マグヌス効果($\RM{Magnus\,\,effect}$)とは、一様な流れの中で回転する物体に対して垂直方向に揚力が作用する現象のことを言います。
そして、マグヌス効果により生じる揚力が次のように求められることが知られています。
今回はマグヌス効果がこのように表される理由を流体力学に基づいて解説します。
マグヌス効果を理解するため、円柱周りの流れと循環の関係について考察することから始めます。
円柱周りの流れと循環
一様流と二重湧き出しを合成したポテンシャル流れが、図のような流れとなることはこちらで解説しました。原点対称の美しい流れではありますが、この流れは円柱が静止した場合にしか適用できません。
ここでは、一歩進んで回転する円柱の周りに生じる流れについて考えていきます。
円柱を流体中で回転させると、円柱表面の流体が流体の粘性により引きずられ、回転流(=循環流)を生じます。これをポテンシャル流れの合成で再現しようとすると、円柱周りの流れに循環を合成させる必要があります。
すなわち、回転する円柱の周りに生じる流れの複素速度ポテンシャルは次のように記述できます。ただし、円柱の半径を $a,$ 一様流の流速を $U,$ 循環を $\Gamma$(ガンマ)とします。
\begin{split}
w=Uz+\ff{Ua^2}{z}+i\ff{\Gamma}{2\pi}\log z
\end{split}
※1 二重湧き出しを第二項のように表示できる理由はこちらを参照下さい。
※2 回転流を第三項のように表示できる理由はこちらを参照下さい。
この複素速度ポテンシャルから流線を描くと、次のような図を得ることができます。
次にこの流れによどみ点の座標を求めていきます。
よどみ点と循環の関係
よどみ点は流速が $0$ となるポイントのことです。したがって、よどみ点の座標は複素速度が $0$ となる座標と一致すると言えます。さて、複素速度 $q$ は次のように求められ、
\begin{split}
q&=\ff{\diff w}{\diff z} \EE
&= U-\ff{Ua^2}{z^2}+\ff{i\Gamma}{2\pi z}
\end{split}
$q=0$ として整理すると、
\begin{split}
Uz^2+\ff{i\Gamma}{2\pi}z-Ua^2 = 0
\end{split}
となります。円柱表面の流速を考える場合は、上式に複素数の円の公式、$z=ae^{i\q}$ を代入すれば良く
\begin{split}
0&=Ue^{2i\q}-\ff{i\Gamma}{2\pi a}e^{i\q}-U \EE
&= Ue^{i\q}-\ff{i\Gamma}{2\pi a}-Ue^{-i\q} \EE
&= 2iU\sin \q +\ff{i\Gamma}{2\pi a} \EE
&\therefore\,\,\sin\q = -\ff{\Gamma}{4\pi U a}
\end{split}
の結果を得ます。ただし、2行目から3行目の過程でオイラーの公式を用いています。この結果から、よどみ点の位置を $\Gamma$ の大小により次のように分類できることが分かります。
まず、$\Gamma<4\pi Ua$ のとき、$\sin \q=\DL{-\ff{\Gamma}{4\pi U a}}$ を満たす $\q$ は二つ存在します。このことは、正弦関数のグラフからも理解できます。したがって、よどみ点は円柱上の2点に存在することが分かり、左のような図になることを理解できます。
次に $\Gamma=4\pi Ua$ のとき、$\sin\q=-1$ となりますが、これを満たすのは $\q=\DL{\ff{3}{2}\pi}$ のみとなります。したがって、よどみ点は円柱上に一点のみ存在し、その位置は虚軸上に来ることが分かります。
最後の $\Gamma>4\pi Ua$ の場合では、$\sin \q <-1$ となるので、これを満たす $\q$ は存在しないことが分かります。したがって、円柱上にはよどみ点が存在しないと言えます。ただし、三角関数を複素数の世界に拡張すると状況が変わり、等式を満たす値を見つけることができます。すなわち、円柱外部によどみ点が出現し、右図のような状態となります。
マグヌス効果
いよいよマグヌス効果を導きます。導出は、円柱表面の圧力分布をベルヌーイの定理から求め、次に円柱全体に渡って圧力を積分するという手順で示します。
さて、圧力分布に関しては、無限遠方の圧力を $p_{\infty},$ 密度を $\rho,$ 円柱表面での圧力 $p_a$ として、ベルヌーイの定理より次のような関係式を立てられます。
\begin{split}
p_{\infty}+\ff{1}{2}\rho U^2&=p_{a}+\ff{1}{2}\rho |q|^2 \EE
p_a-p_{\infty}&= \ff{1}{2}\rho U^2-\ff{1}{2}\rho |q|^2 \EE
&= \ff{1}{2}\rho U^2+\ff{1}{2}\rho\left( 2U\sin\q+\ff{\Gamma}{2\pi a} \right)^2 \EE
&= \ff{3}{2}\rho U^2-\rho U^2\cos2\q+\ff{\rho U\Gamma}{\pi a}\sin\q+\ff{\rho \Gamma^2}{8\pi^2a^2}
\end{split}
ここで $p=p_a-p_{\infty}$ とすると、圧力は水平方向 $p_x$ と垂直方向 $p_y$ に分解でき、それぞれ、$p_x=-p\cos\q, p_y=-p\sin\q$ とできます。
このとき、水平方向に作用する力を $F_x,$ 垂直方向に作用する力を $F_y$ とすると、
$$
\left\{
\begin{split}
F_x&=-\int_0^{2\pi}p\cos\q\cdot a\diff \q \EE
F_y&=-\int_0^{2\pi}p\sin\q\cdot a\diff \q
\end{split}
\right.
$$
とできます。上式の積分は三角関数の直交性を利用すると簡単に計算できて、次のようになります。
$$
\left\{
\begin{split}
F_x&=0 \\[6pt]
F_y&=\rho U \Gamma
\end{split}
\right.
$$
このことから、回転する円柱は水平方向に力が作用せず、垂直方向に力が作用することが分かります。また、流れに垂直方向に作用する力のことを揚力と呼びます。見事にマグヌス効果を理論的に導出できました。
マグヌス効果の理論式から分かるように、揚力の向きがは回転方向に決まり、その大きさは回転速度により決まることが分かります。