粘性や熱伝導が無視できるような非圧縮性流体のことを理想流体と呼びます。
理想流体の流れは、ポテンシャル流れの一つであり、そのため流体力学では重要な対象です。ポテンシャル流れは次のような性質を持ちます。
ポテンシャル流れとは?
まずはポテンシャル流れという用語について解説します。結論から言えば、理想流体の渦無し流れのことをポテンシャル流れと呼びます。
ポテンシャル流れと呼ぶ理由については後ほど解説します。まずは、渦無し流れという条件について解説します。
以前、渦度について解説しましたが、渦度が $0$ であるような流れのことを渦無し流れと呼びます。この条件を具体的に表します。流体中の流速ベクトルを $\B{v}$ とすると、渦度は $\nabla\times \B{v}$ であるので、
\begin{split}
\B{\zeta} = \nabla\times \B{v} = \B{0}
\end{split}
という条件を課せます。さらに、ベクトル解析の公式より、$\varphi$(ファイ)をスカラー関数として、
\begin{split}
\nabla\times (\RM{grad}\varphi) = \B{0}
\end{split}
とでき、これら二つの式を比較して、
\begin{eqnarray}
\B{v}=\RM{grad}\varphi \tag{1}
\end{eqnarray}
という関係式を導けます。
$\varphi$ が図のように表せるとき、$\RM{grad} \varphi$ はその勾配に沿ったベクトルとなることが知られています。
斜面を転がるボールの様子と似ているため、このような関数はポテンシャル関数と呼ばれます。このように、ポテンシャル関数から流速が計算できるため、渦無し流れのことをポテンシャル流れと呼びます。また、$\varphi$ のことを速度ポテンシャルと呼びます。
ポテンシャル流れとラプラス方程式
もう少しポテンシャル流れについて考察を進めます。まず、流体が非圧縮性流体かつ定常流であるとすると、連続方程式は次のように表せました。
\begin{eqnarray}
\RM{div}\, \B{v} = 0
\end{eqnarray}
先述したように、渦無し流れでは $\B{v} = \RM{grad}\varphi$ とできます。これを連続方程式に代入して整理すると、次のようになります。
\begin{eqnarray}
&\RM{div}(\RM{grad} \varphi) = \nabla^2 \varphi = 0\\[6pt]
\therefore\,\,&\ff{\del^2 \varphi}{\del x^2}+\ff{\del^2 \varphi}{\del y^2}+\ff{\del^2 \varphi}{\del z^2}=0
\end{eqnarray}
式から分かるように、ポテンシャル流れにおいては、速度ポテンシャルの二階偏微分の和は $0$ となります。ところで、二階偏微分の和が $0$ となるような方程式を調和関数または、ラプラス方程式と呼びます。
反対に、ラプラス関数を満たすような流れをポテンシャル流れと呼ぶこともできます。
速度ポテンシャルと流れ関数の幾何学的関係
ポテンシャル流れはラプラス方程式を満たすことが分かりました。さて、流れが二次元に限定される場合、先のラプラス方程式は、
\begin{eqnarray}
\ff{\del^2 \varphi}{\del x^2}+\ff{\del^2 \varphi}{\del y^2}=0
\end{eqnarray}
とできます。もう一度、式(1)について振り返ると、次のような対応関係を導けます。
\begin{split}
&u\,\B{i}+v\,\B{j}=\ff{\del \varphi}{\del x}\B{i}+\ff{\del \varphi}{\del y}\B{j} \\[6pt]
\therefore\,\, &u=\ff{\del \varphi}{\del x}, \quad v=\ff{\del \varphi}{\del y}
\end{split}
ただし、$\B{i}, \B{j}$ を単位ベクトルとします。ところで、渦無し流れの条件より、
\begin{split}
\ff{\del u}{\del y}-\ff{\del v}{\del x}=0
\end{split}
となりますが、スカラー関数$\psi$(プサイ)を使い、$\DL{u=\ff{\del \psi}{\del y}, v=-\ff{\del \psi}{\del u}}$ としても、
\begin{split}
\ff{\del^2 \psi}{\del x^2}+\ff{\del^2 \psi}{\del y^2}=0
\end{split}
とできて、ラプラス方程式を満たすことに気が付きます。スカラー関数 $\psi$ の正体について考えます。$\DL{\ff{v}{u}}$ について考えると、
\begin{split}
&\ff{v}{u}=\ff{\diff y}{\diff x} \EE
\therefore\,\, &\ff{\diff x}{u}=\ff{\diff y}{v}
\end{split}
という関係を導けます。この方程式は、流線の方程式と一致します。したがって、$\psi$ の正体は流れ関数であることが分かります。
※ $\psi$ が一定の値を持つように描画したラインが流線となります。ところで、速度ポテンテンシャル $\varphi$ についての $\DL{\ff{\diff y}{\diff x}}$ を考えると、
\begin{split}
\ff{\diff y}{\diff x}&=-\ff{u}{v}
\end{split}
以上、$\DL{\ff{v}{u}\cdot\ff{-u}{v}=-1}$ の関係があることより、流れ関数 $\psi$ と速度ポテンシャル $\varphi$ は交点で直交すると言えます。
流体力学と複素解析
2通りの方法でポテンシャル流れを記述できましたが、このことが実は重要な意味を持つのです。
話は飛びますが、流線と速度ポテンシャルの関係は、複素数解析の基礎を成すコーシー・リーマンの方程式と全く同じ形となっています。
このことは、ポテンシャル流れを複素数解析の世界に持ち込めることができることを意味します。
ポテンシャル流れは、最も簡単な流れの状態であり、これを数学的に解析できることは大きな意味を持ちます。
複素解析とポテンシャル流れの関係については、別の機会に詳しく解説を行っていきます。