SF作品には宇宙エレベータと呼ばれる壮大な建造物が登場します。
宇宙エレベータは地表から静止軌道までケーブルを伸ばしたエレベータです。
宇宙に行く方法は現状ではロケットしか有りませんが、ロケットはその重量の約8割が燃料であり、非効率な運搬手段です。
一方、宇宙エレベータは効率的な輸送機関で、静止軌道への物資輸送でも、1トンあたりの価格が数千円から数万円程度で行うことができます。
宇宙エレベータが実現すれば人類の宇宙進出が進み、宇宙時代の幕開けとなります。
実現すれば人類に大きなインパクトを与えるものですが、そもそも宇宙エレベータは実現可能なのでしょうか?このことについて、材料力学から考察してみましょう。
宇宙エレベータと静止軌道
宇宙エレベータが実現可能かを議論する前に、宇宙エレベータの背後にある物理学の理論について理解しなければなりません。
静止軌道
地球は自転しているため、同じ回転速度で運動しなければ宇宙エレベータは地球に巻き付いてしまいます。
そのため、宇宙エレベータの回転速度は地球の回転と一致していなければなりません。
一方で、回転速度が小さいと地球の重力に遠心力が負けて、宇宙エレベータは地上に落下してしまいます。
つまり、地球の自転速度と一致し、地球の重力と釣り合う公転速度の位置に宇宙エレベータの本体(ステーション)を置かなければなりません。
さて、地球の自転と同じ回転速度で地球周りを公転する人工衛星を地上から観察すると、観測者には人工衛星が宇宙空間に静止しているように見えるため、この軌道を静止軌道(geostationary orbit)と呼びます。
静止軌道上に宇宙エレベータの本体を建設することが適しているため、静止軌道の位置を理論的に見積もることにしましょう。
天体力学の理論によれば、質量$M$の物体を中心とた半径$R$の公転軌道を巡る周期$T$は、次のように表されます。(→円軌道の周期の計算)
\begin{eqnarray}
R &=& \sqrt[3]{\ff{GM T^2}{4\pi^2}} \EE
&=& \sqrt[3]{\ff{\mu T^2}{4\pi^2}}
\end{eqnarray}
$\mu$(ミュー)は重力定数と言い、万有引力定数$G$を使って$\mu = GM$と表されます。
万有引力定数$G$、地球の質量$M_E$、周期$T$、重力定数$\mu$をまとめると表のようになります。
\begin{array}{c|c}
\,\,\,\, G \,\, & 6.67\times 10^{-11}\,\, \RM{m^3/kg\cdot s^2} \\\hline
\,\,\,\, M_E \,\, & 5.97\times 10^{24} \,\, \RM{kg} \\\hline
\,\,\,\, T \,\, & 8.64\times 10^{4}\,\, \RM{s} \\\hline
\,\,\,\, \mu \,\, & 3.98\times 10^{14}\,\, \RM{m^3/s^2}
\end{array}
各定数の値を用いると、地球の静止軌道の半径$R_{\RM{GEO}}$は次のように計算できます。
\begin{eqnarray}
R_{\RM{GEO}} &=& \sqrt[3]{\ff{ 3.98\times 10^{14}\times (8.64\times 10^{4})^2}{4\pi^2}} \EE
&\NEQ& 4.22\times 10^{7}\,\, \RM{m}
\end{eqnarray}
計算結果より、静止軌道は地球の中心から約4万2000kmの距離にあることが分かります。
地球の半径$r$は約6300 kmであるため、地上から静止軌道までの距離$h$は約3万6000 kmとなります。
以上より、宇宙エレベータの本体は、地上から3万6000km上空に建造すれば良いことが分かります。
かなり上空までケーブルを建造しなければなりません。
宇宙エレベータの全長
次は宇宙エレベータの釣り合いについて検討しましょう。
静止軌道上に静止軌道ステーションを建設し、ステーションと地上を結ぶケーブルを建造すると、宇宙エレベータ全体の重心が静止軌道からずれて地球側に下がります。
しかしながら、この重心位置では公転速度が足りないため、万有引力が遠心力に勝って、宇宙エレベータは崩壊してしまいます。
そのため、静止軌道ステーションより外側にもケーブルを延伸して、重心位置が静止軌道上に来るようにバランス調整しなければなりません。
それではどの程度ケーブルを延伸すれば良いのかを見積もってみましょう。
まず、宇宙エレベータの角速度$\omega$を求めます。
宇宙エレベータの角速度$\omega$(オメガ)は、静止軌道ステーションの角速度と等しいので、
\begin{eqnarray}
\omega &=& \ff{2\pi}{T} \EE
&=& \sqrt{\ff{\mu}{R_{\RM{GEO}}^3}}
\end{eqnarray}
となります。
ここで、ケーブルの密度を$\rho$(ロー)、断面積を$A$として、地球から宇宙に向かって$r$軸を取ります。
さて、位置$r$の位置にある幅$\D r$のケーブルの微小部分には万有引力と遠心力が働くため、その合力は次のように計算できます。($\mu = GM_E$)
\begin{eqnarray}
(\rho A \D r)r\omega^2 \,- \ff{\mu(\rho A \D r)}{r^2} &=& \rho A \mu \left( \ff{r}{R_{\RM{GEO}}^3} \,- \ff{1}{r^2} \right)\D r
\end{eqnarray}
微小分をケーブルの全長に渡って足し合わせると、宇宙エレベータに働く正味の力を求めることができます。
正味の力の計算は積分により求められ、この力が釣り合っているとき$0$になるため、次のようになります。
\begin{eqnarray}
0 &=& \int_{R_E}^{R_F} \rho A \mu \left( \ff{r}{R_{\RM{GEO}}^3} \,- \ff{1}{r^2} \right)\diff r \EE
&=& \rho A \mu \left[ \ff{r^2}{2R_{\RM{GEO}}^3} + \ff{1}{r} \right]_{R_E}^{R_F} \EE
&=& \rho A \mu \left\{ \left( \ff{R_F^2}{2R_{\RM{GEO}}^3} \,- \ff{R_E^2}{2R_{\RM{GEO}}^3} \right) + \left( \ff{1}{R_F} \,- \ff{1}{R_E} \right) \right\}
\end{eqnarray}
これより、
\begin{split}
0 &= \left( \ff{R_F^2}{2R_{\RM{GEO}}^3} \,- \ff{R_E^2}{2R_{\RM{GEO}}^3} \right) + \left( \ff{1}{R_F} \,- \ff{1}{R_E} \right) \EE
&= R_F^3 \,- \left( R_E^2 + \ff{2R_{\RM{GEO}}^3}{R_E} \right) R_F + 2R_{\RM{GEO}}^3 \EE
0 &= (R_F \,- R_E)\left\{ R_E R_F^2 + \left( R_E^2 + \ff{2R_{\RM{GEO}}^3}{R_E} \right) R_F + 2R_{\RM{GEO}}^3 \right\} \EE
\end{split}
となって、この三次方程式を$R_F$に関して解くと、
\begin{split}
R_F = R_E, \, \ff{ -R_E^2 \pm \sqrt{8R_{\RM{GEO}}^3R_E+ R_E^4} }{2R_E}
\end{split}
と求めることができます。
$R_F > R_E$であることは明らかなので、$R_F = \DL{\ff{ -R_E^2 + \sqrt{8R_{\RM{GEO}}^3R_E+ R_E^4} }{2R_E}}$となります。
従って、ケーブルの全長$R_F \,- R_E$を計算すると、
\begin{split}
R_F \,- R_E &= \ff{ -R_E^2 \pm \sqrt{8R_{\RM{GEO}}^3R_E+ R_E^4} }{2R_E}\,- R_E \EE
&\NEQ 1.4 \times 10^5 \, \RM{km}
\end{split}
となって宇宙エレベータのケーブルの全長は約14万kmにも及ぶ長大なものになることが分かります。
ケーブルに働く応力
ここから、宇宙エレベータが建設可能かどうか本格的に検討していきましょう。
その第一歩として、宇宙エレベータのケーブルに働く張力について求めましょう。
地球の中心から$r$の位置でのケーブルの微小要素が静止軌道上の要素に及ぼす力を考えます。
地球に原点を置く非慣性系(回転系)で考えます。
このとき、原点から$r$離れた位置にある長さが$\D r$のケーブルの微小要素に働く張力は、万有引力と遠心力の合力であり、次のように計算できます。
\begin{split}
f(r) &= F_{\omega}\,- F_r \EE
&= (\rho A\D r)r\omega^2 \,- \ff{\mu(\rho A \D r)}{r^2} \EE
&= \rho A\left( r\omega^2 \,- \ff{\mu}{r^2} \right)\D r
\end{split}
各微小部分の張力をグラフにすると、下図のようになります。
静止軌道の位置で張力は$0$になり、張力は地上で最大になることが分かります。(ケーブルの全長に渡って張力を足し合わせると$0$になります)
ややこしいですが、宇宙エレベータ全体で張力が最大となるのは静止軌道上になります。
以上より、微小部分での張力を地表から静止軌道の位置まで足し合わせる(積分する)と、最大の張力が働いている静止軌道ステーションでの張力を求められ、
\begin{split}
F(R_{\RM{GEO}}) &= \int_{R_E}^{R_{\RM{GEO}}} \rho A\left( r\omega^2 \,- \ff{\mu}{r^2} \right)\diff r \EE
&= \rho A\left[ \ff{1}{2}r^2\omega^2 + \ff{\mu}{r} \right]_{R_E}^{R_{\RM{GEO}}} \EE
&= \rho A\left\{ \ff{1}{2}\omega^2(R_{\RM{GEO}}^2 \,- R_E^2) + \mu\left(\ff{1}{R_{\RM{GEO}}} \,- \ff{1}{R_E}\right) \right\}
\end{split}
となります。
さて、応力は張力を断面積により割ったものなので、
\begin{split}
\sigma(R_{\RM{GEO}}) &= \ff{F(R_{\RM{GEO}})}{A} \EE
&= \rho \left\{ \ff{1}{2}\omega^2(R_{\RM{GEO}}^2 \,- R_E^2) + \mu\left(\ff{1}{R_{\RM{GEO}}} \,- \ff{1}{R_E}\right) \right\}
\end{split}
と計算できて、各値を代入すると約$\rho\times4.8\times10^7\, [\RM{Pa}]$と求めれられます。(→圧力と応力の違いとは?)
仮に鋼(密度:$7.85\times 10^3\, \RM{kg/m^3}$)でケーブルを作ったとすると、静止軌道ステーションでの応力は約$380 \, \RM{GPa}$となります。
鋼の引張強度は最大でも$1\, \RM{GPa}$程度なので、鋼では宇宙エレベータを建造できないことが分かります。
宇宙エレベータは実現可能か?
さて、物体に力を加えて引張ると、ある大きさの力で物体は破断します。
この力を断面積で割った応力で表し、破断応力と呼びます。(→応力ーひずみ線図と破断応力)
一方、引張強さは材料を引張ったときの応力の最大値のことです。 引張強さ >破断応力の関係があり、引張強さ以上の応力を受ければ、材料は破断するため、引張応力も材料の破断条件として用いられることがあります。
表にピアノ線とケブラー繊維の引張応力$\sigma_t$と密度$\rho$を示します。
\begin{array}{c|c|c|c}
\,\, & \,\,\sigma_t \, [\RM{GPa}] & \,\,\rho \, [\RM{kg/m^3}]\,\, & \,\,\rho\times4.8\times10^7 \, [\RM{GPa}]\,\, \\\hline
\,\,\,\, ピアノ線 \,\, & \quad 2.5 \quad & \quad 7.8\times10^3 \quad & 374 \\\hline
\,\,\,\, ケブラー \,\, & \quad 3.0 \quad & \quad 1.4\times10^3 \quad & 67.2
\end{array}
表の密度を元に、先程計算した静止軌道ステーションでの張力を計算するとそれぞれ$378,\, 67.2\, [\RM{GPa}]$となり、これらの材料では宇宙エレベータは建造できないことが分かります。
計算結果から分かるように密度の小さな材料でも数十$\RM{GPa}$もの応力が働くため、宇宙エレベータの建造は困難を極めます。(マリアナ海溝最深部の水圧でも$100 \, \RM{MPa}$程度)
現状、宇宙エレベータの建造に適する材料が無いため、残念ながら、宇宙エレベータはSF世界の存在でしかありません。
しかしながら、まだ希望はあります。材料が無ければ作れば良いのです。
その候補として最も注目されているのはカーボンナノチューブ(密度:$ 1.3\times10^3\,\RM{kg/m^3}$?)です。
カーボンナノチューブの引張強度は$80 \, \RM{GPa}$程度と推測されているため、カーボンナノチューブであれば、宇宙エレベータの建造が可能だと期待できます。
カーボンナノチューブは宇宙エレベータ建造に有望な素材ですが、数万キロに及ぶ一本の糸として製造する技術が確立されていないため、現時点では夢物語のままです。
この問題を解決するために、精力的に研究が続けられています。