今回は、熱応力について解説します。また、熱応力の計算方法についても例題を通して解説します。
ところで、鉄道のレールのつなぎ目にはわずかに隙間が設けられていることをご存じでしょうか?
隙間が開けられている理由は、夏場にレールが膨張する分を考慮しているためです。もし、隙間が無ければ、膨張した分を吸収するためにレールは変形してしまいます。そうなれば、列車は脱線し大事故につながるでしょう。
このように、レールが変形するということは、レールに力が働いているということです。
この力は温度変化により生じたため、熱応力と呼ばれます。今回は、熱応力が生じる理由と、熱応力の計算方法について解説します。
線膨張係数とは?
熱応力について考える前に線膨張係数について解説します。物体は熱せられれば伸び、冷やされれば縮みます。これはレールの例や日常の経験からも受け入れられることでしょう。
さて、どの程度伸びたり縮んだりするのかを定量的に計算するには、温度変化$\D T$と物体の変形量$\D l$の関係を知る必要があります。
温度変化と物体の変形量の割合を結びつける係数を$\alpha$(アルファ)として数式で表すと、次のようにできるでしょう。(部材の膨張前の長さを$l$とします)
\begin{eqnarray}
\ff{\D l}{l} = \alpha(T) \D T
\end{eqnarray}
この係数を線膨張係数と呼び、線膨張係数は材料ごとに異なる固有の値になります。
線膨張係数は、厳密には温度により変わりますが、ほとんど変化しないため定数と見なせます。そのため、実用上は室温での線膨張係数を代表値として採用します。
\begin{eqnarray}
\D l = \alpha l \D T \\
\,
\end{eqnarray}
例題:変形量の計算
実際の材料がどの程度変形するのか鉄とアルミを例に計算してみましょう。
鉄の場合、線膨張係数は$11.6\times 10^{-6}\,\, 1/{}^\circ\RM{C}$なので、温度が$30\, {}^\circ\RM{C}$上昇すると、長さ$1 \, \RM{m}$の棒は、以下のように計算できて$0.348 \, \RM{mm}$だけ伸びることが分かります。
\begin{eqnarray}
\D l &=& \alpha l \D T \\
&=& 11.6\times 10^{-6} \times 1 \times 30 \\
&=& 0.348 \times 10^{-3}\, \RM{m} \EE
\therefore \, \D l &=& 0.348\, \RM{m m}
\end{eqnarray}
一方、アルミニウムの場合、線膨張係数は$23.1\times 10^{-6}\,\, 1/{}^\circ\RM{C}$なので、温度が$100\, {}^\circ\RM{C}$上昇すると、長さ$1 \, \RM{m}$の棒は、同様に計算できて$2.31 \, \RM{mm}$だけ伸びることが分かります。
\begin{eqnarray}
\D l &=& \alpha l \D T \\
&=& 23.1\times 10^{-6} \times 1 \times 100 \\
&=& 2.318 \times 10^{-3}\, \RM{m} \EE
\therefore \, \D l &=& 2.31\, \RM{m m}
\end{eqnarray}
このように、$1 \, \RM{m}$の棒に対して温度が$100\, {}^\circ\RM{C}$上昇しても、数ミリ程度しか寸法が変化しないことが分かります。
意外と変形量は小さいようです。しかし、このささいな寸法の変化が想像以上の熱応力を生み出すのです。前置きが長くなりましたが、ここから本格的に熱応力の計算に取り掛かります。
剛体壁に拘束された棒の熱応力
はじめに、一本の棒が剛体壁に固定されている場合を考えます。また、棒の断面積を$A$、ヤング率を$E$、線膨張係数を$\alpha$とします。
また、剛体壁は変形しないため、剛体壁に固定された棒の長さは常に一定になります。
※ 材料力学では棒という用語に明確な定義があります。興味のある方はこちらを確認ください。
さて、この棒を加熱して、温度を$\D T$上昇させたとします。
もし剛体壁による拘束が無ければ、$\alpha l \D T$だけ棒は伸びる訳ですが、剛体壁が変形を妨げているため元の長さのままです。つまり棒は、剛体壁から力を受けていることが分かります。
この力が圧縮力であることはお気付きでしょうが、あえて引張り力として計算を進めていきいきます。
基本に立ち返り、ステップを踏んで熱応力の計算を進めていきましょう。
ステップ1:自由体図の作成
熱応力を考えるにあたり、棒に働く力を知る必要があります。始めに自由体図を考えます。
自由体図とは、対象の物体を周りの物体から切り離した仮想的な状況を考えた図になります。今回の場合、自由体図は次のようになります。
ステップ2:力の釣り合い計算
次に力の釣り合いを計算します。棒は静止しているため、左右の引張り力の大きさは等しくなります。したがって、
\begin{eqnarray}
-R_A+R_B &=& 0 \\
\therefore R = R_A &=& R_B
\end{eqnarray}
となります。また、$R_A$と$R_B$の大きさが等しいため$R=R_A=R_B$とできます。
ステップ3:伸びの計算
引張り力による伸び量を$\lambda_1$、熱膨張による伸びを$\lambda_2$とします。
まず、$\lambda_1$については「棒の静定・不静定問題 丁寧な解説による材料力学の基本問題①」で解説したように、次のように計算できます。
\begin{eqnarray}
\lambda_1 &=& \ff{Rl}{AE}
\end{eqnarray}
$\lambda_2$は前述の公式から、
\begin{eqnarray}
\lambda_2 &=& \alpha l \D T
\end{eqnarray}
とできます。以上より、棒全体の伸び$\lambda$は、
\begin{eqnarray}
\lambda &=& \lambda_1 + \lambda_2 \\
&=& \ff{Rl}{AE} + \alpha l \D T \tag{1}
\end{eqnarray}
と計算できます。
ステップ4:幾何的条件の検討 & 熱応力計算
剛体壁が無いものとして伸びを計算しましたが、実際には壁に固定されているため、伸び$\lambda$は$0$になります。式(1)より、
\begin{eqnarray}
\lambda &=& \ff{Rl}{AE} + \alpha l \D T = 0 \EE
-\ff{Rl}{AE} &=& \alpha l \D T \EE
\therefore \, \sigma &=& \ff{R}{A} = -\alpha E \D T
\end{eqnarray}
と計算できます。今回求めたい対象は、熱応力$\sigma$のため、このように計算しています。
熱応力の符号がマイナスのため、圧縮応力であることが分かります。
以上のことから棒の変形が拘束されるために熱応力が生じることが分かります。また、今回の例題では熱応力の大きさが棒の長さに依存しないことも分かります。
熱応力の概算
熱応力を概算してみましょう。ここでは、例題で示した鉄とアルミの場合の熱応力を計算してみます。
鉄の場合、温度が$30\, {}^\circ\RM{C}$上昇すると、その時に生じる熱応力は、
\begin{eqnarray}
\sigma &=& \alpha E \D T \\
&=& 11.6\times 10^{-6} \times 210 \times 10^9 \times 30 \\
&=& 73.1 \times 10^6
\end{eqnarray}
と計算できます。これより、約$73 \, \RM{MPa}$の熱応力が生じることが分かります。次に、アルミの場合、温度が$100\, {}^\circ\RM{C}$上昇すると、その時に生じる熱応力は、
\begin{eqnarray}
\sigma
&=& 23.1\times 10^{-6} \times 70 \times 10^9 \times 100 \\
&=& 161 \times 10^6
\end{eqnarray}
と計算できます。約$160 \, \RM{MPa}$の熱応力が生じることが分かります。
大気圧は約$0.1 \, \RM{MPa}$、マリアナ海溝での水圧が約$100 \, \RM{MPa}$なので、いかに大きな力が生じているかが分かるでしょう。
剛体板に拘束された二本の棒の熱応力
次に剛体板に拘束された二本の棒に働く熱応力についても考えていきましょう。(材料力学の例題で良く取り上げられます)
材質の異なる棒が下図のように剛体板に固定されているとして、この系の温度を$\D T$上昇させたときに各棒に生じる熱応力を計算します。
初期状態の棒の長さを$l$とし、各棒の断面積、ヤング率、線膨張係数をそれぞれ$A_1, A_2$, $E_1, E_2$, $\alpha_1, \alpha_2$とします。また、$\alpha_1 < \alpha_2$とします。
※上下の二本の棒は真ん中の棒から等距離とします。(これによりモーメント計算が簡単になります)
先ほどと同様、ステップごとに問題を段階的に解いて行きます。
ステップ1:自由体図の作成
それぞれの棒の自由体図を考え、働く力を書き出してみましょう。自由体図は下のようになります。
各棒に働く力は、引張り力であると仮定してこのように設定しています。
力の向きは、計算を進めていく中で決定されます。今は気にせず、機械的に設定します。
ステップ2:力の釣り合い・モーメントの釣り合い
力の釣り合いとモーメントの釣り合いについて計算します。力の釣り合いに関しては、以下の式が成立します。
\begin{eqnarray}
R_1 + R_2 + R_3 = 0
\end{eqnarray}
次に、真ん中の棒を中心にしたモーメントの釣り合いは次のように計算でき、
\begin{eqnarray}
R_1 \cdot y \,- R_3\cdot y = 0 \EE
\therefore \, R_1 = R_3
\end{eqnarray}
これより、
\begin{eqnarray}
R_2 = -2R_1
\end{eqnarray}
となることが分かりました。
ステップ3:伸びの計算
次に伸びの計算を行います。
引張力による伸びを$\lambda_1, \lambda_2, \lambda_3$とし、熱膨張による伸びを$\lambda_1^{\prime}, \lambda_2^{\prime}, \lambda_3^{\prime}$とします。
すると、それぞれの伸びは次のように表せます。
\begin{split}
&\lambda_1 = \lambda_3 = \ff{R_1l}{A_1E_1} \EE
&\lambda_2 = \ff{R_2l}{A_2E_2} = -\ff{2R_1l}{A_2E_2} \EE
&\lambda_1^{\prime} = \lambda_3^{\prime} = \alpha_1 l \D T \\[6pt]
&\lambda_2^{\prime} = \alpha_2 l \D T \\[6pt]
\end{split}
ステップ4:幾何的条件の検討 & 熱応力計算
三つの棒は剛体板に固定されているため、全ての棒で伸びは一致します。したがって、$\lambda_1 + \lambda_1^{\prime} = \lambda_2 + \lambda_2^{\prime}$ となります。
具体的に計算すると、次のようにでき上下の二本の棒に働く熱応力$\sigma_1$を計算できます。
\begin{eqnarray}
\lambda_1 + \lambda_1^{\prime} &=& \lambda_2 + \lambda_2^{\prime} \EE
\ff{R_1l}{A_1E_1} + \alpha_1 l \D T &=& -\ff{2R_1l}{A_2E_2} + \alpha_2 l \D T \EE
R_1 \left( \ff{1}{A_1E_1} + \ff{2}{A_2E_2} \right) &=& (\alpha_2 \,- \alpha_1)\D T \EE
R_1 \cdot \ff{2A_1E_1 + A_2E_2}{A_1A_2 E_1E_2} &=& \EE
\therefore \, \sigma_1 = \ff{R_1}{A_1} &=& \ff{(\alpha_2 \,- \alpha_1)A_2 E_1E_2\D T}{2A_1E_1 + A_2E_2}
\end{eqnarray}
これより、中央の棒に働く熱応力$\sigma_2$は、
\begin{eqnarray}
\sigma_2 &=& \ff{R_2}{A_2} = -\ff{2R_1}{A_1}\cdot\ff{A_1}{A_2} \EE
&=& -\ff{2(\alpha_2 \,- \alpha_1)A_1 E_1E_2\D T}{2A_1E_1 + A_2E_2}
\end{eqnarray}
と計算できます。
計算結果から、線膨張係数に差があるほど、熱応力が大きくなることが分かります。
線膨張係数が異なる材質同士を接着させたい場面に熱応力が問題になります。(例えば、半導体プロセスで基板の上に成膜する場合や、異種金属を接合する場合)
熱応力の概算
この問題は、異種金属を接着する場合のモデルとして捉えることができます。
試しに、鉄をアルミでサンドイッチした部品があったとして、この部品の温度を$30\, {}^\circ\RM{C}$度上昇させたときに生じる熱応力を概算してみましょう。
棒の断面積を$10\, \RM{mm^2}$で同じとして、鉄に生じる熱応力を$\sigma_1$、アルミに生じる熱応力を$\sigma_2$とします。先ほどの計算結果に代入して$\sigma_1$は、
\begin{eqnarray}
\sigma_1 &=& \ff{(23.1-11.6)\times10^{-6}\times10\times 10^{-6}\times70\times210\times10^{18}\times30}{2\times 10\times 10^{-6}\times 210\times 10^9 + 10\times 10^{-6}\times70\times 10^9} \EE
&\NEQ& 10.4 \times 10^6
\end{eqnarray}
となり、アルミには$10.4 \, \RM{MPa}$の引張り応力が働くことが分かります。また$\sigma_2$は、
\begin{eqnarray}
\sigma_2 &=& -\ff{2\times(23.1-11.6)\times10^{-6}\times10\times 10^{-6}\times70\times210\times10^{18}\times30}{2\times 10\times 10^{-6}\times 210\times 10^9 + 10\times 10^{-6}\times70\times 10^9} \EE
&\NEQ& 20.7 \times 10^6
\end{eqnarray}
となり、鉄には$20.7 \, \RM{MPa}$の圧縮応力が働くことが分かります。
以上の計算結果から二つの部材の間に約$30\, \RM{MPa}$のせん断応力が働くことが分かります。全く成分の異なる金属材料を接着させることは、難しい課題であることが分かります。
体積膨張率
温度上昇による一方向の伸び縮みについての、割合を表したものが線膨張係数$\alpha$でした。
では、三次元での変化、すなわち温度変化による体積変化の割合はどうなるでしょうか?
さて、温度変化に対する体積変化の割合を体積膨張率$\beta$と呼びます。変形前の体積を$V$、温度が$\D T$変化したとし、このときの体積変化を$\D V$とすると、次のように表せます。
\begin{eqnarray}
\D V = \beta\, V \D T
\end{eqnarray}
一辺が$l$の立方体と仮定すると、$V + \D V=( l + \D l)^3$であるので、次のように変形できます。
\begin{eqnarray}
\beta V \D T &=& (V + \D V) \,- V \EE
&=& (l + \D l)^3 \,- l^3 \EE
&=& (l+\alpha l \D T)^3 \,- l^3 \EE
&=& (1+\alpha \D T)^3 l^3 \,- l^3 \EE
&=& \Big\{ 3\alpha \D T + 3(\alpha \D T)^2 + (\alpha \D T)^3 \Big\}l^3
\end{eqnarray}
$\alpha \D T$は微小なため、$(\alpha \D T)^2, (\alpha \D T)^3$は無視でき、
\begin{eqnarray}
\beta V \D T &\NEQ& 3\alpha V \D T
\end{eqnarray}
と近似できます。したがって、体積膨張率は線膨張係数を用いて次のように表せることが分かります。
\begin{eqnarray}
\beta = 3\alpha \\
\,
\end{eqnarray}