ラグランジュの渦定理は渦の性質に関する定理であり、次のような内容を持ちます。
ラグランジュの渦定理は、力学における角運動量保存則に相当する理論であり、流れの中での渦の重要性を教えてくれる理論です。
なお、ラグランジュの渦定理は、ケルビンの循環定理やヘルムホルツの渦定理との言い換えとなっています。
理想流体の渦度方程式
ラグランジュの渦定理の証明に取り掛かる前に、数学的な背景について解説します。さて、渦度に関する方程式として、ヘルムホルツの渦方程式というものがあります。
今、非粘性の非圧縮性流体である理想流体を考えると、ヘルムホルツの渦方程式の右辺第二項は無視でき、また、外力が保存力のみであるとすると、ローテーションの重要な計算結果から、第三項も $0$ となります。
ゆえに、保存力のみが作用する非粘性非圧縮流体のヘルムホルツの渦方程式は、
\begin{split}
\ff{D }{D t}\left( \ff{\B{\zeta}}{\rho} \right)=\left(\ff{\B{\zeta}}{\rho}\cdot\nabla \right)\B{v}
\end{split}
とできます。この方程式は完全流体に対する渦度方程式とも呼ばれます。完全流体に対する渦度方程式から、渦度の時間変化は外力や圧力の変化に無関係であることが分かります。
ラグランジュの渦定理
さて、時刻 $t=0$ にて $\B{\zeta}=\B{0}$ であったとすると、完全流体に対する渦度方程式の左辺の物質微分は、
\begin{split}
\left.\ff{D }{D t}\left( \ff{\B{\zeta}}{\rho} \right)\right|_{t=0}= 0
\end{split}
となります。ラグランジュの方法を採る物質微分の性質から分かるように、上式は $\D t$ 秒後でも成立します。
\begin{split}
\left( \ff{\B{\zeta}}{\rho} \right)_{t=\D t} = \left( \ff{\B{\zeta}}{\rho} \right)_{t=0}+
\left.\ff{D }{D t}\left( \ff{\B{\zeta}}{\rho} \right)\right|_{t=0}= 0
\end{split}
この結果から分かるように、任意の時刻で渦度が常に $\B{0}$ となります。ゆえに、ある時刻にて渦が存在していなければ、渦はその後も生まれない、つまり不生であると言えます。
一方、$t=0$ にて $\B{\zeta}\neq \B{0}$ であるとき、同様の議論から常に $\B{\zeta}\neq \B{0}$ でなければならいと言えます。
なぜなら、もしある時刻にて渦度が $\B{0}$ になると、過去と未来で常に $\B{0}$ となることになり、$t=0$ にて $\B{\zeta}\neq \B{0}$ という前提条件と矛盾してしまうためです。
このことから、渦は不滅であると言えます。以上より、ラグランジュの渦定理を導くことができます。
ラグランジュの渦定理は、力学における角運動量保存則に相当します。このような理由から、流体の流れは渦があるか無いかで分類されます。
渦無し流れと渦有りの流れは本質的に異なる流れであるため、渦有りの流れに対しては、ポテンシャル流れの理論をそのまま適用できないという厄介さがあります。
ラグランジュの渦定理と境界層
ラグランジュの渦定理は理想流体でなければ成立しませんが、空気のような粘性の小さい実在流体であれば、その振る舞いを定性的に理解する助けになります。
ところで、実在流体の流れは主流と境界層の二つの領域に分けられることが知られています。
主流の領域では流れを非粘性流体と近似することができ、ポテンシャル流れの理論を適用できます。一方、個体壁の付近では、粘性の作用により境界層と呼ばれる主流よりも流速の小さな領域が形成されます。
この境界層では粘性が顕著に表れるため、ラグランジュの渦定理は破綻します。
境界層の領域での流れを支配するのは、ヘルムホルツの渦方程式となりますが、粘性の存在に対応する第二項と第三項が効くため、境界層の中では渦が出現します。
渦は次第に勢いを失い、壁面から離れていきますが、これは境界層の剥離という現象と密接に関わっています。ちなみに、主流に放出された渦は、ラグランジュの渦定理に従いなかなか消滅せず、残存することになります。