平均自由行程を計算する際に分子同士の衝突を考慮しました。今回はミクロな世界の衝突に着目して、解析を行っていきます。
さて、静止した標的原子に粒子を一個入射させる単純な状況について考えましょう。
このとき、標的原子から十分離れた位置では、入射した粒子は標的粒子からのクーロン力を受けることはありません。(標的粒子の電子と原子核の電荷が打ち消されるため)
ところが、入射原子が標的原子の電子雲を突き抜けると、原子核からの電荷によるクーロン力を受けるようになります。クーロン力を受けるようになると、標的原子との斤力(反発力)によって原子の軌道は大きく曲げられます。
このように、粒子が入射方向と異なる方向に軌道が変化するとき、粒子は散乱されたと言います。
散乱:標的粒子との衝突あるいは相互作用によって入射粒子の方向が変えられること
今回は散乱の基本となる衝突係数と散乱断面積について説明していきます。
散乱断面積 $\sigma(\Omega)$ を次のように定義する。
\begin{split}
\sigma(\Omega)\diff \Omega=\ff{n}{I}
\end{split}
ただし、$I$ を単位面積・単位時間当たりの入射粒子の個数、$n$ を単位時間当たり立体角 $\diff \Omega$ の中に散乱される粒子数とする。
散乱とは?
最も単純な、静止した標的原子 $\RM{A}$ に一個の原子を入射させる状況を考えます。なお、今回は古典力学の範疇で扱えるようにするために、量子論的効果を無視し、また、入射原子の速度が光速よりも十分小さいとして議論を進めていきます。
冒頭で説明したように、入射原子が標的粒子の電子雲を突き抜けて十分接近すると、標的粒子からの中心力を受けて入射方向と異なる方向に軌道が変化します。このようになるとき、粒子は散乱されたと言います。
散乱:標的粒子との衝突あるいは相互作用によって入射粒子の方向が変えられること
簡単のため、中心力が斤力(反発力)であるときの散乱について考えます。このとき、散乱の様子を描くと上のようになります。
なお、入射方向と散乱方向との成す角は散乱角と呼ばれます。上図では、$\Theta$(シータ)が散乱角に相当します。
散乱角:入射方向と散乱方向との成す角のこと
そして、散乱による軌道は標的粒子による中心力が等方であると仮定すると、双曲線軌道を描きます。
さらに、双曲線の性質から考えると、軌道は最近点 $\RM{B}$ と $\RM{A}$ を挟んで対称となります。したがって、漸近線と $\RM{AB}$ との成す角を $\Psi$(プサイ)として以下の式が成立すると言えます。
\begin{split}
\Theta=\pi-2\Psi
\end{split}
次節では、散乱と角運動量の関係について考察していきます。
衝突係数とは?
散乱による軌道を考えるとき、重要な情報を与えてくれるのが角運動量です。
まず、斤力が存在しない場合の標的粒子との最近接距離を $b$ とします。(上図では、入射粒子と標的粒子との鉛直方向距離が $b$ となります)
次に、入射粒子が標的粒子からの斤力を受けて運動する場合を考えます。このとき、入射粒子は中心力の斤力のみを受けながら運動しています。したがって、角運動量保存則が成立すると言えます。
今、入射粒子の角運動量を $l$ とすると、その大きさは定義より、
\begin{split}
l=mbv_0
\end{split}
とできます。さらに、入射粒子の質量を $m$、入射速度を $v_0$ とすると、運動エネルギー $E$ を用いて $\DL{v_0=\sqrt{\ff{2E}{m}}}$ の関係にあるので、上式は
\begin{split}
l=b\sqrt{2mE}
\end{split}
と変形できます。
さて、古典力学の立場からは $b$ と $E$ を与えれば、粒子の軌道は一義的に決まり、したがって散乱角も完全に決まります。(量子力学の世界では軌道は確定できず、確率に基づいて議論しなければなりません)
今、運動エネルギーが一定となるように調整すると $b$ のみにより散乱角が決まります。そのため、$b$ は衝突係数と呼ばれます。
衝突係数:斤力が存在しない場合の標的粒子との最近接距離
次に、入射原子を増やしていったときの散乱について考えていきます。
散乱断面積とは?
ここまでは一個の粒子を入射させた場合について考えました。ここでは複数の粒子を入射した場合の散乱について考えていきます。
まず、衝突係数 $b$ が異なれば、同じ散乱角となることは無いと仮定します。
この仮定の下では、$b$ から $b+\diff b$ の衝突係数の間で粒子を入射させると、常に $\Theta$ から $\Theta+\diff \Theta$ の間の散乱角となります。
ところで、入射させる粒子をリング状に配置すると、散乱された粒子たちもリング状となることが分かります。
この状況を記述するとき、立体角(ステラジアン)と呼ばれる概念が有用になります。すなわち、衝突係数が $b$ のとき、散乱された粒子が $\Omega$ の立体角を成すとすると、$b$ から $b+\diff b$ の間での立体角が $\Omega$ から $\Omega+\diff \Omega$ となると設定できます。
ここで散乱断面積という、次のように定義される量を導入します。
散乱断面積 $\sigma(\Omega)$ を次のように定義する。
\begin{split}
\sigma(\Omega)\diff \Omega=\ff{n}{I}
\end{split}
ただし、$I$ を単位面積・単位時間当たりの入射粒子の個数、$n$ を単位時間当たり立体角 $\diff \Omega$ の中に散乱される粒子数とする。
次節にて、散乱断面積と散乱角の関係について調べて今回の締めとします。
散乱断面積と微分方程式
先述の仮定より、衝突係数と散乱角の関係は一対一で対応しているので、通過する粒子について次の関係式が成立します。
\begin{split}
n=I\cdot 2\pi b\diff b=I\cdot 2\pi \sin\Theta \diff \Theta
\end{split}
これは先述の散乱断面積の定義式の右辺に適用して、
\begin{split}
\sigma(\Omega)\diff \Omega&=\ff{n}{I}=2\pi b \diff b
\end{split}
さらに、$\diff\Omega=2\pi(\sin\Theta\diff\Theta)$ であることより、
\begin{split}
&\sigma(\Omega)(2\pi\sin\Theta\diff\Theta)=2\pi b \diff b\EE
&\quad\therefore\, \sigma(\Omega)=\ff{b}{\sin\Theta}\ff{\diff b}{\diff \Theta}
\end{split}
が導けます。なお、粒子数は常に正の値となるので、散乱断面積はより正確には
\begin{split}
\sigma(\Omega)=\ff{b}{\sin\Theta}\left|\ff{\diff b}{\diff \Theta}\right|
\end{split}
と記述されます。
散乱断面積 $\sigma(\Omega)$ は衝突係数 $b$、散乱角 $\Theta$ を用いて次のように表される。
\begin{split}
\sigma(\Omega)=\ff{b}{\sin\Theta}\left|\ff{\diff b}{\diff \Theta}\right|\\
\,
\end{split}
これらの結果を用いて、次回はラザフォード散乱について考えていきます。