平均自由行程の定義と導出|気体分子と運動の理論

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気体分子運動論では、分子の大きさを近似的に $0$ として議論を進めましたが、実際は分子には大きさがあります。ゆえに、気体分子の大きさを考慮する場合、分子同士の衝突を考える必要が生じます。

気体中には無数の分子が飛び回っているため、衝突も頻繁に起きています。つまり、分子は真っ直ぐ飛び続けることはできず、ある程度の距離を飛ぶと他の分子と衝突することになります。

気体分子運動論では、ある分子が他の分子と衝突するまでの平均距離のこを平均自由行程と呼びます。そして、平均自由行程は次のように計算されます。

平均自由行程

$m_1$ を注目分子の質量、$m_2$ を標的分子の質量とする。これらの分子がマクスウェル分布に従う速度分布を持つとき、注目分子の平均自由行程 $\lambda$(ラムダ)は次のように表される。

\begin{split}
\lambda=\ff{1}{\sigma n}\sqrt{\ff{m_2}{m_1+m_2}}
\end{split}

ただし、$\sigma$ を衝突断面積、$n$ を数密度(単体積中に含まれる粒子数)とする。

今回は、上式で表される平均自由行程の導出過程について解説します。導出の準備としてまずは、平均自由行程の定義と最も単純な場合の平均自由行程の導出を行います。

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平均自由行程とは?

気体分子は他の分子と衝突を繰り返しながら空間を飛び回っています。

このとき、注目分子が衝突した瞬間から次に衝突するまでの距離のことを自由行程と呼びます。そして、自由行程の平均値のことを平均自由行程と呼びます。

自由行程の模式図
自由行程と平均自由行程

自由行程:注目分子が衝突した瞬間から次に衝突するまでの距離

平均自由行程:自由行程の平均値              

例えば、時間 $t$ の間に注目分子が $s$ 回衝突し、トータルで $L$ の距離を移動したとします。すると、平均自由行程 $\lambda$(ラムダ)は次のように表せます。

\begin{split}
\lambda=\ff{L}{s}
\end{split}

ここで、注目分子の平均速度を $\bar{v}$ とすると、$L=\bar{v}t$ と表せるため、

\begin{split}
\lambda=\ff{\bar{v}t}{s}=\ff{\bar{v}}{s/t}=\ff{\bar{v}}{Z}
\end{split}

と変形できます。分母に現れる $\DL{\ff{s}{t}}$ は単位時間当たりの衝突回数と見なせるので、これに衝突頻度という名前を付け、$Z$ と表すことにします。

平均自由行程の模式図

簡単のため、全ての分子の直径が $d$(半径 $2r$)の球体であるとします。この設定の下では、注目分子と衝突するのは分子の中心から直径 $2d$ の範囲内に存在する分子であると言えます。

ここで、注目分子の $2$ 倍の直径の断面積を衝突断面積と呼ぶことにし、$\DL{\sigma=\pi d^2}$ と置くことにします。そして、気体の数密度(単体積中に含まれる粒子数)を $n$ とすると、単位体積当たり、この範囲に含まれる分子数は $n\sigma$ となることが分かります。

さて、注目分子と標的分子たちとの平均的な相対速度を $\overline{v_r}$ とします。すると、標的分子は単位時間当たり正味、$\overline{v_r}$ だけが進むと考えられるので、衝突頻度 $Z$ を

\begin{split}
Z=\sigma \overline{v_r} n
\end{split}

と表せます。したがって、平均自由行程は以下のように表せます。

\begin{split}
\lambda=\ff{\bar{v}}{\sigma \overline{v_r} n}
\end{split}

平均自由行程の公式

$\bar{v}$ を注目分子の平均速度、$\overline{v_r}$ を注目分子と標的分子との間の平均的な相対速度とする。このとき、平均自由行程 $\lambda$ を次のように表せる。

\begin{split}
\lambda=\ff{\bar{v}}{\sigma \overline{v_r} n}
\end{split}

ただし、$\sigma$ を衝突断面積、$n$ を数密度(単体積中に含まれる粒子数)とする。

最も単純な場合の平均自由行程

上の公式を利用し、まずは最も単純な状況での平均自由行程について考えます。すなわち、注目分子のみが速度 $v$ で運動しており、それ以外の分子は静止している状況について考えます。

このとき、注目分子の平均速度は $v$、そして相対速度も $v$ となります。したがって、上の公式より平均自由行程は、

\begin{split}
\lambda=\ff{\bar{v}}{\sigma \overline{v_r} n}=\ff{v}{\sigma v n}=\ff{1}{\sigma n}
\end{split}

と求められます。

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一様速度における平均自由行程の導出

より現実に即した平均自由行程の計算を行いましょう。本当は分子速度がマクスウェル分布に従う状況を考えたいですが、いきなりこれを考えるのは難しいので、簡単に一様な速度全ての分子が運動している状況での平均自由行程を求めます。

一様速度での平均自由行程

ここで、標的分子 $\RM{A}$ に対して角度 $\q$ で注目分子が運動しているとします。すると、注目分子の $\RM{A}$ に対する相対速度 $v_r$ は、余弦定理を用いることで、

\begin{split}
v_r=\sqrt{v^2+v^2-2v^2\cos\q}
\end{split}

と計算できます。平均自由行程の計算のために、知りたいのは $v_r$ の平均値 $\overline{v_r}$ です。

$\overline{v_r}$ を考えるに当たり、ポイントとなるのは分子が全てランダムに運動しているという事実です。

つまり、注目分子と標的分子との間の角度は $0\sim 2\pi$ まで等確率で実現されるので、$\cos\q$ の平均値(=期待値)を考えれば良いと言えます。

さて、$\cos\q$ の平均値は積分計算から分かるように $0$ となります。ゆえに、相対速度の平均値 $\overline{v_r}$ を、

\begin{split}
\overline{v_r}=\sqrt{v^2+v^2-2v^2\cdot 0} =\sqrt{2}v
\end{split}

と求められます。

今、注目分子の平均速度 $\bar{v}$ は $\bar{v}=v$ となります。ゆえに平均自由行程は公式より

\begin{split}
\lambda=\ff{\bar{v}}{\sigma \overline{v_r} n}=\ff{v}{\sqrt{2}v\sigma n}=\ff{1}{\sqrt{2}\sigma n}
\end{split}

と求められます。

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マクスウェル分布における平均自由行程の導出

では、より一般の場合、すなわち注目分子も標的分子もマクスウェルの速度分布に従っている場合における、平均自由行程の計算を行っていきます。ここでは、注目粒子の質量を $m_1$、標的分子の質量を $m_2$ とします。

マクスウェル分布に従う場合の平均自由行程

平均自由行程を求めるに当たり、必要となるのは相対速度の平均値 $\overline{v_r}$ です。これを考えるとき、確率の知識が生きてきます。

具体的には、ある確率変数 $x$ が確率分布 $f(x)$ に従うとき、その期待値 $E$ は $\DL{E=\int_{-\infty}^{\infty}xf(x)\diff x}$ と計算でき、さらに、期待値は平均値と一致するという二つの知識を用います。

ゆえに、$v_r$ の速さの分布が $g(v_r)$ と表せるとき、$\overline{v_r}$ が次のように計算できます。

\begin{eqnarray}
\overline{v_r}=\int_{0}^{\infty}v_r g(v_r)\diff v_r\tag{a}
\end{eqnarray}

※ 速さは $0$ 以上の値であるため、積分区間は $[0,\infty]$ となります。

上の値を得るためには $g(v_r)$ を決定しなければなりません。今、注目分子と標的分子の速さの分布がマクスウェルの速度分布に従うため、その積を

\begin{eqnarray}
g(v_1)g(v_2)&=16\pi^2\left( \ff{m_1m_2}{4\pi^2 k_B^2 T^2} \right)^{\ff{3}{2}}v_1^2v_2^2\exp\left( -\ff{m_1v_1^2+m_2v_2^2}{2k_B T}\right)\tag{1}
\end{eqnarray}

と表せます。ところで、二つの分子の重心速度を $\B{V},$ 相対速度を $\B{v}_r$ とすると、これはそれぞれ

$$
\left\{
\begin{split}
\B{V}&=\ff{m_1\B{v}_1+m_2\B{v}_2}{m_1+m_2}\EE
\B{v}_r&=\B{v}_1-\B{v}_2
\end{split}
\right.
$$

とできるので、式$(1)$に現れる $\DL{m_1v_1^2+m_2v_2^2}$ を

\begin{split}
m_1v_1^2+m_2v_2^2&=(m_1+m_2)V^2+\ff{m_1m_2}{m_1+m_2}v_r^2\EE
&=(m_1+m_2)V^2+\mu v_r^2
\end{split}

と変形できます。なお、$\mu=\DL{\ff{m_1m_2}{m_1+m_2}}$ とします。次に、

\begin{split}
g(V)g(v_r)\diff V\diff v_r
\end{split}

について考えます。これは、$g(v_1)g(v_2)\diff v_1\diff v_2$ から $g(V)g(v_r)\diff V\diff v_r$ への変数変換と見なすことができ、計算過程は省略しますがヤコビアンの計算を行うことで、

\begin{split}
\diff v_1\diff v_2=\diff V\diff v_r
\end{split}

の対応関係にあることが分かります。したがって、

\begin{split}
&g(v_1)g(v_2)\diff v_1\diff v_2=g(V)g(v_r)\diff V\diff v_r\EE
=&16\pi^2\left( \ff{m_1m_2}{4\pi^2 k_B^2 T^2} \right)^{\ff{3}{2}}V^2v_r^2\exp\left\{ -\ff{(m_1+m_2)V^2+\mu v_r^2}{2k_B T} \right\}\diff V\diff v_r
\end{split}

上式を $[0,\infty]$ の積分区間で $V$ にて積分すると、

\begin{split}
&16\pi^2\left( \ff{m_1m_2}{4\pi^2 k_B^2 T^2} \right)^{\ff{3}{2}}\int_{0}^{\infty}V^2\exp\left\{ -\ff{(m_1+m_2)V^2}{2k_B T}\right\}\diff V\cdot v_r^2\exp\left( -\ff{\mu v_r^2}{2k_B T} \right)\diff v_r\EE
=&\,16\pi^2\left( \ff{m_1m_2}{4\pi^2 k_B^2 T^2} \right)^{\ff{3}{2}}\cdot \ff{\sqrt{\pi}}{4}\left( \ff{2k_BT}{m_1+m_2} \right)^{\ff{3}{2}}\cdot v_r^2\exp\left( -\ff{\mu v_r^2}{2k_B T} \right)\diff v_r\EE
=&\ff{4}{\sqrt{\pi}}\left( \ff{\mu}{2k_BT}\right)^{\ff{3}{2}}v_r^2\exp\left( -\ff{\mu v_r^2}{2k_B T} \right)\diff v_r=g(v_r)\diff v_r
\end{split}

こちらで計算したように $\DL{\int_0^{\infty} x^2e^{-ax^2}=\ff{\sqrt{\pi}}{4}a^{-\ff{3}{2}}}$ であることを利用しています。

この結果を用いると、式$(a)$ を以下のように求められます。

\begin{split}
\overline{v_r}&=\int_{0}^{\infty}v_r g(v_r)\diff v_r\EE
&=\ff{4}{\sqrt{\pi}}\left( \ff{\mu}{2k_BT}\right)^{\ff{3}{2}}\int_0^{\infty}v_r^3\exp\left( -\ff{\mu v_r^2}{2k_B T} \right)\EE
&=\ff{4}{\sqrt{\pi}}\left( \ff{\mu}{2k_BT}\right)^{\ff{3}{2}}\cdot \ff{1}{2}\left( \ff{2k_BT}{\mu} \right)^2\EE
&=\sqrt{\ff{8k_BT}{\pi\mu}}
\end{split}

無事に相対速度の平均値が求められました。

そして、注目分子の速さの平均値は $\bar{v}_1=\DL{\sqrt{\ff{8k_BT}{\pi m_1}}}$ となります、ゆえに、平均自由行程は公式より、

\begin{split}
\lambda=\ff{\bar{v}_1}{\sigma n \overline{v_r}}=\ff{1}{\sigma n}\sqrt{\ff{m_2}{m_1+m_2}}
\end{split}

と計算できます。

平均自由行程

$m_1$ を注目分子の質量、$m_2$ を標的分子の質量とする。これらの分子がマクスウェル分布に従う速度分布を持つとき、注目分子の平均自由行程 $\lambda$(ラムダ)は次のように表される。

\begin{split}
\lambda=\ff{1}{\sigma n}\sqrt{\ff{m_2}{m_1+m_2}}
\end{split}

ただし、$\sigma$ を衝突断面積、$n$ を数密度(単体積中に含まれる粒子数)とする。

なお、全ての分子の質量が同じとき平均自由行程は偶然にも $\DL{\ff{1}{\sqrt{2}\sigma n}}$ となることも分かります。

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平均自由行程と圧力の相関

平均自由行程と圧力の関係を考えてみましょう。これを考えるときは、数密度を圧力の形に書き換えることがポイントとなります。

すなわち、気体の状態方程式より圧力 $p$、体積 $V$、一般気体定数を $R_0$、絶対温度 $T$、モル数を $m$ として

\begin{split}
pV=mR_0T=\ff{N}{N_A}RT
\end{split}

とできて、$m$ はアボガドロ数 $N_A$ と体積中に含まれる分子数 $N$ との比であり、$\DL{\ff{N}{N_A}}$ となるので、上に適用して、

\begin{split}
\ff{N}{V}=\ff{pN_A}{R_0T}
\end{split}

が得られます。これより数密度を $n=\DL{\ff{pN_A}{R_0T}}$ とできます。この結果を先程求めた平均自由行程の式に適用すると、

\begin{split}
\lambda=\ff{R_0T}{\sigma N_A}\sqrt{\ff{m_2}{m_1+m_2}}\cdot\ff{1}{p}
\end{split}

が得られます。

$T$ が一定のとき、$\lambda$ は $p$ に反比例するため、圧力が上昇するにつれて平均自由行程は減少することが言えます。

平均自由行程の計算

今までの結果を用いて、実際に窒素の平均自由行程を計算してみましょう。諸元として、一般気体定数 $R_0=8.31\,\RM{J/mol}$、絶対温度 $T=300\,\RM{K}$、アボガドロ数 $N_A=6.02\times 10^{23}$、窒素の直径を $4.0\times 10^{-10}\,\RM{m}$、そして、圧力を $p=0.1\,\RM{MPa}=1.0\times 10^5\,\RM{Pa}$ とします。

以上より、平均自由行程 $\lambda$ を

\begin{split}
\lambda&=\ff{8.31\times 300}{\pi\times(4.0\times10^{-10})^2\times 6.02\times 10^{23}\times\sqrt{2}}\cdot\ff{1}{1.0\times 10^5} \EE
&\NEQ 60\,\RM{nm}
\end{split}

と求められます。仮に圧力を $0.1\, \RM{Pa}$ まで下げたとすると、その平均自由行程は約 $60\,\RM{mm}$ となります。

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