材料力学とは、力と材料の変形の関係を論じる学問です。
材料力学では物体の変形についての議論が中心に置かれます。この点が、物体が変形しないとする剛体力学と大きく異なる点です。
さて、物体の変形を考えるとき、応力とひずみという2つの物理量が最重要の指標となります。
この記事では材料力学の学習の一歩目として、応力とひずみについて解説します。応力とひずみの理解は、材料力学を学ぶ上で最初の一歩になります。
材料力学と内力
棒と軸力
壁などに固定(拘束)されている物体に外力が働くと、それに応じた反力が生じます。
物体は反力や外力により変形しますが、物体内部にもこの変形に抗う力(内力)が同時に生じます。
簡単のため、次のような棒とその棒に作用する力について考えます。
棒の両端に大きさ $P$ の力が働いているとします。
一般に、棒状の部材に対して軸方向に作用する力を軸力と呼びます。
この状態で棒を切断するとどうなるでしょうか?
もちろん、力の釣り合いが崩れるため、それぞれの棒は左右に飛んで行ってしまいます。
仮想切断面と内力
さて、切断する前の棒は当然、運動せず静止しています。
つまり、切断前の断面には軸力と同じ拘束力が作用していると判断できます。
この拘束力の大きさを $N$ とすると、$P=N$ となることは理解できるでしょう。
ところで、棒全体を一つの系と考えると、拘束力$N$ は内力となります。
また、内力は作用反作用の法則に従うため、常に一対の組で存在します。
この議論は棒をどの位置で切断しても成立するので、棒の運動を拘束する内力が棒の任意の部分で生じていると考えられます。
そして、このような仮想的な切断面を仮想切断面と呼びます。
手間をかけて当たり前のことを説明していますが、このような一連の考え方は、対象の形状が複雑になるほど威力を発揮します。
面倒かもしれませんが、仮想切断面を図示することは今後役に立つため、習慣化すると便利です。
応力とは?
次に、応力について解説します。
材料力学では応力という単語が頻繁に登場します。
さて、同じ材質で出来た太い棒と細い棒があったとして、同じ大きさの軸力を加えている状況を考えます。
このとき、軸力をどんどん大きくしていくと、どちらの棒が先に破断するでしょうか?
直観的に分かると思いますが、細い棒の方が先に破断します。
ここで、疑問が生じます。
同じ材質でできた棒で同じ軸力が働いているので内部の内力も同じはず、それなのになぜ、細い棒が先に破断するのでしょうか?
この理由を説明するため、材料力学では単位面積当たりの内力の大きさを表す、応力という量を導入します。
応力の単位は $\RM{N/m^2}$ で表されます。また、主に $\RM{Pa}$(パスカル)が使われます。
材料力学の世界では、応力は通常かなり大きな値となるため、$\RM{MPa} = 10^6$ $\RM{Pa}$ が良く使われます。
建築物でも機械でも何らかの設計をする際には最初に応力を計算し、その大きさが設計基準内にあることを確認します。
実際の設計に関してはこちらで詳しく解説しています。
垂直応力とは?
一般に、部材には様々な方向から応力が複雑に作用しています。
しかし、ここでは簡単のため内力が仮想切断面に均一に分布していると仮定して議論を進めていきます。
さて、大きさが $N$ の内力がある断面に対して垂直に作用しているとき、
$N$ を断面積 $S$ で割った値
$$ \sigma = \ff{N}{S} $$
を垂直応力と呼びます。
材料力学では垂直応力を$\sigma$(シグマ)と呼び、次のように表されます。
先程の棒でのそれぞれの応力$\sigma_A, \sigma_B$を考えてみましょう。
\begin{eqnarray}
\sigma_A &=& \ff{N}{S_A} \EE
\sigma_B &=& \ff{N}{S_B} \EE
\end{eqnarray}
$S_A > S_B$なので、$\sigma_A < \sigma_B$です。細い棒の応力は太い棒の応力より大きいということです。
言い換えると、同一面積に加わる内力は細い棒の方が大きいということです。同じ軸力でも細い棒の方が弱いというこが定量的に理解できると思います。
このように、応力の考えを導入することで部材の強度を計算により判断できるようになります。
せん断応力とは?
次に、$x$ 軸方向の断面積が $A$ の梁(はり)に、$y$軸方向に平行に力$F$が働いているとします。
仮想切断面はこの力により$y$軸と平行な向きにずれるように運動します。このように面を滑らせるように作用する力をせん断力と呼びます。
このとき、はりに働く内力も断面に沿って作用するので、応力も仮想切断面に沿って作用します。
この応力をせん断応力と呼び、通常 $\tau$(タウ)と表記します。
せん断応力は一般に部材内で異なる値を取りますが、概算値を評価したい場合は平均せん断応力で次のように計算されます。
地味ですが、材料力学では $y$ 軸を下向きに取ることに注意してください。
$y$軸を下向きに取る理由は、地球上では重力の影響により部材は常に下側に変形するためです。
ひずみとは?
同じ材質、同じ断面積の棒に同じ軸力を加えた場合でも、長さが異なれば棒の伸びが変わります。
伸びの大小を定量的に表すために、ひずみという物理量を導入します。ひずみについて解説します。
一般に物体の変形量の絶対値と内部の応力は直接には結びつきません。
さまざまな実験の結果、部材の内部の応力と結びつくのがひずみであることが分かりました。
そのため、材料力学ではひずみを伸びの度合として採用します。
ひずみとは、基準となる長さ$l$で部材の変形量$\lambda$(ラムダ)を割った無次元量のことです。材料力学では部材の変形の度合をひずみを用いて表します。
ひずみは、(長さ)/(長さ)で定義されるので、単位は無次元量です。ひずみは通常、%(パーセント)で表されます。
縦ひずみと横ひずみとは?
棒に軸力が働いたとき棒は伸びます。
元の棒の長さを$l$として、伸びた後の棒の長さが$l+\lambda$となったとします。
棒自体の体積は変化しないので、棒が伸びた分、棒の直径は減少します。
元の棒の直径を$d$として、伸びた後の棒の直径が$d-\delta$になるとします。
図で表すと次のようになります。
軸方向の伸びを$\lambda$(ラムダ)、軸と直交方向の縮みを$\delta$(デルタ)とすると、次のように縦ひずみ(垂直ひずみ)$\varepsilon$(エプシロン)と横ひずみ$\varepsilon^{\prime} $を次のように定義できます。
ポアソン比とは?
縦ひずみと横ひずみの絶対値をポアソン比と呼びます。ポアソン比は$\nu$(ニュー)と呼びます。
ポアソン比は軟鋼で $0.28$~$0.3$、アルミニウムで $0.34$ 程度で材料ごとに固有の値になります。
金属ではポアソン比は $0.3$ 程度なので、概算の段階では通常 $0.3$ とします。
せん断ひずみ・横弾性係数とは?
部材がせん断応力を受けているときの変形を考えます。
$\RM{ABCD}$での変形を考えます。
せん断力により、辺$\RM{AC}$と辺$\RM{BD}$が $\theta$ だけ変化し、$\lambda$ だけ変形したとします。
このとき、せん断ひずみ $\gamma$(ガンマ)を次のように定義します。
厳密には三角関数の関係から、$\gamma = \tan \theta$となりますが、変形が微小なとき $\gamma \NEQ \theta$と近似できます。
このように、変形が微小なときせん断ひずみは、$\RM{ABCD}$の角度と見なせるのです。
つまり、せん断変形は直交する二辺の成す角度として定義できると言えます。
このとき、せん断応力 $\tau$ とせん断ひずみ $\gamma$ との間には比例関係があることが知られており、
この比例係数 $G$ をせん断弾性係数または横弾性係数と呼びます。
フライング気味になりますが、この関係はフックの法則と同じ形式です。
丁度よい機会なので、先に紹介しておきます。
公称ひずみと真ひずみとは?
ここから少し発展的な内容になります。
ひずみを計算する際”基準の長さ”を使いましたが、どの時点での長さなのか、はっきりさせずに使っていました。
答えを言うと、基準の長さとはひずみを計算する”直前”の長さのことを表します。
直前の長さを$l^{\prime}$としてひずみ$\varepsilon^{\prime}$を数式で表現すると、次のようになります。
\begin{eqnarray}
\varepsilon^{\prime} &=& \ff{\diff l}{l^{\prime}} \EE
\end{eqnarray}
これを微分方程式とみて、棒の初期の長さを$l_0$として積分すると、
\begin{eqnarray}
\int_{l_0}^{l} \varepsilon^{\prime} &=& \int_{l_0}^{l} \ff{\diff l}{l^{\prime}} \\[6pt]
\varepsilon^{\prime}(l) \,-\, \varepsilon^{\prime}(l_0) &=& \ln (l) \,-\, \ln (l_0) \\[6pt]
\varepsilon (l) &=& \ln\left(\ff{l}{l_0}\right)
\end{eqnarray}
となります。このひずみを真ひずみと呼びます。
さて、真ひずみを$l$に関してテイラー展開すると、
\begin{eqnarray}
\varepsilon(l) &=& \ln\left(\ff{l_0}{l_0}\right) + \ff{1}{l_0}(l-l_0) \,-\, \ff{1}{2l_0^2}(l-l_0)^2 \cdots \EE
&=& \ff{l-l_0}{l} \,-\, \ff{1}{l_0^2}(l-l_0)^2 \cdots \tag{1}
\end{eqnarray}
となります。
式(1)に関して第二項移項を無視すると、真ひずみは次のように近似できます。
\begin{eqnarray}
\varepsilon(l) &\NEQ& \ff{l-l_0}{l}
\end{eqnarray}
このように真ひずみを一次近似で表したものを公称ひずみと呼びます。
公称ひずみは初期長さ$l_0$と変形後の長さ$l$から計算できるため、直観的に理解しすいことに加えて、実用上測定が容易な便利なひずみと言えます。
また、小さな変形の場合、真ひずみに対する公称ひずみの誤差はほとんどありません。
このような性質があるため、工学の分野では公称ひずみが良く使われます。
例えば、金属材料の応力とひずみの関係を表す応力ーひずみ線図というグラフでは、公称ひずみが使用されます。
一方、真ひずみは厳密なひずみの表式です。
そのため、破壊直前のような大変形が起きている場面でも使用できます。
シミュレーションのような厳密性が要求される場面では真ひずみを使うことがあります。
それぞれの場面でひずみを使い分け問題に対処していきます。
棒とはりの違い
おまけの話題になりますが、材料力学では棒と梁(はり)という用語を明確に区別し使い分けます。
知っておいて損は無い事項なので、興味のある方は目を通してください。
材料力学では棒とは、『軸線に対して平行な力を受ける部材』のことを表します。
一方、はりとは『軸線に対して垂直な力を受ける部材』のことを表します。
軸線についての解説は別の機会に譲りますが、部材の中心を通る線のことだと考えてください。
今回は材料力学の基礎となる応力とひずみについて解説しました。
いよいよ棒とはりの変形について考えたいところですが、残念ながらまだ準備が足りません。
力と材料の変形の関係がまだ明らかになっていないためです。
力と材料の変形を結びつけるフックの法則が揃ってようやく材料力学の旅が始まります。