材料力学は物体の変形量や応力を理論的に導くことを目的とした学問です。
では、何のために物体の変形量や応力を計算するのでしょうか?
純粋な学問的興味ももちろんありますが、それよりも応用、すなわち設計に必要となるため、変形量や応力の計算を行うのです。
さて、設計を行うとき最も注意しなければならないことは何でしょうか?
価格や性能、デザインなどももちろん大事ですが、最も大事なことは、その製品を使用することによって事故が起きないよう、安全に設計することです。
たとえば、踏み台に乗った途端に壊れてしまったり、エレベータに乗り込んだ途端にケーブルが千切れたら……考えるだけでもぞっとします。
このようなことが起きないよう、設計者は常に気を配らなければなりません。
つまり、世の中の設計者は説明書に書いてある使用条件に対して、その製品が安全に使用できるように、十分な余裕を持って設計するのです。この余裕の程度を専門用語で、安全率と呼びます。
今回は安全率と、それに関連して重要となる許容応力について解説していきます。
安全率とは?
機械を設計する際、機械に作用する力を知ることが必要になります。
しかしながら、機械に作用する正確な外力や、材料内の応力分布を正確に知ることは難しく、また、材料自体にも強度にばらつきがある可能性を考慮する必要もあります。(→外力とは?)
このように設計を行う際には、様々な不確実な要因を考慮しなければなりません。
しかしながら、毎回このような要因を追求することは非常に負担の大きな作業となります。
そのため、設計者はこのような不確実な要因を考慮し、安全率と呼ばれる係数を使用して材料に加えることができる応力、すなわち許容応力を設定するのです。
すなわち、基準強さを$\sigma_s$(シグマ)、安全率を$S_f$とすると許容応力$\sigma_a$は次のように表されます。
基準強さを$\sigma_s$、安全率を$S_f$として、許容応力$\sigma_a$は次のように表せる。
\begin{eqnarray}
\sigma_a = \ff{\sigma_s}{S_f} \\
\,
\end{eqnarray}
※ 基準強さは通常、降伏応力が用いられます。
例えば、SUS316と呼ばれるステンレス鋼の降伏応力は$200\, \RM{MPa}$ 程度です。(→降伏応力とは?)このとき、安全率を $3$ とすると、許容応力は次のように求められるのです。
\begin{eqnarray}
\sigma_a = \ff{200}{3} \NEQ 67\, \RM{MPa}\\
\end{eqnarray}
安全率の値は機械を使用する環境や設計者、企業の考え方により様々な値が採用されますが、必ず$1$以上の値となります。
例えば、航空機は軽量であることが求められるため、安全率がほぼ$1$として設計されます。その代わりに、部材や部品には非常に厳格な品質管理が求められるのです。
このように身の回りにある製品や機械類は全て、安全率を考慮した設計が行われているのです。
様々な応力と許容応力の関係
安全率に関しては種々の数値や決定法が提案されています。
安全率の決め方は設計者や企業により異なり、明快な理論があるわけではありません。
ここでは、アンウィン(Unwin)により提案された安全率を参考にして、いくつかのパターンでの安全率を紹介します。
材料 | 静荷重 | 片繰返し荷重 | 両振り繰返し 荷重 | 衝撃・変動荷重 |
鋼 | 3 | 5 | 8 | 12 |
鋳鉄 | 4 | 6 | 10 | 15 |
荷重の働き方には様々なパターンが存在します。
一番単純な荷重の掛かり方は、荷重の大きさが常に一定で変化しない静荷重です。
次に考えれらる荷重は、小さいながらも荷重の大きさが変動する動荷重です。
その中でも、片側から周期的に荷重が働く、片側繰り返し荷重、両方向から荷重が周期的に加わる両繰り返し荷重です。
その他には、瞬間的に大きな荷重が働く衝撃荷重、大きく荷重が変化する変動荷重のパターンなどがあります。
表から分かるように、静荷重での安全率が一番小さく、衝撃荷重や変動荷重が繰り返し働く場合の安全率は大きくなっています。
このように繰り返し荷重が働く場合に安全率を大きく取る理由は、疲労により金属材料の強度がかなり低下するためです。
一般に、繰り返し荷重を受ける環境下では、金属の破壊強度は降伏応力より小さくなります。
そのため、繰り返し荷重を受ける場合では、材料の許容応力を降伏応力よりもかなり小さく見積り、降伏応力の10分の1程度にするのです。
なお、繰り返し荷重を受ける場合の破壊に至る応力を疲労強度と呼びます。最後に、繰り返しの衝撃荷重を受ける場合に安全率を大きく取る理由について解説します。
詳しくは別の機会に解説しますが、静止状態での荷重よりも衝撃荷重は二倍以上の荷重を受けることになります。そのため、繰り返しの衝撃を受ける箇所では疲労による影響も加味して、かなり大きな安全率を設定するのです。
JIS規格と設計
安全率を大きく取ると部品のサイズは当然大きくなっていきます。
安全率を考慮することで部材の寸法が大きくなり、非効率・非経済的な製品になるのでは?と考える人もいるでしょう。
小さな製品を作る場面や、軽量な機械を作りたい場面では確かにそうかも知れません。しかし、大抵の場合、安全率を考慮しても劇的にサイズが変わることはありません。
そのため、機械がより安全に使用できるよう、設計者が安全率を考慮することはむしろ推奨されるものなのです。
話は変わりますが、安全率から許容応力を計算し、強度上問題の無い寸法をきっちり求めたとします。それはそれで結構なのですが、寸法が小数点を含む中途半端な値を取ることも往々にしてあります。
しかも、安全率の大きさは設計者の考えに依存するため、設計者によっても製品の寸法にかなりのばらつきが生じることになります。
このような問題を避けるため、使用して良い寸法をあらかじめ約束することにしています。日本では、JIS規格という規格で使って良い寸法を定めています。
興味のある方は、JIS規格のキーワードで検索するとより詳しく知ることができます。