$2022$ 年時点での日本の電源構成は、水力発電等の再生可能エネルギーは $20\,\%$ 程度であり、それ以外の $80\,\%$ 程度が火力発電や原子力発電で占められています。
これらの発電所は水を高温高圧の水蒸気とする方式が違なるだけで、水蒸気をタービンに導入してシャフトを回転させ、この回転エネルギーを電気に変換する方法は共通となっています。
このように、日本の発電システムは水蒸気を作動流体とした蒸気サイクルにより支えられています。今回はその中でも最も基本的な蒸気サイクルである、(単純)ランキンサイクルとその熱効率の導出過程について解説します。
ランキンサイクルとは?
ランキンサイクルは蒸気サイクル(=水蒸気を作動流体としたサイクルのこと)の一種であり、世界中の発電所で用いられている基本的な熱力学的サイクルです。
以下にランキンサイクルの模式図を示します。
ランキンサイクルは、復水器・給水ポンプ・ボイラ・タービンなどの装置から主に構成されます。最終的に高温高圧の水蒸気をタービンに導入することで、シャフトを回転させ、この回転エネルギーを発電機にて電気に変換します。
ランキンサイクルは主として、以下の $4$ つのセクションから構成されます。
① 復水器にて水蒸気を冷却して水に戻す。
② 給水ポンプにて水を高圧($\sim 20\,\RM{MPa}$)とする。
③ ボイラにて高圧の水を加熱し($\sim365\,{}^{\circ}\RM{C}$)、高温高圧の水蒸気とする。
④ 高温高圧の水蒸気をタービンに導入し、シャフトを回転させ電気エネルギーに変換する。
ランキンサイクルの $p-V$ 線図
ランキンサイクルの熱力学的な考察を進める際には、抽象化してエッセンスだけを抜き出すことが重要になります。
その手法として、$p-V$ 線図と $T-S$ 線図を描いてみることにします。
まず、$p-V$ 線図は次のようになります。
$1$ の過程では $0.1\,\RM{MPa}$ 程度で復水器に入ってきた水蒸気が冷やされて水となります。
$2$ の過程では断熱圧縮が行われます。このとき、水が給水ポンプにより $20\,\RM{MPa}$ 程度に昇圧されます。
$3$ の過程では水が定圧加熱されます。水は高圧であるため、沸点は $100\,{}^{\circ}\RM{C}$ 以上であり、今回の例では $365\,{}^{\circ}\RM{C}$ 程度となり、タービンに導入されます。(→圧力と蒸気圧の関係)
最後の $4$ の過程では断熱膨張が行われます。この過程で水蒸気はタービンに仕事をして一気に圧力が下がります。
ランキンサイクルの $T-S$ 線図
そして、ランキンサイクルの$T-S$線図は以下のようになります。
$1,2,4$ の過程については定温または断熱過程なので、$T-S$ 線図上の軌跡は比較的簡単に理解できます。
一方、$3$ の過程の軌跡については、初見では分かりにくいでしょう。この軌跡について、次節にて詳しく解説します。
湿り蒸気・加熱蒸気・乾き度とは?
$T-S$線図上の$3$の過程での軌跡を理解するため、加熱した際の水の温度とエントロピーの関係について解説します。
湿り蒸気・加熱蒸気とは?
水の性質から理解できるように、温度 $T_1$ であった冷たい水は、加熱されるにつれて温度が上昇していきます。加熱される様子は、エントロピーが増大することと対応するため、以下のような右肩上がりのグラフとなります。また、このときの水は圧縮液と呼ばれ、沸騰が始まる直前での水を飽和液と呼びます。
沸点の $T_b$ に到達すると水の沸騰が始まり水蒸気に変化していきます。沸騰が始まると温度は一定となるので、この軌跡は水平となります。なお、この状態では水と水蒸気が共存していることから、湿り蒸気と呼ばれます。
※ この変化は相転移とも呼ばれ、水蒸気への完全な変化のために熱が使われるため、温度が変化しないのです。ただし、投入された熱は水蒸気への相転移に使われるため、系自体のエントロピーは増加していきます。
蒸発が完全に完了し全てが水蒸気となると、水蒸気の温度は加熱と共に上昇していきます。このときの水蒸気を加熱蒸気と呼びます。また、蒸発が完全に終了した瞬間での水蒸気のことを乾き飽和蒸気と呼びます。
ファンデルワールスの状態方程式にて見たように、臨界点より上の領域においては水平な軌跡は現れません。したがって、飽和液と乾き飽和蒸気の軌跡は、臨界点を頂点とた上に凸なグラフを描くことになります。
そして、飽和液の変化を結んだ曲線を飽和液線、乾き飽和蒸気線の変化を結んだ曲線のことを乾き飽和乗気線と呼びます。
乾き度とは?
タービンに導入される水蒸気が湿り蒸気である場合、蒸気に含まれる水滴がタービン翼を傷つけることがあるので、湿り蒸気の”質”の管理は重要な課題となります。
このような湿り蒸気の質を表す指標のことを、乾き度と呼びます。乾き度は次のように定義されます。
湿り蒸気 $1\,\RM{kg}$ に対して、乾き飽和蒸気が $x\,\RM{kg}$、飽和液が $1-x\,\RM{kg}$ 含まれるとき、
その湿り蒸気の乾き度は $x$ であると言う。
したがって、飽和液は乾き度 $0$、乾き飽和蒸気の乾き度は $1$ と言えます。
なお、発電所のランキンサイクルでは、乾き度が $0.95$ より上であるように基本的には管理されています。
ランキンサイクルの熱効率
では実際に、ランキンサイクルの熱効率を求めてみましょう。ここでは、ランキンサイクルの $T-S$ 線図より熱効率を求めていきます。
まず、$1$ の定圧冷却(復水器での過程)でのエントロピーの変化 $\D S_1=S_4-S_1$ と系の外へ捨てられた熱量 $Q_{out}$ の関係は次のように表せます。
\begin{split}
\D S&=S_4-S_1\EE
&=T_L\,Q_{out}
\end{split}
定圧過程においては、エントロピーの変化とエンタルピーの変化は一致するため、タービン出口でのエンタルピーと復水器出口でのエンタルピーをそれぞれ $H_4,H_1$ として、
\begin{split}
\D S&=H_4-H_1=T_L\,Q_{out} \EE
\therefore\, &Q_{out}=\ff{H_4-H_1}{T_L}
\end{split}
という関係式が成立します。
$2$の定圧過程における、給水ポンプからされる仕事 $W_p$ を求めましょう。$T-S$ 線図から分かるように、ここでのエントロピーの変化は無いため、系に流入する熱量は $0$ と言えます。したがって、熱力学第一法則を用いて
\begin{split}
\D U&=W_{p}
\end{split}
と言え、さらに $\D U=\D H-V\D p=\D H-W$ の関係にあることから
\begin{split}
\D U&=W_{p}=H_2-H_1
\end{split}
と言えます。ただし、$H_2$ をポンプ出口でのエンタルピーとします。
$3$の定圧加熱にのボイラ加熱によって系の外部から与えられる熱 $Q_{in}$ を求めましょう。
これは定圧過程であるので、系に流入した熱量と系のエンタルピー変化は一致します。したがって、
\begin{split}
Q_{in}&=H_3-H_2
\end{split}
とできます。ただし、$H_3$ をタービン入り口でのエンタルピーとします。
最後に、$4$の過程にて蒸気がタービンにする仕事 $W_t$ について求めます。これは、給水ポンプでの議論と同様にして、
\begin{split}
W_t=H_3-H_4
\end{split}
と求められます。以上、ランキンサイクルを通して系が外部にする正味の仕事 $W$ は $W=W_t-W_p$ であり、
\begin{split}
W&=W_t-W_p \EE
&= (H_3-H_4)-(H_2-H_1)
\end{split}
これより、ランキンサイクルの熱効率 $\eta$ が以下のように求められます。
\begin{split}
\eta &= \ff{W}{Q_{in}} \EE
&= \ff{(H_3-H_4)-(H_2-H_1)}{H_3-H_2}
\end{split}
通常、ポンプ仕事 $W_p$ によるエンタルピー変化はボイラー加熱によるエンタルピー変化と比べて、無視できるほど小さいため、$h_2\NEQ h_1$ と近似できます。したがって、熱効率を
\begin{split}
\eta &\NEQ \ff{H_3-H_4}{H_3-H_1}
\end{split}
と求められます。なお、通常は比エンタルピー(単位質量当たりのエンタルピーの大きさ)を用いて $\DL{\eta \NEQ \ff{h_3-h_4}{h_3-h_1}}$ とします。
この結果から分かるようにランキンサイクルの熱効率を計算する際、水のエンタルピーが必要となります。これらの数値は文献値を参照することで得られます。