今回は、力学の二大分野である静力学と動力学について解説します。
時間経過によって系を構成する要素の相対的な位置が変化しない状態を平衡状態と呼び、そのときの力やモーメントを解析する力学の分野を静力学(英語:statics)と呼びます。
一方で、物体に作用する力やモーメントと運動との関係を解析する力学の分野を動力学(英語: dynamics)と呼びます。
静力学は動力学に比べて退屈で地味な印象を持つかもしれませんが、古典力学のあらゆる分野の基礎となるため、応用分野進むほど重要性が増していきます。
静力学を応用した分野に、材料力学や静止流体力学があります。
確かに動力学の計算は複雑で難しいですが、難しさを乗り越えた先に物理学の面白さ、明確に現実との関わりを感じられるため、楽しい分野でもあります。今回は、力学の二大分野である静力学と動力学について解説します。
静力学
静力学(statics)とは、平衡状態の物体に作用する力やモーメント(=トルク)について解析する力学の一分野です。
ここで、平衡状態とは「時間経過によって系の各要素の相対的な位置が変化しない状態」のことを言います。
静止状態はもちろんこの定義に当てはまりますが、もう一つ、等速直線運動も平衡状態に当てはまります。静止状態と等速直線運動は区別が付かないため、静止状態の議論はそのまま等速直線運動に適用することができます。
力の釣り合い
静力学で一番始めに取り上げられることは力の釣り合いです。
図のように二通りのパターンで力が働いている様子を考えましょう。
まず、左図のように左右から向きが逆で大きさが等しい力が同一直線上に働いているとき、物体は静止(または等速直線運動)します。
しかし、大きさが等しい場合でも、右図のような方向で力が働いているとき物体は下方向に加速されます。
下方向に加速される理由については力がベクトルとして表されることを思い出すと解決できます。(→力のベクトル分解)すなわち、水平方向と鉛直方向に左右のベクトルを分解すると下図のようにできて、
さらにベクトルが平行移動できることを利用して、図のように移動させると、水平方向の力(青色)は打ち消し合うことが分かります。
しかし、鉛直方向の力は打ち消し合わずに残るため物体を加速させます。
具体的にどの程度の大きさの加速度になるかは、運動方程式を用いることで計算することができます。この状態の物体を静止させるためには、追加の力が必要です。
最も簡単な方法は、上図のように下方向から追加の力を加えることです。
これにより物体は静止します。これをベクトルによって表すと、
\begin{split}
\B{F}_1 + \B{F}_2 + \B{F}_3 = \B{0}
\end{split}
とできて、力が釣り合うとき全ての力のベクトルについて足し合わせるとその和は$\B{0}$になると言えます。
モーメントの釣り合い
では、大きさが等しく向きが逆であっても、同一直線上には無い力が働いているときどうなるでしょうか。
実際に実験してみればすぐに分かりますが、物体は回転運動します。(並進運動はしません)
この場合、物体は平衡状態には無いため、定義より静力学の範疇には入りません。先程は物体は静止していたのに、今回の場合に物体が回転した理由はモーメントが釣り合っていないためです。
モーメントとは支点周りに物体を回転させる能力のことです。モーメントの大きさは、「支点から力までの距離」×「力の大きさ」で表されます。
正確には、支点から力の位置までのベクトル$\B{r}$と力を$\B{F}$として、モーメント$\B{N}$は$\B{r}\times\B{F}$と外積で表現され、回転方向の情報も含まれます。
モーメントはベクトルであり、回転させる作用の大きさと回転方向の情報も含んだ物理量であることを覚えておくと後に役立ちます。(→コマの回転とモーメントによる表現)
この例では、$\B{N}_1 = \B{r}_1\times\B{F} > \B{N}_2 = \B{r}_2\times\B{F}$となるので、天秤は反時計回りに回転します。
モーメントが釣り合うとき、力の釣り合いと同様に$\B{N}_1 + \B{N}_2 = \B{0}$となる必要があります。
物体の静止条件
以上のことを考え合わせると物体が静止する、すなわち物体が釣り合う条件が分かります。
すなわち、物体は力の釣り合い、かつモーメントが釣り合っているとき物体は静止するので、
と物体の釣り合い条件を記述することができます。物体の釣り合い条件を一般的に表現すると、次の式で表せます。
$$
\left\{
\begin{split}
&\sum \B{F}_i = \B{F}_1 + \B{F}_2 + \cdots \B{F}_n = \B{0}\EE\\
&\sum \B{N}_i = \B{N}_1 + \B{N}_2 + \cdots \B{N}_n = \B{0}\EE
\end{split}
\right.
$$
物体の釣り合い条件は材料力学にて解法の鍵となる重要な要素です。
動力学
動力学(dynamics)は、物体に作用する力やモーメントと運動との関係を扱う力学の一分野です。
主に運動方程式を解くことが中心的な課題となり、特に微分方程式が中心的な話題になります。
動力学と関連がある分野としては,物体の運動を記述する方法を扱う運動学や機構学があります。
動力学は質点の力学と質点系の力学に大別され、質点の力学においては運動方程式が、質点系の力学においては、運動方程式に加えて回転運動も考慮します。(→質点系の力学)
質点系の力学の応用として、剛体力学、流体力学などがあります。
また、力が質点の位置のみに依存する場合には、運動エネルギーとポテンシャルエネルギー(位置エネルギー)の和が一定となることが導けます。これは、力学的エネルギーの保存則であり、様々な問題で重宝する便利な法則です。
運動方程式とは?
力学の基礎を成すニュートンの三法則の中で、動力学では第二法則が中心的な存在になります。
なお、第二法則は運動の法則とも呼ばれます。
質量$m$の物体に$\B{F}$の力が働いているとき、力が働く方向に$\B{a}$の加速度が働きます。これを式で表すと、
\begin{split}
\B{F} &= m\B{a}
\end{split}
となります。
高校物理学では、この方程式を運動方程式として習いましたが、運動の法則をより一般的に表現するためには運動量を用いる必要があります。
なぜなら、運動の過程で質量が変化する場合もあるためです。
例えば、自動車はガソリンを消費して走行するため、時々刻々と質量が変化しますし、ロケットも同様に質量が変化します。
運動の法則は、質量と速度の積である運動量の時間変化を用いることで、より一般的な表現にすることができます。運動量を使って、運動方程式を書き換えると、
\begin{split}
\B{F} &= \ff{\diff \B{p}}{\diff t}
\end{split}
となります。
こうすることにより、運動方程式はあらゆる運動に対して普遍的に適用できる強力な道具となります。大学以降の物理学ではこの運動方程式も用いられます。(→ロケット方程式での適用事例)
運動学/機構学
動力学に関連する分野として、運動学や機構学があります。
動力学では物体に作用する力によって生じた運動について考えますが、運動学では力について考えずに物体の構成要素の相対運動にのみ着目します。
運動学の中でも、特に機械の部品同士の相対運動、すなわち機構に注目して幾何学的な関係から運動を解析する分野を機構学と呼びます。
機構学は、機械工学やロボット工学で重要になります。
仮想仕事の原理
さて、静力学と動力学の境目に着目してみましょう。
物体が静止しているとき、物体の釣り合い条件より、次のような関係が成立します。(右向きを正とします)
\begin{split}
\B{F}_1 + (-\B{F}_2) &= \B{0}
\end{split}
この結果は当たり前で、あまり面白味はありません。そこで、物体を仮想的に動かしてみることにしましょう。
大きく動かすと力のバランスが崩れてしまうため、ほんのちょっとだけ動かします。
ほんの少しの移動距離を$\delta r$として仕事$\delta W$を計算します。仕事は「力」×「移動距離」として表されるので、
\begin{split}
\delta W &= F_1\cdot\delta r+(-F_2)\cdot\delta r \EE
&= (F_1 \,- F_2)\cdot\delta r \EE
&= 0
\end{split}
と求められます。(→【仕事とは?】仕事の計算方法)
式より、多少移動しても釣り合っている力自体の仕事は$0$になることが分かります。
このような結果になるのは、移動の前後で力が釣り合っている状態が維持されているためです。この事実はより複雑な一般の状況でも成立します。そのため、仮想仕事の原理という名前が付けれらています。
今回は単純な例のため、仮想仕事の原理の有用性を実感できませんが、複雑な拘束を受ける物体の釣り合いを考えるときに威力を発揮します。
ダランベールの原理
仮想仕事の原理は静力学において有用な解析手法のため、動力学にも拡張したいという要望がありました。
仮想仕事の原理を動力学にも適用できるように生み出されたのがダランベールの原理です。
まずは、$\B{F}_1$の力を受けて加速度$\B{a}$で運動する物体を考えます。このとき、加速度の大きさは$\DL{a=\ff{F_1}{m}}$となります。
先程と同様に$\delta r$移動したとすると、力がした仕事の大きさは$F_1\delta r$となります。慣性系から物体を眺めた場合、図のようになります。
一方、物体と共に移動する座標系、すなわち非慣性系から物体を見ると慣性力が現れ、物体はあたかも静止しているように感じられます。
さて、慣性力の大きさは$ma$であり、$F_1$とは逆向きに働くことは高校物理でも学びました。非慣性系では物体は静止していて、力が釣り合っているように感じられるため、次の式が成立します。
\begin{split}
\B{F}_1 -m\B{a} &= \B{0}
\end{split}
この状態で仕事について考えると、
\begin{split}
\diff W &= (F -ma)\delta r = 0
\end{split}
となって、仮想仕事の原理と同様の形式を導くことができました。動力学の世界ではこれをダランベールの原理と呼びます。
今後の展開を先取りすると、ダランベールの原理から最小作用の原理を経由してオイラー・ラグランジュ方程式を導くことができます。
オイラー・ラグランジュ方程式は解析力学の根幹を成す、力学の運動方程式に相当する重要な方程式です。