ジュール・トムソン効果とは?|冷凍機の物理学

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冷蔵庫やエアコンは低温側から熱を取り去って、高温側に熱を捨てるという離れ業を行っています。

当然、熱の性質に逆行することを実現するには工夫が必要です。これらの装置では、図のような冷媒と呼ばれるガスを循環させることで、外気との熱の交換を行います。

冷凍機の概念図

冷媒は冷凍庫内と外気との間で循環していて、循環の中で、ある操作をすることで、冷媒を庫内の温度よりも低い温度 $T_L$ とします。すると、冷媒は庫内の熱を奪うことができ、その後断熱圧縮を行って外気温よりも高温として排熱をしています。

このサイクルの中で最も重要なのは、冷媒の温度を低下させる”ある操作”です。

この操作では、ジュール・トムソン効果と呼ばれる現象が中心的な役割を果たします。言い換えると、ジュール・トムソン効果こそが、冷凍機などの冷却装置の動作原理であると言えます。

ジュール・トムソン効果

断熱容器の中で実在気体が細孔から仕事をせずに不可逆的に流れ出るとき、
気体に温度変化が生じる。これをジュール・トムソン効果と呼ぶ。
なお、理想気体の場合は気体に温度変化は生じない。

今回は冷却装置の動作原理である、ジュール・トムソン効果がなぜ起きるのかについて、その理論的な背景を解説します。

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ジュール・トムソンの実験

ジュール・トムソン効果が起きる理論的な背景について説明する前に、ジュール・トムソンの実験について見ていきます。

ディーゼルエンジンでは、断熱圧縮により気体を高温にして着火させています。これとは逆に、断熱的に膨張させれば、気体の温度を下げることができそうです。

可逆断熱膨張であれば温度は必ず下がりますが、機構として複雑になるため、もっと単純な断熱的な膨張を採用することにします。

もし、単純な操作により温度が下がるのであれば、冷凍機に活用できるでしょう。これについて確認するため、ジュールとトムソンにより以下のような実験が行れました。

ジュール・トムソンの実験

断熱されたパイプの中で左から右に気体が流れており、ある場所で綿により区切られているとします。

このとき、綿を挟んで上流側と下流側の圧力が $p_1,p_2$ になったとします。なお、上流側から単位時間当たり、体積 $V_1$ の気体が流入して下流側で $V_2$ に膨張したとします。

この状況に対して、熱力学第一法則を適用すると、

\begin{split}
U_2-U_1=p_1V_1-p_2V_2
\end{split}

が得られます。ただし、上流側と下流側の内部エネルギーをそれぞれ $U_1,U_2$ とします。

※ この過程は不可逆過程であり、エンタルピーが一定であることが可逆断熱過程と異なる点です。

もし、この過程にて $U_2<U_1$ となれば気体の温度が低下したと言えます。

さて、肝心の実験結果ですが意外なことに、理想気体に近い密度の低い気体の場合には気体の温度変化がほとんど起きず、気体の密度が大きくなると、気体に温度変化が生じるという結果となりました。

そして、綿のような細孔栓を通過した前後で温度が変化する現象のことを、発見者の名前を冠してジュール・トムソン効果と呼びます。

ジュール・トムソン効果

断熱容器の中で実在気体が細孔から仕事をせずに不可逆的に流れ出るとき、
気体に温度変化が生じる。これをジュール・トムソン効果と呼ぶ。
なお、理想気体の場合は気体に温度変化は生じない。

ジュール・トムソン効果の重要な性質として、気体が後ほど紹介する逆転温度未満の場合、気体の温度が低下します。したがって、この効果は気体を冷却する手法、すなわち冷凍機の原理として用いられます。

ジュール・トムソン効果が理想気体にて表れないのは、内部エネルギーが温度のみの関数であり、体積変化と無関係であることに起因します。

ここからは、ジュール・トムソン効果がなぜ起きるのか?ということを理論的に解説していきます。

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ジュール・トムソン係数の導出

さて、前述のような細孔栓を通して気体を膨張させる方法のことを、ジュール・トムソン膨張と呼びます。

ジュール・トムソン膨張での温度変化を調べる準備として、気体の内部エネルギーエンタルピーの関係について調べていきます。

このような関係を調べる場合、微小変化を調べるのが基本方針となります。すなわち、内部エネルギーを $U$、エンタルピーを $H$ として、その微小変化はエントロピーの微小変化を $\diff S$ として

\begin{split}
\diff U&=T\diff S-p\diff V \EE
\diff H&=T\diff S+V\diff p
\end{split}

とできます。($Q=T\diff S$ であることも利用しています)

$\diff S$ についてはエントロピーが $S(T,V)$ または $S(T,p)$ の二変数関数として表せる(デュエムの定理)ため、

$$
\left\{
\begin{split}
\diff S&=\ff{\del S}{\del T}\diff T+\ff{\del S}{\del V}\diff V \\[8pt]
\diff S&=\ff{\del S}{\del T}\diff T+\ff{\del S}{\del p}\diff p
\end{split}
\right.
$$

のように二通りで表現できます。

$\DL{\ff{\del S}{\del T},\ff{\del S}{\del p}}$ についてはさらに、定積比熱と定圧比熱の定義式より、

\begin{split}
c_v&=\ff{\del u}{\del T}=\ff{\del q}{\del T}=T\ff{\del S}{\del T} \\[8pt]
c_p&=\ff{\del h}{\del T}=\ff{\del q}{\del T}=T\ff{\del S}{\del T}
\end{split}

であることが言えます。この結果を上の二式に適用すると、

$$
\left\{
\begin{split}
T\diff S&=c_v\,\diff T+T\ff{\del S}{\del V}\diff V \\[8pt]
T\diff S&=c_p\,\diff T+T\ff{\del S}{\del p}\diff p
\end{split}
\right.
$$

が得られて、さらにマクスウェルの関係式を適用すると、

$$
\left\{
\begin{split}
T\diff S&=c_v\,\diff T+T\ff{\del p}{\del T}\diff V \\[8pt]
T\diff S&=c_p\,\diff T-T\ff{\del V}{\del T}\diff p
\end{split}
\right.
$$

これを最初の内部エネルギーとエンタルピーの式に適用すると、

$$
\left\{
\begin{split}
\diff U&=c_v\,\diff T+\left(T\ff{\del p}{\del T}-p\right)\diff V \\[8pt]
\diff H&=c_p\,\diff T-\left(T\ff{\del V}{\del T}-V\right)\diff p
\end{split}
\right.
$$

という、内部エネルギとエンタルピーの全微分の関係式が得られます。

ジュール・トムソン膨張と温度変化の関係

ジュール・トムソン膨張では、エンタルピーが一定の状態で圧力が変化する現象のため、$\DL{\ff{\del H}{\del p}}$ について調べれば良いと言えます。

さて、$H$ を $T,p$ の二変数関数であると考えると、前述の全微分の係数と比較することで

\begin{split}
\ff{\del H}{\del p} &=-T\ff{\del V}{\del T}+V
\end{split}

という関係式が得られます。

今、ジュール・トムソン膨張における温度変化を知りたいため、$\DL{\ff{\del T}{\del p}}$ を求めることが目標となります。

$\DL{\ff{\del T}{\del p}}$ は連鎖律を用いることで以下のように計算できます。

\begin{eqnarray}
\ff{\del T}{\del p} &=& \ff{\del T}{\del H}\ff{\del H}{\del p}\EE
&=&\ff{1}{c_p}\left(T\ff{\del V}{\del T}-V\right) \EE
\therefore\,\left.\ff{\del T}{\del p}\right|_{H=const.}&=& \ff{T^2}{c_p}\ff{\del}{\del T}\left(\ff{V}{T} \right)=\mu\tag{1}
\end{eqnarray}

式$(1)$は気体でも液体でも成立します。したがってこの式は、流体ジュール・トムソン膨張するときの温度変化の度合いを表すと言えるため、これを $\mu$(ミュー)で表し、ジュール・トムソン係数と呼びます。

ジュール・トムソン係数

以下の偏微分により表される係数をジュール・トムソン係数 $\mu$ と呼び、次のように表される。

\begin{eqnarray}
\mu=\ff{\del T}{\del p}&=& \ff{T^2}{c_p}\ff{\del}{\del T}\left(\ff{V}{T} \right)\\
\end{eqnarray}

ただし、$T,p,V$ を温度・気体・体積とし、$c_p$ を定圧比熱とする。

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ジュール・トムソン効果の熱力学的解析

式$(1)$より、$\mu>0$ であれば、圧力低下と共に温度が低下し、$\mu<0$ であれば温度は上昇します。さて、$\mu=\DL{\ff{1}{c_p}\left(T\ff{\del V}{\del T}-V\right)}$ であることから、

\begin{split}
\ff{\del V}{\del T}=\ff{V}{T}
\end{split}

にて、$\mu=0$ となることが分かります。

上式の関係が成立する温度のとき、圧力と温度変化の関係が反転するので、逆転温度と呼ばれます。そして、色々なエンタルピーの大きさに対して逆転温度を調べていくと、あるエンタルピーにて逆転温度が頭打ちになります。この温度のことを、最高逆転温度と呼びます。

※ 理想気体の場合は、$\DL{\ff{V}{T}=\ff{nR_0}{p}}$ となるので、常に上式を満足することとなります。このことからも、理想気体ではジュール・トムソン効果が生じないことが言えます。

さて、窒素や酸素の場合は最高逆転温度が室温より $300\,\RM{K}$ 以上も高いため、ジュール・トムソン効果を利用して、これらの気体を室温から冷却することができます。一方、水素やヘリウムの最高逆転温度は常温よりかなり低いため、ジュール・トムソン効果を利用するために、室温から冷却してやる必要があります。

最高逆転温度の導出

実際に、実在気体がファン・デル・ワールスの状態方程式に従うときの逆転温度を求めてみましょう。

簡単のため、$n=1$ とします。まず、$T$ について整理すると、

\begin{split}
T=\ff{1}{R_0}\left(p+\ff{a}{V^2}\right)\left(V-b\right)
\end{split}

となるので、

\begin{split}
\ff{\del V}{\del T}&=\ff{1}{\DL{\ff{\del T}{\del V}}}\EE
&= \ff{1}{T}\ff{R_0T}{\DL{p-\ff{a}{V^2}+\ff{2ab}{V^3}}}
\end{split}

これより、

\begin{split}
\mu&=\ff{1}{c_p}\left(T\ff{\del V}{\del T}-V \right) \EE
&= \ff{1}{c_p}\left(\ff{R_0T}{\DL{p-\ff{a}{V^2}+\ff{2ab}{V^3}}}-V\right)\EE
\end{split}

$\mu=0$ を満たす $T$ は逆転温度のため、

\begin{split}
T=\ff{1}{R}\left( pV-\ff{a}{V}+\ff{2ab}{V^2} \right)
\end{split}

が得られます。

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