音速の導出過程について解説します。
普段から馴染み深い音について、物理学の視点から切り込んでいきます。
果たして、音速を理論的に求めることは可能なのでしょうか?
縦波と横波
音速を考える前に、音波の性質について考えます。
物理学的には音波は波の一種です。専門的には、波を伝える物質のことを媒質と呼びます。音波の場合では、空気が媒質となります。
さて、波はさらに横波と縦波に分類できます。
横波とは、波の進行方向と媒質の振動方向が直交した波のことです。一方、縦波とは、波の進行方向と媒質の振動方向が一致した波のことです。
ギターの弦の振動は典型的な横波の例の一つです。
ギターの弦は、振動しても自身の張力により元の位置に戻ろうとするため、進行方向と垂直に振動することができるのです。
一方、ばねの伸縮が伝わる様子は、縦波の例の一つととなります。このように縦波は媒質の密度変化が伝わることで、周期的な振動が起きます。
さて、音波が縦波であることは前述した通りです。このことから、音の正体が空気の密度変化であることが分かります。
音速の導出においては音波が縦波であることを利用します。具体的には空気中の微小要素が一方向に振動する様子を考察することで、音速を導出します。
音波の波動方程式
音波が縦波であることに注意しながら、音波が空気中を伝わる様子をモデル化してみましょう。
静止状態での気体の密度を$\rho_0$、圧力を$p_0$とします。
ただし、音波が$x$軸に沿って進む平面波の場合を考えます。このとき、時刻$t$、座標$x$での密度を$\rho(x, t)$、圧力を$p(x, t)$とできます。
空気中を進む音波を考えるにあたり、微小要素の振動を考えます。
今後の計算を楽にするため、微小要素の$x$方向の一辺の長さを$\D x$とし、$y, z$方向の一辺の長さを$1$とします。すなわち、微小要素の体積$V$は、$V = \D x$となります。
次に、時刻$t$での微小体積の$x$軸に垂直な面に働く圧力を考えます。
圧力は上図のように表せて、座標$x, x+\D x$での各圧力を$p(x, t), p(x+\D x, t)$とできます。
このとき、二つの面に働く圧力差は以下のように偏微分の形式で表せます。
\begin{eqnarray}
p(x, t) \,- p(x+\D x, t) &=& -\ff{ p(x+\D x, t) \, -\, p(x, t) }{\D x} \D x \EE
&\NEQ& -\ff{\del p}{\del x}\D x \tag{1}
\end{eqnarray}
圧力は単位面積当たりに働く力であるため、微小要素に働く力を計算できたことになります。
粒子速度
次に、微小要素の加速度を求めましょう。
個々の気体分子の運動は無秩序ですが、ある程度の大きさがある微小要素は秩序的な振動をしています。
そこで、微小要素の変位を$\xi$(グザイ)なる関数で表すとしましょう。
すなわち、位置$x, x+\D x$での変位をそれぞれ$\xi(x, t), \xi(x+\D x, t)$と表します。
さて、変位を時間で割ったものが速度でした。そのため、微小要素の移動する速度を$u$とすると、
\begin{eqnarray}
u &=& \ff{ \xi(x, t+\D t) \, -\, \xi(x, t) }{\D t} \EE
&\NEQ& \ff{\del \xi}{\del t}\ \tag{2}
\end{eqnarray}
と表せます。
そして、この速度$u$のことを粒子速度と呼びます。準備が整ったので、微小要素についての運動方程式を立ててみましょう。
微小体積の質量は$\rho_0 \D x$と近似でき、加速度は粒子速度を$t$で偏微分すれば良いので、$\DL{\ff{\del^2 \xi}{\del t^2} }$と表せます。
以上より、式(1), (2)から運動方程式を以下のように表せます。
\begin{eqnarray}
\rho_0 \D x\ff{\del^2 \xi}{\del t^2} &=& -\ff{\del p}{\del x}\D x \EE
\therefore \rho_0 \ff{\del^2 \xi}{\del t^2} &=& -\ff{\del p}{\del x}
\end{eqnarray}
音波の波動方程式
先ほど求めた運動方程式を整理しましょう。ネックになるのは、$\DL{\ff{\del^2 \xi}{\del t^2} }$です。
そこで、左辺を簡単にすることを考えます。さて、微小要素の体積が振動に伴い、$V$から$V + \D V$に変化したとしましょう。このとき、$V + \D V$は次のように表せます。
\begin{eqnarray}
V + \D V &=& \D x \,-\, \xi(x, t) + \xi(x+\D x, t) \EE
&=& \D x + \ff{\xi(x+\D x, t) \, -\, \xi(x, t)}{\D x} \D x \EE
&\NEQ& \left( 1+\ff{\del \xi}{\del x} \right) \D x = \left( 1+\ff{\del \xi}{\del x} \right) V
\end{eqnarray}
上式より、$\D V = \DL{\ff{\del \xi}{\del x}}V $とできて、$\DL{\ff{\D V}{V} = \ff{\del \xi}{\del x}} $となることが分かります。
ここで、$\D p = p(x,t) \,- p_0$と表し、密度$\rho_0$での体積弾性率を$\kappa$(カッパ)で表すとします。また、圧力と体積変化は、体積弾性率を用いて次のように表せます。
\begin{eqnarray}
\D p &=& -\kappa \ff{\D V}{V} \\
\end{eqnarray}
さらに、先ほどの関係式を適用すると、
\begin{eqnarray}
\D p &=& -\kappa \ff{\del \xi}{\del x} \tag{3} \\
\end{eqnarray}
となります。式(3)の両辺を$t$で二階微分すると、運動方程式の左辺を導け、
\begin{eqnarray}
\ff{\del^2 p}{\del t^2} &\NEQ& \ff{\del^2}{\del t^2}\D p \EE
&=& -\kappa \ff{\del^2}{\del t^2}\ff{\del \xi}{\del x} \EE
&=& -\kappa \ff{\del}{\del x}\ff{\del^2 \xi}{\del t^2} \EE
&=& \ff{\kappa}{{\rho}_0}\ff{\del^2 p}{\del x^2}
\end{eqnarray}
と整理できます。さらに、$c = \DL{\sqrt{\ff{\kappa}{{\rho}_0}}}$とすると、
\begin{eqnarray}
\ff{\del^2 p}{\del t^2} &=& c^2\ff{\del^2 p}{\del x^2}
\end{eqnarray}
と簡単にできます。この方程式のことを音波の波動方程式と呼びます。
音速の導出
音波の波動方程式を導出できました。
この方程式を解くことで、ある位置、ある時刻での圧力を計算により求めることができます。
とはいえ、この方程式は偏微分方程式であるので、解くのはかなり難しそうです。
また、今回知りたいのは音速であり、圧力変動にはあまり興味はありません。ネタバレになってしまいますが、音波の波動方程式の中で音速を表すのは$c$なのです。
そのため、音速の導出においては$c$を具体化することが重要になります。ということで、今後は$c$について具体化することを考えていきます。
断熱過程の体積と圧力の関係
音速を導出するにあたり、最も重要になるのは$\kappa$の具体化です。
話は変わりますが、気体が密度変化をする際の圧縮・膨張過程で気体の各小部分は仕事をしたりされたりします。
また、耳に聞こえる程度の振動数の音波では、熱平衡に達する前に圧縮・膨張過程が完了するため、熱力学的には断熱過程と見なせます。
さて、断熱過程では、圧力$p$と体積$V$の間に次の関係が成り立ちます。
この関係式をポアソンの関係式と呼びます。(→ポアソンの関係式の導出)
ここで、$\gamma$(ガンマ)を比熱比と呼び、定圧比熱$C_p$と定積比熱$C_V$との比で、$\gamma = \DL{\ff{C_p}{C_V}}$で表される定数です。(空気では$\gamma \NEQ 1.4$)
圧力に関して考えます。
圧力は、$k$を定数として$ p = kV^{-\gamma} $で表せ、これを$V$で微分すると、
\begin{eqnarray}
\ff{\diff p}{\diff V} &=& k\gamma V^{-\gamma – 1} \EE
&=& \gamma \ff{kV^{-\gamma}}{V} \EE
&=& -\ff{\gamma p}{V}
\end{eqnarray}
となります。係数を体積弾性率の$\DL{\ff{\D p}{\D V} = -\ff{\kappa}{V} }$の関係式と比較すると、体積弾性率が次のように表せます。
\begin{eqnarray}
\kappa = \gamma p \tag{4}
\end{eqnarray}
式(4)より、音速が$c=\DL{\sqrt{\ff{\gamma p}{{\rho}_0}}}$となることが分かります。
音速
もう少し、音速の式を簡単にしてみましょう。使うのは理想気体の状態方程式です。
さて、分子量$M$で$n$モルの理想気体の状態方程式は次のように表せました。($R$は気体定数)
\begin{eqnarray}
pV = nRT
\end{eqnarray}
また、密度${\rho}_0$については、
\begin{eqnarray}
{\rho}_0 = \ff{nM}{V}
\end{eqnarray}
であるので、式(4)に代入して整理すると、以下のように音速の式を導出することができます。
音速の公式を導くことができました。
せっかくなので、実際に計算してみましょう。
気温が$27 \, {}^{\circ}\RM{C}$のときの音速を計算しましょう。
空気の分子量$M$を$2.89\times10^{-2}\, \RM{kg/mol}$、気体定数$R$を$8.31\, \RM{J/mol\cdot K}$とします。
温度に関しては、絶対温度であるため$300 \, \RM{K}$となります。
以上を音速の式に代入すると、
\begin{eqnarray}
c &=& \sqrt{\ff{1.4 \times 8.31 \times 300}{2.89\times10^{-2}}} \EE
&\NEQ& 347
\end{eqnarray}
と計算でき、実測値の$348 \, \RM{m/s}$と良く一致することが分かります。
温度により音速が変わることは導出した式からも明らかでしょう。
実際、音速の計算式を近似することにより、気温が$T\, [\RM{{}^{\circ}C}]$での音速を次のように表せます。
\begin{eqnarray}
c = 331.5 + 0.61 T
\end{eqnarray}
今までは地上での音速を考えていましたが、縦方向に視野を広げ、高度による音速の変化を観察してみましょう。
とは言え、理論式を導出するようなことはせず、観測データの紹介だけにとどめておきます。
さて、アメリカの研究者によって観測されたデータによると、高度$70 \, \RM{km}$での音速は$294 \, \RM{m/s} $でした。
高度$70 \, \RM{km}$での空気の密度が$6.6\times 10^{-5} \, \RM{kg/m^3}$あることを考慮すると、地上の空気の密度($1.3 \, \RM{kg/m^3}$)に比べて4桁程度も小さいのですが、意外にも音速はほぼ変化しないようです。
密度がダイナミックに変化しても、音速がほとんど変わらないとう事実は不思議な結果です。