーの大きさは、距離に関わらず一定であることが分かります。
この結果を積分することで、半径 $L$ の球内の星々から受け取る輻射エネルギーの大きさを、以下のように求めることができます。
\begin{split}
E(L)&=4\pi \rho k\int_0^L\diff L \EE
&=4\pi \rho k L
\end{split}
$k=4.0\times 10^{26}\,\RM{W\,km^2},$ $\rho=1.5\times10^{-48}$ 個$\RM{/km^3}$ として、$L$ を仮に $15\,\RM{kpc}=4.6\times10^{17}\,\RM{km}$ とすると、$E$ は
\begin{split}
E(15\,\RM{kpc})\NEQ3.5\times10^{-3}\,\RM{W}
\end{split}
となります。
昼間、太陽から受ける輻射エネルギー(=太陽定数)が $1366\,\RM{W}$ であることを考慮すると、この範囲から受ける輻射エネルギーは無視できるほど小さいことが分かります。
ところが、宇宙の範囲を $100$ 億光年として上の計算を実行すると、この範囲より来る輻射エネルギーの大きさは昼間の $5000$ 倍以上の強さとなります。
オルバースのパラドックスを考える前提とした3つの仮定に従うと、夜空は無限に明るくなければなりません。しかし、現実の夜空の明るさは昼間よりはるかに暗くなっています。不自然でない仮定に基づき推論を重ねた結果、現実と矛盾した結論が導かれてしまいました。
どのようにすればオルバースのパラドックスを回避できるのでしょうか?
夜空はなぜ暗いのか
前述の議論は輻射エネルギーの大きさについてであり、必ずしも可視光の大きさについて表したものではありませんが、それでも、昼間の $5000$ 倍以上の輻射エネルギーを受ければ地上は灼熱地獄となっているはずです。
実際には新月での夜空の明るさは昼間の明るさの数百万分の一であり、これがオルバースのパラドックスと呼ばれる所以です。
夜空はなぜ暗いのでしょうか?一見当たり前に思える、この謎に対するいくつかの説について紹介します。
現代宇宙論によるパラドックスの回避
始めに、現代宇宙論の立場からオルバースのパラドックスを回避する方法について説明します。
現代では宇宙は膨張していると考えられており、空間の膨張と共に移動する星からの波長はドップラー効果により、波長が伸びていきます。
量子論によれば、波長の伸びに応じて光(電磁波)の持つエネルギーが減少するため、地球に到達する輻射エネルギーは二乗の逆数よりも速く、減少することになります。
したがって、ある距離以上より離れると実質的に輻射エネルギーは $0$ と見なして良くなります。
さらに、膨張宇宙論の立場を採用することで、実質的な宇宙の大きさが有限となる効果もあります。
このように、膨張宇宙を考えることでパラドックスの前提となる①の仮定が否定されるため、オルバースのパラドックスを回避できるのです。
定在宇宙論によるパラドックスの回避
宇宙が無限に広く、かつ無限の過去から存在していると考える立場を定在宇宙論と呼びます。ここでは、定在宇宙論の立場でのパラドックスの回避法についても解説します。
定在宇宙論では、恒星の寿命が有限である点がパラドックス回避のポイントになります。
さて、重力によって宇宙が収縮に転じないギリギリの密度として、$1.9\times10^{-28}\,\RM{kg/m^3}$ を採用します。また、この宇宙全ての物質が水素で構成されているとします。
これらの水素が核融合反応を起こすと、解放されるエネルギーの上限は水素から鉄に変換されるまでのエネルギーに対応します。
これを輻射エネルギーの密度に換算すると、$1.5\times10^{-11}\,\RM{J/m^3}$ となり、太陽による輻射エネルギーの密度 $0.98\,\RM{J/m^3}$ と比較してかなり小さな値となります。
これより、平均密度が非常に小さいと、定在宇宙論モデルでもオルバースのパラドックスが回避できることが分かります。
③の仮定を否定することで、定在宇宙論でもパラドックスの回避ができるのです。
ただし、定在宇宙論モデルでのパラドックス回避法の問題点として、新たに物質が生じる機構が存在しないことが挙げられます。
物質が新たに生じないため、今ある分の水素を使い果たしてしまうと星自体が存在しなくなるため、宇宙は基本的に真っ暗なはずという別の問題が生じます。したがって、物質が新たに生じる機構が無い限り、定在宇宙論モデルでのパラドックス回避は残念ながら成立しません。