水は温度に応じて氷や水蒸気に姿を変えます。
このように、温度や圧力に応じて物質の状態が変化する現象のことを相転移と呼びます。
身近な相転移の例として、水が氷に変化する事例や水の沸騰が挙げられます。
今回は相転移と呼ばれる現象と、この現象に深い関係を持つ物質の状態変化とギブスの自由エネルギーの関わりについて解説します。
まずは、沸点と圧力の関係について考えることから始めましょう。
圧力と蒸気圧
富士山の山頂でカップ麺を作ると麺が硬いために、カップ麺が美味しくないことは有名な話です。
麺が硬いままで出来上がってしまうのは、富士山の山頂では水の沸点が $88\,{}^{\circ}\RM{C}$ 程度であることが関係しています。このように、地上に比べて水の沸点が低くなるため、麺が十分に茹で上がらず、麺が硬いままになってしまうのです。
このように、水の沸点と気圧には大きな関わりがあるのです。
蒸気圧とは?
なぜ、沸点は気圧により変化するのでしょうか?この理由について考えてみます。
まず、ミクロな視点で水面を観察すると、分子がランダムに水面を出入りしている様子が見えてきます。これら分子達の中には周囲からの分子間力を振り切り、空気中に飛び出していく分子が時たま現れます。
水面から飛び出た分子はその後どうなるでしょうか?
特に妨害されることが無ければ、慣性に従って空間をまっすぐ進む進んでいくことになります。ところが、もし進路を妨害する分子があるなら、飛び出した分子はその分子に衝突して水面に戻されます。
進路を妨害する分子の数が多くなるほど、飛び出した分子が水中に戻される可能性が高くなります。
さて、空間中に存在する分子の数と気圧には密接な関係があります。(→分子数と圧力の関係)したがって、気圧が高くなるほど飛び出た分子が水中に戻される可能性が高くなると言えます。
ここでポイントとなるのは、気圧に応じて空間に出ていく分子の数が変化することです。実際、圧力を段々と下げて変えて実験を行うと、それに応じて水の減り方が速くなっていきます。一方、圧力を上げていくと水の減り方が遅くなっていくことが観察できます。
圧力を色々と変えて実験を引き続き行うと、ある圧力にて出ていく分子の数と戻っていく分子の数がちょうど釣り合う圧力があることに気が付きます。このような圧力のことを蒸気圧と呼びます。
ところで、分子が飛び出すときの勢いは温度によって決まります。したがって、液体が高温になるほど、より高い圧力で蒸発を抑え込まなければならないと言えます。言い換えると、温度を上げるとそれに比例して、蒸気圧が高くなると言えます。
温度と蒸気圧の関係をプロットすると、次のような蒸気圧曲線と呼ばれるグラフが得られます。
物質の状態図と三重点
さて、温度を下げていくと、ある温度にて液体は凝固し始めます。このことから、上のグラフに液体と固体の曲線を書き加えることができて、以下のような図となります。また、液体と固体の変化も圧力に応じて変化することに注意して下さい。
さらに、上の図には気体と個体の境界線を書き込むと、
上のような図となります。このようなグラフを物質の状態図と呼びます。
※ 二酸化炭素の個体であるドライアイスが液体を経ず、気体となる例を思い起こすと、個体から気体へいきなり変化する現象を納得できるかもしれません。
物質の状態図をよく見ると、ある一点で3本の曲線が交わっているポイントがあることに気が付きます。このポイントのことを、三重点と呼びます。
三重点は物質に固有であるため、温度測定の基準点として用いることができます。
最も身近な物質である水(ただの水ではなく、同位体組成まで厳密に定められた水です)の場合、その三重点は、温度:$0.010\,{}^{\circ}\RM{C}(273.16\,\RM{K})$ 圧力:$611.657\pm0.010\,\RM{Pa}$ と国際的に定義されています。この三重点を温度定点として、温度計の校正が行われます。
相転移とは?
ここまで見たきたように物質は様々な状態を取るため、区別するために”相”として分類し、固相や液相、気相などと呼ばれます。
ここで注意しなければならないのは、ある物質の相が $3$ 種類以上存在することもあることです。
例えば、鉄の合金である鋼と呼ばれる金属では、同じ鋼であっても、製造過程の温度履歴の違いによりオーステナイトやフェライト、マルテンサイトと呼ばれる異なる結晶構造を取ります。
これらの結晶は性質が異なるため、相として区別し『オーステナイト相』などと呼ばれます。
鋼の例から分かるように、相は温度や圧力により変化することが知られていて、適切な処理をすることで、ある相を別の相に変化させることもできます。
このように、温度と圧力の変化により相が変化する現象のことを相転移または相変化、相変態と呼びます。
※ 最も身近な相転移の例として、$1$ 気圧($0.1\,\RM{MPa}$)、$0\,{}^{\circ}\RM{C}$ にて水が氷に変化する現象が挙げられます。
相平衡とギブスの自由エネルギーの関係
さて、異なる相が安定的に”共存”している場合を考えます。
ここでいう”共存”とは、異なった相が平衡状態で安定している状態を言います。共存している状態の例として、蒸気圧にて水蒸気と水が共存している気液平衡などが挙げられます。
なお、蒸気圧曲線のように共存状態を表す曲線のことを共存曲線と呼びます。
今、二つの相を $\RM{A,B}$ として、系全体の温度を $T,p$ とします。等温等圧の状態においては両相のギブスの自由エネルギーは一致することより、二つの相に対して
\begin{split}
G_A(N_A,p,T)=G_B(N_B,p,T)
\end{split}
とできます。ただし、$N_A,N_B$ を各相に含まれる分子数とします。
ここで、系が平衡状態にない場合を考えます。このとき系全体のギブスの自由エネルギーは
\begin{split}
G(N_A,N_B,p,T)=G_A(N_A,p,T)+G_B(N_B,p,T)
\end{split}
と表せます。この状態から、$\RM{B}$ から $\RM{A}$ へ $\delta N_A$ だけ分子が移動したとすると、前後でのギブスの自由エネルギーの変化 $\D G$ は、
\begin{split}
\D G=&G(N_A+\delta N_A,N_B-\delta N_A,p,T)-G(N_A,N_B,p,T) \EE
=&G(N_A+\delta N_A,N_B-\delta N_A,p,T)-G(N_A,N_B-\delta N_A,p,T) \EE
&+G(N_A,N_B-\delta N_A,p,T)-G(N_A,N_B,p,T)\EE
\NEQ& \left(\ff{\del G_A}{\del N_A}-\ff{\del G_B}{\del N_B}\right)\delta N_A
\end{split}
と計算されることになります。
ところで、等温等積過程において系が熱力学的平衡に向かう方向は、ギブスの自由エネルギーが最小となる方向であることを以前学びました。
したがって、共存状態の近傍において、ギブスの自由エネルギーのグラフは図のような、下に凸なグラフであると言えます。
上のグラフから分かるように、二つの相は $\DL{\ff{\del G_A}{\del N_A}-\ff{\del G_B}{\del N_B}}$ が負のときは $\delta N_A$ が正の方向に、$\DL{\ff{\del G_A}{\del N_A}-\ff{\del G_B}{\del N_B}}$ が正のときは $\delta N_A$ が負の方向に変化することが分かります。
言い換えると、$G_A>G_B$ ならば $\delta N_A<0$、$G_A<G_B$ ならば $\delta N_A>0$ の方向に変化するということです。
このように、二相のギブスの自由エネルギーが異なる場合は、分子はギブスの自由エネルギーが低い相に移動すると言えます。したがって、両者のギブスの自由エネルギーが一致したとき、共存状態となることが言えます。