等角写像というテクニックを使って、円柱周りの流れを変形し、楕円回りの流れなど様々な物体回りの流れを再現していきます。
今回は準備として、等角写像を利用したポテンシャル流れの解析についての、数学的背景について解説します。
流れ場の解析と等角写像
ところで、二次元平面上のポテンシャル流れを考えると、流れ関数と速度ポテンシャルの幾何学的関係から、これらの曲線群は交点で直交していると言えます。
そのため、例えば $z$ 平面上の流線を $\zeta$(ゼータ)平面上に移すとき、流れ関数と速度ポテンシャルとの幾何学的関係を崩さないように注意しなければなりません。
幾何学的関係を維持したまま、手動でこのような操作を行うことは現実的ではありません。そこで、等角写像という手法を利用することになります。
このような理由から、等角写像は流体力学に応用されるのです。
ここからは、流れ場に等角写像を利用するときの数学的な背景や操作について解説していきます。
等角写像を関数 $F$ を通して行うとき、等角写像の成立条件より $F$ は正則関数でなければなりません。例えば、$z$ 平面上での複素速度ポテンシャルを以下のように置き、
\begin{split}
z=\varphi+i\psi
\end{split}
また、$\zeta$ 平面上での複素速度ポテンシャルを次のように置けたとします。
\begin{split}
w=\Phi+i\Psi
\end{split}
今、等角写像により、$z$ から $w$ に移ったとすると、$w=F(z)$ とできます。そして、$F$ は正則関数であると言えます。
なお、等角写像は一対一対応(全単射)の写像のため、$z$ 平面と $\zeta$ 平面の曲線群も一対一に対応すると言えます。したがって、$z$ 平面上の任意の閉曲線 $C$ は $\zeta$ 平面上のある閉曲線 $C’$ と一対一対応していると言えます。すなわち、循環について考えると、
\begin{split}
\Gamma(C)=\oint_C \varphi = \oint_{C’} \Phi = \Gamma(C’)
\end{split}
の関係を導けます。これより、等角写像の前後で循環は『保存される』ことが分かります。同様の議論により、閉曲線内の湧き出し・吸い込みについても等角写像の前後で保存されると言えます。
以上より、次の定理が得られます。
特異点の等角写像
湧き出しと吸い込みや二重湧き出しなどは、特異点と呼ばれる特殊な点を含みます。これらを等角写像に持ち込んだ時、特異点がどのように変化するのか検証しておきます。
簡単のため、$z$ 平面から $\zeta$ 平面へ等角写像する際、$z=0$ から $\zeta=0$ へ写像されるとします。
今、$z=g(\zeta)$ とできるとすると、$g$ は正則関数のため、$z=0$ 周りで次のようなべき級数展開ができます。
\begin{split}
z&=g(\zeta) \EE
&= a_1\zeta+a_2\zeta^2+\cdots \EE
&=a_1\zeta\left(1+\ff{a_2}{a_1}\zeta+\cdots \right)\,\,\,(a_1\neq 0)
\end{split}
このべき級数展開を利用することで、種々の特異点に対する等角写像を考察できます。
湧き出しと吸い込みの等角写像
吸い込みと湧き出しは $k$ を実数として、その複素速度ポテンシャルは
\begin{split}
k\log z
\end{split}
と表せます。ここで、$z=g(\zeta)$ として先程のべき級数展開を適用すると、
\begin{split}
k\log z&=k\log g(\zeta) \EE
&=k\log\left\{ a_1\zeta\left(1+\ff{a_2}{a_1}\zeta+\cdots \right) \right\} \EE
&=k\log a_1\zeta+k\log \left(1+\ff{a_2}{a_1}\zeta+\cdots \right) \EE
\end{split}
となって、$\zeta\to 0$ とすると、$k\log z\NEQ k\log a_1\zeta$ となります。
これより、等角写像後の湧き出し・吸い込みも原点に存在し、その強さも同じであることが分かります。
回転流($k=ik$)に対しても同様の議論が成立するため、定理として次のように述べることができます。
二重湧き出しの等角写像
二重湧き出しの複素速度ポテンシャルは次のように表せ、
\begin{split}
\ff{k}{z}
\end{split}
これにべき級数展開を適用すると、
\begin{split}
\ff{k}{z}&=\ff{k}{g(\zeta)} \EE
&= \ff{k}{a_1\zeta\left(1+\ff{a_2}{a_1}\zeta+\cdots \right)} \EE
&= \ff{k}{a_1\zeta}-\ff{\ff{k}{a_1}\left( \ff{a_2}{a_1}+\ff{a_3}{a_1}\zeta \right)}{1+\ff{a_2}{a_1}\zeta+\cdots}
\end{split}
となり、ここで、$\zeta\to 0$ とすると、$\DL{\ff{k}{z}\NEQ\ff{k}{a_1\zeta}}$ となります。
この結果から等角写像による二重湧き出しについて、次のような定理を述べることができます。
流体力学と等角写像の周辺
$z$ 平面上のポテンシャル流れを $\zeta$ 平面に等角写像するとき、この流れが所望の形になるような写像関数 $F(z)$ を見つけ出すことは常に可能なのでしょうか?
この疑問に対する答えを教えてくれるのが、以下に紹介する定理たちです。
リーマンの写像定理
リーマンの写像定理の証明は割愛しますが、この定理により任意の形の流れを等角写像により作り出せることが保証されます。なお、$D$ を $D’$ へ写像する正則関数は写像関数と呼ばれます。
ただし、この定理は $D$ 内の点の対応関係について述べており、境界線 $C$ の対応関係については教えてくれません。境界線上の対応関係については、次に述べるカラテオドリの定理が教えてくれます。
カラテオドリの定理
カラテオドリの定理とリーマンの写像定理より、所望のポテンシャル流れになるような正則関数を必ず見つけることができ、等角写像を実行できることが保証されます。
流れの一意性
最後に、あるポテンシャル流れに移す写像関数が一意に決まることを保証する次の定理について解説します。
証明は以下の通りです。
仮に条件を満たす写像関数が二つあったとして、それぞれを $f_1(z), f_2(z)$ とします。このときの、$g(z)=f_1(z)-f_2(z)$ なる関数の振る舞いについて考えます。
今、$g(z)$ は $D$ 内で正則かつその境界 $C$ で連続であると言え、また、$f_1$ と $f_2$ は $C$ 上では一致しているため、$C$ 上にて $g(z)=0$ と言えます。
このとき、最大値の原理より $D$ 内でも恒等的に $|g(z)|=0$ と言えます。ゆえに、$f_1(z)=f_2(z)$ であると言え、題意が示されました。
次回から、等角写像を用いることによって円柱周りの流れのような単純な流れから出発して、翼周りの流れのような複雑な流れを得ることを示していきます。