エントロピー増大則は、孤立系にて不可逆変化が起きたときエントロピーが必ず増大することを示したものです。
エントロピー増大則は、『孤立系が熱力学的平衡に向かう方向は、エントロピーが増大する方向である』とも言い換えられます。
今回は、エントロピーがこのような関係となる物理学的な背景と、エントロピー増大則に関する例題についても解説します。
エントロピーの計算公式
エントロピーを具体的に計算するにあたり、その公式を導出することを考えます。
まず、エントロピーの微分形式は次のように表せて、
\begin{split}
\diff S=\ff{\diff Q}{T}
\end{split}
ここに、準静的微小変化に対する熱力学第一法則を適用すると、
\begin{split}
\diff S=\ff{1}{T}(\diff U+p\diff V)
\end{split}
と変形できます。
今、気体を理想気体とすると、$pV=nRT$ の関係にあり、また、$c_v$ の定義より $\diff U=nc_v\diff T$ であるので、
\begin{split}
\diff S=\ff{1}{T}\left(nc_v\diff T+\ff{nRT}{V}\diff V \right)
\end{split}
と整理できます。
両辺を積分すると、
\begin{split}
S(T,V)=nc_v\ln T+nR\ln V+S_0
\end{split}
となってエントロピーの計算公式が導けました。ただし、$S_0$ を積分定数とします。
これと同値の公式として、
$$
\left\{
\begin{split}
&S(p,T)=nc_p\ln T-nR\ln p+S_1 \EE
&S(p,V)=nc_v\ln p+nc_p\ln V+S_2
\end{split}
\right.
$$
があります。
カルノーサイクルのエントロピー
エントロピーの計算公式が得られたので、実際に使ってみることにしましょう。まずはカルノーサイクルについてのエントロピーを計算してみます。
カルノーサイクルは下図に示すように二つの等温過程と、二つの断熱過程から構成されています。
今、高温熱源の温度を $T_H,$ 低温熱源の温度を $T_L$ として、各過程におけるエンタルピーを求めます。
まず、$1\to 2$ の膨張の等温過程におけるエンタルピーの変化 $\D S_{12}$ は、先程のエンタルピーの計算公式より次のように計算できます。
\begin{split}
\D S_{12}&=S_2-S_1\EE
&= (nc_v\ln T_H+nR\ln V_2+S_0)\EE
&\qquad-(nc_v\ln T_H+nR\ln V_1+S_0) \EE
&= nR\ln\ff{V_2}{V_1}
\end{split}
次に、$2\to3$ の断熱過程におけるエンタルピーの変化は以下のように求められます。
\begin{split}
\D S_{23}&=S_3-S_2\EE
&= (nc_v\ln T_L+nR\ln V_3+S_0)\EE
&\qquad-(nc_v\ln T_H+nR\ln V_2+S_0) \EE
&= nc_v\ln\ff{T_L}{T_H}+nR\ln\ff{V_3}{V_2}
\end{split}
同様にして $3\to4$ と $4\to1$ の過程のエントロピーの変化は、
\begin{split}
\D S_{34}&= nR\ln\ff{V_4}{V_3} \EE
\D S_{41}&=nc_v\ln\ff{T_H}{T_L}+nR\ln\ff{V_1}{V_4}
\end{split}
と求められます。
以上より、カルノーサイクル全体のエンタルピーの変化は、
\begin{split}
&\quad \D S_{12}+\D S_{23}+\D S_{34}+\D S_{41}\EE
&=nc_v\ln\ff{T_H}{T_L}+nc_v\ln\ff{T_L}{T_H}+nR\ln\left( \ff{V_2}{V_1}\ff{V_3}{V_2}\ff{V_4}{V_3}\ff{V_1}{V_4}\right) \EE
&=0+nR\ln 1 = 0
\end{split}
$0$ とります。
このことはクラジウスの不等式にて示していますが、可逆サイクルではエントロピーの増減が $0$ となることを改めて確認できました。
なお、カルノーサイクル以外でも可逆サイクルの場合ではエントロピーの増減は $0$ となります。
では、不可逆過程を含むサイクルのエンタルピーの増減はどうなるでしょうか?次節にて確認していきます。
エントロピー増大則の導出
次に、不可逆過程を含むサイクルでのエントロピー変化について計算を行ってみます。
ここで、状態 $\RM{A}$ と 状態 $\RM{B}$ を考え、$\RM{A}\to\RM{B}$ への過程を可逆過程、$\RM{B}\to\RM{A}$ への過程を不可逆過程とします。
このサイクルでのエントロピー変化は以下のように計算できて、
\begin{split}
\int_{\RM{A}}^{\RM{B}}\ff{\diff Q}{T}+\int_{\RM{B}}^{\RM{A}}\ff{\diff Q’}{T}
\end{split}
これはクラジウスの不等式を用いて、
\begin{split}
\int_{\RM{A}}^{\RM{B}}\ff{\diff Q}{T}+\int_{\RM{B}}^{\RM{A}}\ff{\diff Q’}{T}\leq 0
\end{split}
と評価できます。なお、可逆過程においては、$\DL{\int_{\RM{A}}^{\RM{B}}\ff{\diff Q}{T}}$ の値は、経路に依らず始点と終点のエントロピーのみにより決まるので、$\DL{\int_{\RM{A}}^{\RM{B}}\ff{\diff Q}{T}}=S_B-S_A$ と表示でき、これより、
\begin{split}
&S_B-S_A+\int_{\RM{B}}^{\RM{A}}\ff{\diff Q’}{T}\leq 0 \EE
&\,\therefore\,\int_{\RM{A}}^{\RM{B}}\ff{\diff Q’}{T}\leq S_B-S_A
\end{split}
と整理できます。
これを微分形式で表示すると、
\begin{split}
\ff{\diff Q’}{T}\leq \diff S
\end{split}
ともなります。
不可逆過程が断熱過程であるとき、$\diff Q’=0$ であるので、
\begin{split}
0\leq \diff S
\end{split}
の関係が成立します。この断熱過程は孤立系での変化に相当することに注意してください。
これより、以下のことが言えます。
エントロピー増大則が適用できるのは、孤立系のみであることに注意して下さい。したがって、日常の環境ではエントロピー増大則が適用できないことも分かります。
なお、開いた系や閉じた系では、エントロピーは減少することがあります。この欠点はギブスの自由エネルギーを導入することで解決でき、一般の場合でも利用できるようになります。
エントロピー増大則の例題
エントロピー増大則が実際に成立するのか、例題から確認してみましょう。
図のような孤立系を考えます。この孤立系は初期状態では仕切りで $V_1,V_2$ に分けられており、異なる理想気体がそれぞれ $n_1,n_2$ モル、体積 $V_1,V_2$ で入っているとします。なお、温度と圧力は $T_0,p_0$ で共通しているとします。
この状態を $\RM{A}$ とします。
この仕切りを取り払った後、十分な時間が経過すると、二種類の気体は混合して、新たな状態 $\RM{B}$ となります。
状態 $\RM{A}$ から $\RM{B}$ への過程における、エントロピーの変化を計算してみましょう。
左右それぞれの気体のエントロピー変化を足し合わせ、全体のエントロピー変化を求める方針で計算を行います。まず、左側の気体のエントロピー変化は公式より、
\begin{split}
\D S_1&=(n_1c_v\ln T_0+n_1R\ln (V_1+V_2)+S_0)\EE
&\qquad-(n_1c_v\ln T_0+n_1R\ln V_1+S_0) \EE
&=n_1R\ln \ff{V_1+V_2}{V_1}
\end{split}
とできます。同様にして、右側の気体のエントロピー変化を、
\begin{split}
\D S_2&=n_2R\ln \ff{V_1+V_2}{V_2}
\end{split}
とできます。以上より、合計のエントロピー変化は
\begin{split}
\D S_1+\D S_2&=n_1R\ln \ff{V_1+V_2}{V_1}+n_2R\ln \ff{V_1+V_2}{V_2}\geq 0
\end{split}
となり、確かに $0$ より大きくなることが分かります。
この例題から分かるように、孤立系の自発的な変化の方向は、エントロピーが増大する方向であることが分かります。