都市には無数の配管が張り巡らされています。
配管が破裂したら大変なことになるので、これらの配管が壊れないよう、適切に配管の肉厚を設計する必要があります。
肉厚は勘ではなく、理論的な根拠に基づいて決定されます。その理論的基礎となるのが材料力学です。
今回は、配管をモデル化した薄肉円筒に働く応力や変形を材料力学の理論を用いて計算していきます。
内圧を受ける円筒
円筒に働く応力を本格的に解析する前に円筒にはどんな応力が働くのかを調べましょう。
図のように、厚さ$t$ の円筒の内側に大きさが$p_1$の圧力が働いていているとします。
また、垂直方向に$z$軸、半径方向に$r$軸、円周方向に$\theta$(シータ)軸をとった円筒座標系で応力を考えるとします。
すると、円筒の壁に働く応力を三つに分解することができます。
まず、圧力により円筒には円周方向に広げたり縮める方向に変形が起きるため、円周方向に作用する応力$\sigma_{\theta}$が働きます。
次に、円周方向に変形するため円筒全体の体積を一定に保つように垂直方向や半径方向にも変形が起きます。
これにより、$\sigma_z$ と$\sigma_{r}$ の応力が作用します。
$\sigma_{z}, \sigma_{\theta}$のことは一旦忘れて、$\sigma_r$の振る舞いについて観察しましょう。
円筒内の圧力を$p_1$とし、円筒の外の圧力つまり大気圧を$p_0$とします。
このとき、$p_1 = p_0 +p$ の関係があるとします。
なお、今回は$p$を内圧と呼びます。
円筒の外周表面には$p_0$の圧力が働いているため、円筒の内部では半径方向の応力が徐々に低下すると言えます。
この変化をグラフで表すと、下図のようになります。
これより、半径方向の応力は $\sigma_r=p$ 程度であることが分かります。
大気圧は約$0.1\,\RM{MPa}$であり、高圧ガス保安法の規制を受ける圧力は$1\,\RM{MPa}$以上からです。
これらの圧力は一般的な金属材料の耐力に比べると十分小さく、それほど問題とならない程度であると言えます。(→耐力とは?)
それでは、円周方向と軸線方向についての応力がどの程度になるのか計算していきましょう。
薄肉円筒に働く応力の導出
円周方向と軸線方向に働く応力、$p_{\theta}, p_z$の大きさについて考えていきます。
円筒から半周分を切り出した次のような図を考えます。
半周の断面には$\sigma_{\theta}$の応力が働いているとし、円周方向には正味で$p$の圧力が働くことになります。
今、この物体は静止しているため、力の釣り合いを考えましょう。
力の釣り合いを考えるため、$p$について水平方向と垂直方向にベクトル分解を行います。
すると、三角関数を使って、
$$
\B{p} = p\cos\theta\,\B{i}+p\sin\theta\,\B{j}
$$
このように表せます。なお、$\B{i},\B{j}$は単位ベクトルとします。(→ベクトルの成分表示とは?)
これより、内圧による水平方向と垂直方向の力の和を積分計算により求められます。
水平方向に関しては、
\begin{eqnarray}
\int_0^{\pi} p\cos\theta\cdot r\diff \theta &=& 0
\end{eqnarray}
となり、垂直方向に関しては、
\begin{eqnarray}
\int_0^{\pi} p\sin\theta\cdot r\diff \theta &=& 2pr
\end{eqnarray}
となります。
※ 圧力の和に関する同一の計算は、浮力を導出する際にも行っています。詳しくはこちらで解説しています。
計算結果より、垂直方向の力のみが値を持つことが分かります。
一方、円周方向の応力に関しては鉛直方向に働いているため、水平方向成分は$0$となります。
この半周の$z$軸方向の長さを$1$とすると、その断面積は$t$となるので、力の釣り合い式は次のようになります。
\begin{eqnarray}
2pr &=& 2\cdot\sigma_{\theta} \EE\\
\therefore\quad \sigma_{\theta} &=& \ff{pr}{t}
\end{eqnarray}
めでたく円周方向に作用する応力を計算することができました。
円筒の両端が板によりふさがれているとすると、円筒の軸線方向に力が作用します。
板の面積は$\pi r^2$であり、円筒の断面積は$2\pi rt$と近似できるので、軸線方向の応力に関して次のように計算できます。
\begin{eqnarray}
\pi r^2\cdot p &=& 2\pi rt\sigma_{z} \EE\\
\therefore\quad \sigma_{z} &=& \ff{pr}{2t}
\end{eqnarray}
軸線方向に作用する応力もめでたく計算することができました。
$t\ll r$の関係から、$p_{\theta}, p_z$に比べると$p_r$は無視できる程度に小さいと言えます。
また、$\sigma_{\theta}$は$\sigma_z$より2倍大きく、円筒働く応力で最大であることから、円筒は円周方向と直交(軸線と平行)するような裂け目が生じることが分かります。
これより、円筒を設計する際には、$\sigma_{\theta}$が許容応力以下となるように設計すれば良いことが分かります。(→安全率・許容応力とは?)
※ 薄肉円筒に明確な定義はありませんが、内径の1/10より薄い円筒のことを指します。
薄肉円筒の伸び
次に、薄肉円筒の半径方向の伸び$\delta_r$(デルタ)を計算していきましょう。
円周方向の応力により、そのひずみはフックの法則より次のように計算できます。
\begin{eqnarray}
\varepsilon_{\theta} &=& \ff{\sigma_{\theta}}{E}
\end{eqnarray}
ただし、円筒のヤング率を$E$とします。
ここでひずみの定義より、円周方向のひずみは、半径方向の伸び$\delta r$と円筒の半径を使って次のように表せて、
\begin{eqnarray}
\varepsilon_{\theta} &=& \ff{2\pi(r+\delta r)\,- 2\pi r}{2\pi r} \EE
&=& \ff{\delta r}{r}
\end{eqnarray}
これより、
\begin{eqnarray}
\delta r &=& r \varepsilon_{\theta} = \ff{r\sigma_{\theta}}{E}
\end{eqnarray}
という関係式を導けます。
以上より、半径方向の伸びは、
\begin{eqnarray}
\delta r &=& \ff{pr^2}{Et}
\end{eqnarray}
と表せるのです。
薄肉円筒と航空機の胴体の設計
薄肉円筒の問題は身近にも存在します。
航空機の胴体の設計は正しく、薄肉円筒の問題と言えます。
旅客機から内装を取り外すと、その胴体は薄肉円筒となります。
どの程度の厚さであれば、問題ないのかを考えていきましょう。
さて、ボーイング787の胴体最大幅は$5.74\, m$、最大巡航高度は$13,000\, \RM{m}$です。
巡航高度での圧力差は0.6気圧、すなわち、$0.06\,\RM{MPa}$です。
また、胴体の素材に超々ジュラルミン(A7075)を採用したとすると、その耐力は約$500\,\RM{MPa}$です。(実際の787の胴体にはカーボン素材が使われています)
安全率を1.2とすると、その許容応力は$420\,\RM{MPa}$となります。
これより、円周方向に作用する応力(=フープ応力)は$420\,\RM{MPa}$と設定できます。
これらの数値から、胴体の厚みを計算してみると、
\begin{eqnarray}
t &=& \ff{pr}{\sigma_{\theta}} \EE
&=& \ff{0.06\times 2.87}{420} \EE
&\NEQ& 4.1\times 10^{-4} \, \RM{m}
\end{eqnarray}
となります。
これより、胴体の厚みは$0.41 \, \RM{mm}$ あれば良いことが分かります。
実際には安全を見て$1\,\RM{mm}$程度にしているそうですが、それでも航空機の胴体の肉厚がこれほど薄いことには驚かされます。
組み合わせ円筒に働く応力
薄肉円筒を組み合わせた筒に内圧$p$が作用する場合に、各円筒に作用する応力について考察してみましょう。
図のように、厚みが$t_1$でヤング率$E_1$の円筒と、厚みが$t_2$でヤング率を$E_2$の円筒が組み合わさっており、内側の円筒に圧力$p$ が作用しているとします。
このとき、内側の円筒と外側の円筒の間の接触面で$p’$の圧力を及ぼし合っているとします。
さて、内側の円筒には正味の圧力で$p-p’$が作用し、外側の円筒には$p’$の圧力が作用します。
これより、内側と外側の薄肉円筒のフープ応力はそれぞれ次のように表せます。
$$
\left\{
\begin{eqnarray}
\sigma_{\theta 1} &=& \ff{(p\,-p’)r}{t_1} \EE\\
\sigma_{\theta 2} &=& \ff{p’r}{t_2}
\end{eqnarray}
\right.
$$
※ 肉厚が非常に薄いため、肉厚の半径の長さの変化は無視して計算を行っています。
また、圧力による半径の変化は先程の計算結果より、それぞれ、以下のように求められます。
$$
\left\{
\begin{eqnarray}
\delta_{1} &=& \ff{(p\,-p’)r^2}{E_1t_1} \EE\\
\delta_{2} &=& \ff{p’r^2}{E_2t_2}
\end{eqnarray}
\right.
$$
二つの円筒の半径方向の変形量は等しいため、次の等式が成立し、$p’$を求めることができます。
\begin{split}
&\ff{(p\,-p’)r^2}{E_1t_1} = \ff{p’r^2}{E_2t_2} \EE
\therefore \quad &p’ = \ff{E_2t_2}{E_1t_1+E_2t_2}p
\end{split}
したがって、各フープ応力は、
$$
\left\{
\begin{eqnarray}
\sigma_{\theta 1} &=& \ff{E_1t_1}{E_1t_1+E_2t_2}\cdot\ff{pr}{t_1} \EE\\
\sigma_{\theta 2} &=& \ff{E_2t_2}{E_1t_1+E_2t_2}\cdot\ff{pr}{t_2}
\end{eqnarray}
\right.
$$
と求められます。
$E_1=E_2$のとき、$\DL{\sigma_{\theta 1} = \sigma_{\theta 2} = \ff{pr}{t_1+t_2} }$となり単純に肉厚を増加させたときの状況と一致することが分かります。
円筒の圧入とフープ応力の緩和
組み合わせ円筒を作製する際に、工夫することで単一の材料で筒を作製する場合よりもフープ応力を低減できることを示します。
次のように、内径が$r-\delta$の円筒(ヤング率:$E_2$)に、外径が$r$の円筒(ヤング率:$E_1$)を圧入したとします。
これらの円筒を組み合わせると、外側の円筒は広げられるため引張のフープ応力が作用し、内側の円筒には圧縮のフープ応力が作用します。
二つの円筒の接触面に$p^{”}$の圧力が作用しているとすると、各円筒の半径方向の変形は、
$$
\left\{
\begin{eqnarray}
\delta’_{1} &=& \ff{p^{”}r^2}{E_1t_1} \EE\\
\delta’_{2} &=& \ff{p^{”}r^2}{E_2t_2}
\end{eqnarray}
\right.
$$
と求められます。
それぞれの変形量の和は$\delta$となるので、
\begin{eqnarray}
\delta &=& \delta’_{1} + \delta’_{2} \EE
&=& \ff{p^{”}r^2}{E_1t_1}+\ff{p^{”}r^2}{E_2t_2} \EE\\
\therefore\,\,\, p^{”} &=& \ff{E_1E_2t_1t_2}{E_1t_1+E_2t_2}\cdot \ff{\delta}{r^2}
\end{eqnarray}
したがって、フープ応力はそれぞれ、
$$
\left\{
\begin{eqnarray}
\sigma’_{\theta 1} &=& -\ff{E_1E_2}{E_1t_1+E_2t_2}\cdot\ff{\delta t_2}{r} \EE\\
\sigma’_{\theta 2} &=& \ff{E_1E_2}{E_1t_1+E_2t_2}\cdot\ff{\delta t_1}{r}
\end{eqnarray}
\right.
$$
となります。
ここでは、圧縮のフープ応力を負で表すとします。
さて、この組み合わせ円筒に$p$の内圧を作用させたとき、各フープ応力は先程の結果を足し合わせたものになるため、
$$
\left\{
\begin{eqnarray}
\sigma_{\theta 1} &=& \ff{1}{E_1t_1+E_2t_2}\left( \ff{pr}{t_1}\,-\ff{E_1E_2\delta}{r}t_2 \right) \EE\\
\sigma_{\theta 2} &=& \ff{1}{E_1t_1+E_2t_2}\left( \ff{pr}{t_2}+\ff{E_1E_2\delta}{r}t_1 \right)
\end{eqnarray}
\right.
$$
となります。
円筒を組み合わせることで、厚みを単純に増やすよりも効果的にフープ応力を低減できることが分かります。