粘性を持つ実在流体の基礎方程式であるナビエ・ストークス方程式は、解くのが非常に難しいという問題があります。
このような問題があるため、実在流体の流れの解析は困難と考えられていましたが、多くの場合、粘性が支配的な影響を及ぼすのは固体壁の近傍のみで、壁から離れた位置の流れ(主流)では非粘性流体と近似して良いことが分かっています。
したがって、壁の近傍だけ粘性流体の基礎方程式を適用し、主流部分は非粘性流体として別々に取り扱うことが実用的な方法と言えます。
この方法は $1904$ 年にプラントル($\RM{Plandtl}$)によって境界層理論として提起されました。以降、実在流体を扱う分野は境界層理論をもとにして著しく発展しました。その成果は航空分野、気象分野など実用上の諸問題の解決につながり、現代社会の礎となっています。
今回は境界層理論の導入として、境界層と境界層厚さについて解説します。
境界層とは?
空気や水が作るような身の回りの流れは、レイノルズ数が大きな流れです。
レイノルズ数が大きな流れでは、個体壁の近傍に限って粘性が支配的になることが分かっており、壁近傍に限って流速が小さな領域が形成されます。
また、レイノルズ数が大きな流れでは、物体表面から少し離れると粘性の影響がほとんど無くなり、近似的に非粘性流体の流れと見なせるようになります。
このように、粘性を考慮する必要がある物体近傍の薄い層を境界層と呼び、その外側の粘性が無視できる流れを主流あるいは自由流と呼びます。
境界層と主流を図示すると図のようになります。
なお、境界層内部の流れの違いにより、境界層はさらに層流境界層と乱流境界層に分類されます。
境界層理論
流れを境界層と主流に分けるという考えは $1904$ 年にプラントルにより提案され、この考えに基づき構築された理論は境界層理論と呼ばれます。
境界層理論に基づいて考えると、流れの大部分をポテンシャル流れとして扱えるという利点があります。さらに、ナビエ・ストークス方程式を解かなければならない粘性流を簡略化できるという大きな利点があります。
さて、粘性の影響により流速が減速している境界層についてですが、物体表面から測った境界層の厚みを境界層厚さと呼び、$\delta$(デルタ)で表します。
境界層では流速が漸近的に主流速度に近づくため、境界層厚さを実験的に求めるのは困難であるという問題があります。この問題については次節で考えていきます。
境界層厚さの種々の定義
最後に境界層厚さの定義について解説します。
基本的に境界層から主流への流速の変化は緩やかであるため、境界層の厚さを正確に測定することは容易ではありません。
そこで、数学的に境界層厚さを定義することにします。ここでは、$4$ 種類の境界層厚さの定義について解説します。
主流による定義
最も分かりやすい定義方法から解説します。この定義は主流に基づいた定義方法で、次のように述べられます。
この定義は、境界層内の流れが層流であることを前提にしています。したがって、乱流のように流速が不規則に変化する場合には、この定義を利用できない問題点があります。
排除厚さ・運動量厚さ・エネルギー厚さ
先述したように、境界層内の速度分布によっては、$\delta_{0.99}$ を決定できない場合があります。
このようなとき、発想を変えて境界層により排除された流体の体積・運動量・運動エネルギー等の総量を主流での厚さに換算した厚みを境界層厚さと定義します。
言葉だけでは分かりづらいですが、数式で表すと次のようになります。
これらの定義式は、$0$ から $\infty$ までの積分区間を持ちますが、境界層の外側では $u=U$ となるので、積分値に影響を及ぼしません。したがって、実質的な積分区間は $0$ から $\delta$ までとなります。
ゆえに、実際の境界層厚さ $\delta$ を主流流速 $U$ を使って、$\delta^{*}$ などと換算することができるのです。