流体力学では複雑な流れを取り扱います。数学的に流れを記述するために、複素関数論が利用されます。このように、流体力学と複素数を結びつけた理論を複素流体力学と呼びます。
今回は複素流体力学の第一歩として、流速を複素数で表した複素速度の導出について解説します。
流体力学とコーシー・リーマンの方程式
複素速度を導出する前に、流体力学と複素関数論の接点について明らかにします。
まず、速度ポテンシャル $\varphi(u,v)$(ファイ)と流れ関数 $\psi(u,v)$(プサイ)の間には次のような関係がありました。
$$
\left\{
\begin{split}
\,\,u &= \ff{\del \varphi}{\del x}\,\, \EE
\,\,v &= \ff{\del \varphi}{\del y}\,\,
\end{split}
\right.
$$
$$
\left\{
\begin{split}
u &= \ff{\del \psi}{\del y} \EE
v &= -\ff{\del \psi}{\del x}
\end{split}
\right.
$$
これらより、
$$
\left\{
\begin{split}
\,\ff{\del \varphi}{\del x} &= \ff{\del \psi}{\del y} \EE
\,\ff{\del \varphi}{\del y} &= -\ff{\del \psi}{\del x}
\end{split}
\right.
$$
という方程式を導くことができます。
この方程式を良く見ると、コーシー・リーマンの方程式と同じ形であることに気が付きます。これより、流体力学と複素関数論の間に深い結びつきを見て取れます。
さて、$\varphi, \psi$ がコーシー・リーマンの方程式を満たすことから、複素関数 $w(z)=\varphi(u,v)+i\psi(u,v)$ が正則関数であるといえます。($z=x+iy$)
そして、$w$ のことを複素速度ポテンシャルと呼びます。
ここからは、$w$ と流速の関係について考えていきます。
複素速度とは?
$w(z)$ の性質について考えるため、$\DL{\ff{\del w}{\del x}, \ff{\del w}{\del y}}$ について考えます。まず、$\DL{\ff{\del w}{\del x}}$ については、
\begin{split}
\ff{\del w}{\del x} &= \ff{\del \varphi}{\del x}\ff{\del z}{\del x}+i\ff{\del \psi}{\del x}\ff{\del z}{\del x}
\end{split}
となり、速度ポテンシャルと流れ関数の関係と、$z=x+iy$ であることに注意すると、
\begin{split}
\ff{\del w}{\del x} &=\ff{\del \varphi}{\del x}+i\ff{\del \psi}{\del x} \EE
&= u-iv
\end{split}
とできます。$\DL{\ff{\del w}{\del y}}$ についても同様に計算すると、次のようになります。
\begin{split}
\ff{\del w}{\del y} &= \ff{\del \varphi}{\del y}\ff{\del z}{\del y}+i\ff{\del \psi}{\del y}\ff{\del z}{\del y}\EE
&= \ff{1}{i}\ff{\del \varphi}{\del y}+i\cdot\ff{1}{i}\ff{\del \psi}{\del y} \EE
&= -iv+u
\end{split}
$\DL{\ff{\del w}{\del x}=\ff{\del w}{\del y}}$ となることは偶然ではなく、$w$ が正則関数であることに由来します。すなわち、$w$ は正則関数であるため、$z$ の近づけ方に関わらず必ず $\DL{\ff{\diff w}{\diff z}=u-iv}$ となるのです。
さて、$\DL{\ff{\diff w}{\diff z}}$ が速度のみの表式となることから、これは複素速度と呼ばれます。
次に、流線と等ポテンシャル線について考えしましょう。
複素速度と流速
複素速度は水平方向の速さの情報を実部、垂直方向の速さの成分の情報を虚部に持ちます。
流速の大きさが $\sqrt{u^2+v^2}$ であることを思い出すと、複素速度の絶対値が流速となることが分かります。複素速度を $q$ とすると、流速は次のように求められます。
\begin{split}
|q|=\sqrt{u^2+v^2}
\end{split}
と表せることが分かります。
流線と等ポテンシャル線の幾何学的関係
さて、$\psi=const.$ を満たす曲線は流線を表し、$\varphi=const.$ を満たす曲線は等ポテンシャル線を表します。そして、これらの曲線がその交点で直交することは既に示した通りですが、複素流体力学の世界でも成立することを確かめておきましょう。
まず、流線と等ポテンシャル線の勾配を考えると、
$$
\left\{
\begin{split}
&\,\,\RM{grad}\psi = \ff{\del \psi}{\del x}\B{i}+\ff{\del \psi}{\del y}\B{j}=-v\B{i}+u\B{j} \\[6pt]
&\,\,\RM{grad}\varphi = \ff{\del \varphi}{\del x}\B{i}+\ff{\del \varphi}{\del y}\B{j}=u\B{i}+v\B{j}
\end{split}
\right.
$$
と表せ、これらの内積を計算すると、
\begin{split}
\RM{grad}\psi\cdot\RM{grad}\varphi &= -vu+uv = 0
\end{split}
となります。これより、流線と等ポテンシャル線が互いに直交することを証明できました。