複素数の対数に引き続き、今回は複素数の三角関数、すなわち複素三角関数について考えます。
複素三角関数は次のように定義される関数です。
複素三角関数は実数の世界での三角関数(実三角関数)と似ている点もありますが、異なる点もあります。今回はこのような点にも注意して解説していきます。
実三角関数とオイラーの公式
複素三角関数について考える前に、実数の世界での三角関数(実三角関数)と複素数との接点を見ていきましょう。
この関係を考えるにあたり、最も重要な関係式はオイラーの公式です。オイラーの公式は三角関数と複素数を結びつける重要公式で、次のように表されます。
\begin{split}
e^{i\q}=\cos\q+i\sin\q
\end{split}
ただし、$i$ を虚数単位、$\q$(シータ)を実数とします。
オイラーの公式から余弦関数と正弦関数を単独で取り出すために、オイラーの公式に次のような性質があることを利用します。
\begin{split}
e^{-i\q}=\cos\q-i\sin\q
\end{split}
これらの式より、
$$
\left\{
\begin{split}
\,&\cos\q=\ff{e^{i\q}+e^{-i\q}}{2} \\[6pt]
\,&\sin\q=\ff{e^{i\q}-e^{-i\q}}{2i}
\end{split}
\right.
$$
と表せることが分かります。$\tan\q$ は $\DL{\ff{\sin\q}{\cos\q}}$ であることから、実三角関数は次のように表示できることが分かります。
※ オイラーの公式についての詳しい解説はこちらで解説しています。
複素三角関数とは?
オイラーの公式を使って実三角関数を表せることがわかりました。このような対応関係を利用して、複素数の三角関数(複素三角関数)を次のように定義します。
複素三角関数の例題
複素三角関数の具体例を見ていきましょう。
まず、$\cos i$ について考えます。複素三角関数の定義より、$\cos i$ は次のように求められます。
\begin{split}
\cos i &= \ff{e^{i^2}+e^{-i^2}}{2} \EE
&= \ff{1}{2}\left( \ff{1}{e}+e \right)>1
\end{split}
この例から分かるように、複素三角関数の値は $1$ より大きくなることがあります。
次に、$\sin i$ について考えます。複素三角関数の定義より、$\sin i$ も次のように求められます。
\begin{split}
\sin i &= \ff{e^{i^2}-e^{-i^2}}{2i} \EE
&= \ff{1}{2i}\left( \ff{1}{e}-e \right)
\end{split}
最後に、$\sin 2i$ について考えます。これも、定義から次のように計算できます。
\begin{split}
\sin 2i &= \ff{e^{2i^2}-e^{-2i^2}}{2i} \EE
&= \ff{1}{2i}\left( \ff{1}{e^2}-e^2 \right) \EE
&= \ff{1}{2i}\left( \ff{1}{e}+e \right)\left( \ff{1}{e}-e \right) \EE
&= 2\sin i\cos i
\end{split}
この結果から、複素三角関数でも実三角関数と同様な公式が成り立ちそうなことが予想されます。
複素三角関数の加法定理
さて、複素三角関数では次のような公式が成立します。
公式の証明を以下に示します。
公式 (1) の証明
複素三角関数の定義より、$\cos (-z)$ は、
\begin{split}
\cos (-z) &= \ff{e^{i(-z)}+e^{-i(-z)}}{2} \EE
&= \ff{e^{-iz}+e^{iz}}{2} \EE
&= \cos z
\end{split}
となります。$\cos(-z)=\cos z$ であることを示せました。次に、$\sin (-z)$ も同様に、
\begin{split}
\sin (-z) &= \ff{e^{i(-z)}-e^{-i(-z)}}{2i} \EE
&= \ff{e^{-iz}-e^{iz}}{2} \EE
&= -\ff{e^{iz}-e^{-iz}}{2i} \EE
&= -\sin z
\end{split}
となり、$\sin(-z)=-\sin z$ となることが示せました。最後に、$\tan(-z)$ については、
\begin{split}
\tan (-z) &= \ff{\sin(-z)}{\cos(-z)} \EE
&= \ff{-\sin z}{\cos z} \EE
&= -\ff{\sin z}{\cos z} = -\tan z
\end{split}
となるので、$\tan(-z)=-\tan z$ となることが示せました。
公式 (2) の証明
まずは、$\cos(z\pm w)=\cos z\cos w\mp\sin z\sin w$ について証明を行います。右辺に関しては、定義より次のように計算できます。
\begin{split}
&\quad\cos z\cos w\pm\sin z\sin w \EE
&= \ff{e^{iz}+e^{-iz}}{2}\cdot\ff{e^{iw}+e^{-iw}}{2} \EE
&\quad\pm\ff{e^{iz}-e^{-iz}}{2i}\cdot\ff{e^{iw}-e^{-iw}}{2i}\EE
&=\ff{1}{4}\left(e^{i(z+w)}+e^{i(-z+w)}+e^{i(z-w)}+e^{-i(z+w)}\right)\EE
&\quad\mp\ff{1}{4}\left(e^{i(z+w)}-e^{i(-z+w)}-e^{i(z-w)}+e^{-i(z+w)}\right)\EE
\end{split}
これより、$\cos z\cos w+\sin z\sin w$ については、
\begin{split}
&\quad\cos z\cos w+\sin z\sin w \EE
&=\ff{e^{i(z-w)}+e^{-i(z-w)}}{2}\EE
&=\cos(z-w)
\end{split}
となり、$\cos z\cos w-\sin z\sin w$ については、
\begin{split}
&\quad\cos z\cos w-\sin z\sin w \EE
&=\ff{e^{i(z+w)}+e^{-i(z+w)}}{2}\EE
&=\cos(z+w)
\end{split}
となります。以上より、$\cos(z\pm w)=\cos z\cos w\mp\sin z\sin $ であることを示せました。
次に、$\sin(z\pm w)=\sin z\cos w\pm\cos z\sin w$ について証明を行います。右辺に関して計算すると、
\begin{split}
&\quad\sin z\cos w\pm\cos z\sin w \EE
&= \ff{e^{iz}-e^{-iz}}{2i}\cdot\ff{e^{iw}+e^{-iw}}{2} \EE
&\quad\pm\ff{e^{iz}+e^{-iz}}{2}\cdot\ff{e^{iw}-e^{-iw}}{2i}\EE
&=\ff{1}{4i}\left(e^{i(z+w)}+e^{i(z-w)}-e^{i(-z+w)}-e^{-i(z+w)}\right)\EE
&\quad\pm\ff{1}{4i}\left(e^{i(z+w)}-e^{i(z-w)}+e^{i(-z+w)}-e^{-i(z+w)}\right)\EE
\end{split}
これより、$\sin z\cos w+\cos z\sin w$ については、
\begin{split}
&\quad\sin z\cos w+\cos z\sin w \EE
&= \ff{e^{i(z+w)}-e^{-i(z+w)}}{2i} \EE
&= \sin(z+w)\EE
\end{split}
となり、$\sin z\cos w-\cos z\sin w$ については、
\begin{split}
&\quad\sin z\cos w-\cos z\sin w \EE
&= \ff{e^{i(z-w)}-e^{-i(z-w)}}{2i} \EE
&= \sin(z-w)\EE
\end{split}
となります。以上より、$\sin(z\pm w)=\sin z\cos w\pm \cos z\sin w$ であることを示せました。
最後に、$\DL{\tan(z\pm w)=\ff{\tan z\pm\tan w}{1\mp\tan z\tan w}}$ について証明します。左辺について計算すると、次のようになります。
\begin{split}
&\quad\tan(z\pm w) \EE
&= \ff{\sin(z\pm w)}{\cos(z\pm w)} \EE
\end{split}
これに今までの結果を適用すると、
\begin{split}
&\quad\ff{\sin(z\pm w)}{\cos(z\pm w)} \EE
&= \ff{\sin z\cos w\pm \cos z\sin w}{\cos z\cos w\mp\sin z\sin w} \EE
&= \ff{\tan z\pm\tan w}{1\mp\tan z\tan w}
\end{split}
となり、$\DL{\tan(z\pm w)=\ff{\tan z\pm\tan w}{1\mp\tan z\tan w}}$ であることが示せました。
公式 (3) の証明
$\cos^2z+\sin^2 z = 1$ について証明します。左辺について計算すると、次のようになり、
\begin{split}
&\quad\cos^2z+\sin^2 z \EE
&= \left( \ff{e^{iz}+e^{-iz}}{2} \right)^2+\left( \ff{e^{iz}-e^{-iz}}{2i} \right)^2 \EE
&= \ff{1}{4}\left( e^{2iz}+2+e^{-2iz} \right)-\ff{1}{4}\left( e^{2iz}-2+e^{-2iz} \right) \\[6pt]
&= 1
\end{split}
したがって、$\cos^2z+\sin^2 z = 1$ となることを示せました。
複素三角関数のもう一つの公式
$a, b$ を実数として、複素数 $z$ は、$z=a+ib$ とできるため、複素関数は $\cos(a+ib), \sin(a+ib), \tan(a+ib)$ とも表せるわけです。
この複素三角関数に対しては、次のような公式が成立します。
これらの公式の証明を以下に示します。
まず、$\cos(a\pm ib) = \cos a\cosh b\mp i\sin a\sinh b$ に関してですが、$\cos(a\pm ib)$ を定義にしたがって計算すると、次のようになり、
\begin{split}
\cos(a\pm ib) &= \ff{e^{i(a\pm ib)}+e^{i(-a\mp ib)}}{2} \EE
&= \ff{e^{\mp b+ia}+e^{\pm b-ia}}{2} \EE
\end{split}
\begin{split}
&\quad \ff{e^{\mp b+ia}+e^{\pm b-ia}}{2} \EE
&= \ff{e^{\mp b}}{2}(\cos a+ i\sin a)+\ff{e^{\pm b}}{2}(\cos a-i\sin a)\EE
&= \ff{e^{\mp b}+e^{\pm b}}{2}\cos a+i\ff{e^{\mp b}-e^{\pm b}}{2}\sin a
\end{split}
となります。
ここで、$\cosh b= \DL{\ff{e^{b}+e^{-b}}{2}}, \sinh b= \DL{\ff{e^{b}-e^{-b}}{2}}$ とおくと、上式は次のように表せます。
\begin{split}
&\quad \ff{e^{\mp b}+e^{\pm b}}{2}\cos a+i\ff{e^{\mp b}-e^{\pm b}}{2}\sin a \EE
&=\cos a\cosh b\mp i\sin a\sinh b
\end{split}
以上より、$\cos(a\pm ib) = \cos a\cosh b\mp i\sin a\sinh b$ であることが示せました。
次に、$\sin(a\pm ib) = \sin a\cosh b\pm i\cos a\sinh b$ についてですが、先程と同様に、左辺について計算すると、
\begin{split}
\sin(a\pm ib) &= \ff{e^{i(a\pm ib)}-e^{i(-a\mp ib)}}{2i} \EE
&= \ff{e^{\mp b+ia}-e^{\pm b-ia}}{2i} \EE
&= \ff{e^{\mp b}+e^{\pm b}}{2}\sin a+i\ff{e^{\pm b}-e^{\mp b}}{2}\cos a \EE
&= \sin a\cosh b\pm i\cos a\sinh b
\end{split}
となります。$\sin(a\pm ib) = \sin a\cosh b\pm i\cos a\sinh b$ であることが示せました。