ヤコビの恒等式とは?|ポアソンブラケットの公式と証明

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ヤコビの恒等式とはポアソンブラケットを用い、次のように表される関係式のことです。

ヤコビの恒等式

正準変数 $q_i,p_i$ を独立変数に持つ関数 $f,g,h$ に対して、以下のヤコビの恒等式が成立する。

\begin{split}
\{f,\{g,h \}\}+\{g,\{h,f \}\}+\{h,\{f,g \}\}=0 \\
\,
\end{split}

ヤコビの恒等式解析力学のみならず、量子力学の世界でも用いられる重要な公式です。

今回は、ヤコビの恒等式の証明の他にポアソンブラケットを利用したいくつかの公式についても紹介します。

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ポアソンブラケットの時間微分

まず、ポアソンブラケットと時間微分の関係について紹介します。

ポアソンブラケットと時間微分

正準変数 $q,p$ と時刻 $t$ を独立変数に持つ関数 $f(q,p,t)$ とハミルトニアン $H(q,p,t)$ が与えられたとする。このとき、時間微分 $\DL{\ff{\diff f}{\diff t}}$ はポアソンブラケットを用いて次のように表せる。

\begin{split}
\ff{\diff f}{\diff t}=\ff{\del f}{\del t}+\{f,H \}\\
\,
\end{split}

上の証明を行っていきます。

今、$f$ は $q,p,t$ により表される多変数関数であるため、$t$ による全微分が次のように表せます。

\begin{split}
\ff{\diff f}{\diff t}=\ff{\del f}{\del t}+\sum_{i=1}^n\left(\ff{\del f}{\del q_i}\ff{\del q_i}{\del t}+\ff{\del f}{\del p_i}\ff{\del p_i}{\del t} \right)
\end{split}

さらに $q,p$ は正準変数であるため、ハミルトンの正準方程式を満たすと言えます。つまり、

$$
\left\{
\begin{split}
\ff{\del q_i}{\del t}&= \ff{\del H}{\del p_i}\EE
\ff{\del p_i}{\del t}&=-\ff{\del H}{\del q_i}
\end{split}
\right.
$$

という関係にあり、これらを先程の式に適用すると、

\begin{split}
\ff{\diff f}{\diff t}=\ff{\del f}{\del t}+\sum_{i=1}^n\left(\ff{\del f}{\del q_i}\ff{\del H}{\del p_i}-\ff{\del f}{\del p_i}\ff{\del H}{\del q_i} \right)
\end{split}

となります。ここで、右辺第二項にポアソンブラケットの定義式を適用すると、

\begin{split}
\ff{\diff f}{\diff t}=\ff{\del f}{\del t}+\{f,H \}
\end{split}

が得られます。目標としていた時間微分の表式を示せました。

時間を陽に含まない関数の場合

$f$ が時刻 $t$ を陽に含まない場合、先程の公式の右辺第一項が消えて、

\begin{split}
\ff{\diff f}{\diff t}=\{f,H \}
\end{split}

となります。この $f$ と $H$ とした場合、右辺は $\{H,H \}$ となります。これはポアソンブラケットの性質より

\begin{split}
\{H,H \}=0
\end{split}

したがって、

\begin{split}
\ff{\diff H}{\diff t}=0
\end{split}

と言えます。したがって、ハミルトニアンが時間に依らない保存量となることが分かります。

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ポアソンブラケットの公式

ヤコビの恒等式以外にも、ポアソンブラケットについては以下の公式が成立します。

ポアソンブラケットの公式

正準変数 $q,p$ を独立変数に持つ関数 $f,g,h$ に対して、以下の公式が成立する。

\begin{split}
&(1)\,\,\,\{f,g\}=-\{g,f\} \\[8pt]
&(2)\,\,\,\{f+g,h\}=\{f,h\}+\{g,h\} \\[8pt]
&(3)\,\,\,\{f,gh\}=h\{f,g\}+g\{f,h \} \\[8pt]
&(4)\,\,\,\{fg,h\}+\{gh,f\}+\{hf,g\}=0 \\
\,
\end{split}

公式の証明

以下に各公式の証明を示していきます。

公式$(1)$の証明

ポアソンブラケットの定義から $\{f,g \}$ について計算し、変形すると、

\begin{split}
\{f,g \}&=\sum_{i=1}^n\left(\ff{\del f}{\del q_i}\ff{\del g}{\del p_i}-\ff{\del f}{\del p_i}\ff{\del g}{\del q_i} \right)\EE
&=-\sum_{i=1}^n\left(\ff{\del g}{\del q_i}\ff{\del f}{\del p_i}-\ff{\del g}{\del p_i}\ff{\del f}{\del q_i} \right)\EE
&=-\{g,h\}
\end{split}

となります。よって、$(1)$を示せました。

公式$(2)$の証明

ポアソンブラケットの定義から $\{f+g,h \}$ について計算し、整理すると、

\begin{split}
\{f+g,h \}&=\sum_{i=1}^n\left(\ff{\del (f+g)}{\del q_i}\ff{\del h}{\del p_i}-\ff{\del (f+g)}{\del p_i}\ff{\del h}{\del q_i} \right)\EE
&=\sum_{i=1}^n\left\{ \left(\ff{\del f}{\del q_i}+\ff{\del g}{\del q_i} \right)\ff{\del h}{\del p_i}-\left(\ff{\del f}{\del p_i}+\ff{\del g}{\del p_i} \right)\ff{\del h}{\del q_i} \right\}\EE
&=\sum_{i=1}^n\left(\ff{\del f}{\del q_i}\ff{\del h}{\del p_i}-\ff{\del f}{\del p_i}\ff{\del h}{\del q_i} \right)+\sum_{i=1}^n\left(\ff{\del g}{\del q_i}\ff{\del h}{\del p_i}-\ff{\del g}{\del p_i}\ff{\del h}{\del q_i} \right)\EE
&=\{f,h\}+\{g,h\}
\end{split}

となります。よって、$(2)$を示せました。

公式$(3)$の証明

ポアソンブラケットの定義から $\{f,gh \}$ について計算し、整理すると、

\begin{split}
\{f,gh \}&=\sum_{i=1}^n\left(\ff{\del f}{\del q_i}\ff{\del (gh)}{\del p_i}-\ff{\del f}{\del p_i}\ff{\del (gh)}{\del q_i} \right)\EE
&=\sum_{i=1}^n\left\{ \ff{\del f}{\del q_i}\left(h\ff{\del g}{\del p_i}+g\ff{\del h}{\del p_i} \right)-\ff{\del f}{\del p_i}\left(h\ff{\del g}{\del q_i}+g\ff{\del h}{\del q_i} \right) \right\}\EE
&=h\sum_{i=1}^n\left(\ff{\del f}{\del q_i}\ff{\del g}{\del p_i}-\ff{\del f}{\del p_i}\ff{\del g}{\del q_i} \right)+g\sum_{i=1}^n\left(\ff{\del f}{\del q_i}\ff{\del h}{\del p_i}-\ff{\del f}{\del p_i}\ff{\del h}{\del q_i} \right)\EE
&=h\{f,g\}+g\{f,h \}
\end{split}

となります。よって、$(3)$を示せました。

公式$(4)$の証明

公式$(4)$ は $(1)$ と $(3)$ を活用することで示せます。すなわち、

\begin{split}
&\,\,\{fg,h\}+\{gh,f\}+\{hf,g\}\EE
=&-\{h,fg\}-\{f,gh\}-\{g,hf\}\EE
=&-\Big(f\{h,g\}+g\{h,f \} \Big)-\Big(g\{f,h\}+h\{f,g \} \Big)\EE
&\qquad-\Big(h\{g,f\}+f\{g,h \} \Big)\EE
=&\,0
\end{split}

となります。よって、$(4)$を示せました。

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ヤコビの恒等式の証明

ではいよいよヤコビの恒等式の証明を行っていきます。

ヤコビの恒等式

正準変数 $q_i,p_i$ を独立変数に持つ関数 $f,g,h$ に対して、以下のヤコビの恒等式が成立する。

\begin{split}
\{f,\{g,h \}\}+\{g,\{h,f \}\}+\{h,\{f,g \}\}=0 \\
\,
\end{split}

ヤコビの恒等式の証明

ヤコビの恒等式の証明を行っていきます。ヤコビの恒等式の証明は計算量が多く大変なため、工夫を施していきます。

さて、$n$ 次単位行列を $E$ として、$n$ 次の正方行列の要素を全て $0$ とした行列(=零行列)を $O$ と表すとします。 そして、$2n$ 次の正方行列 $J$ を次のように定義します。

\begin{split}
J=
\begin{pmatrix}
O & E \EE
-E & O
\end{pmatrix}
\end{split}

これを用いるとポアソンブラケットの式を以下のように表示することができます。

\begin{split}
\{f,g\}=\sum_{i,\,j=1}^{2n}J_{ij}\ff{\del f}{\del r_i}\ff{\del g}{\del r_j}
\end{split}

ただし、$r_a$ について $a\leq n$ となる添え字では $q$ を表し、$n+1\leq a$ となる添え字では $p$ を表すとします。

例えば、$i=1,j=n+1$ のとき($r_1=q_1,r_{n+1}=p_1$)、$\DL{J_{ij}\ff{\del f}{\del r_i}\ff{\del g}{\del r_j}=\ff{\del f}{\del q_1}\ff{\del g}{\del p_1}}$ となって、もう一つ、$i=n+1,j=1$ のとき($r_{n+1}=p_1,r_{1}=q_1$)を選ぶと、$\DL{J_{ij}\ff{\del f}{\del r_i}\ff{\del g}{\del r_j}=-\ff{\del f}{\del p_1}\ff{\del g}{\del q_1}}$ となります。

これらのペアを組み合わせるとポアソンブラケットの項が得られます。これより、上の式がポアソンブラケットの定義式と一致していることが分かります。

さらに、毎回総和記号を記述するのが面倒なため、アインシュタインの総和規約のように

\begin{split}
\{f,g\}=J_{ij}\ff{\del f}{\del r_i}\ff{\del g}{\del r_j}
\end{split}

と簡略表示することとします。以上の約束事を用いてヤコビの恒等式の第一項 $\{f,\{g,h\}\}$ を表示して計算してみましょう。すると、以下のようになります。

\begin{split}
\{f,\{g,h\}\}&=J_{ij}\ff{\del f}{\del r_i}\ff{\del}{\del r_j}\left( J_{kl}\ff{\del g}{\del r_k}\ff{\del h}{\del r_l} \right)\EE
&=J_{ij}J_{kl}\ff{\del h}{\del r_l}\ff{\del f}{\del r_i}\ff{\del^2 g}{\del r_j\del r_k}+J_{ij}J_{kl}\ff{\del f}{\del r_i}\ff{\del g}{\del r_k}\ff{\del^2 h}{\del r_j\del r_l}
\end{split}

同様に計算して $\{g,\{h,f\}\},\{h,\{f,g\}\}$ は次のように表せます。今後の展開を見据えて、$i,j,k,l$ の添え字を適宜変えていますが、本質は変わっていません。

\begin{split}
\{g,\{h,f\}\}&=J_{kl}J_{ji}\ff{\del f}{\del r_i}\ff{\del g}{\del r_k}\ff{\del^2 h}{\del r_j\del r_l}+J_{kj}J_{li}\ff{\del g}{\del r_k}\ff{\del h}{\del r_l}\ff{\del^2 f}{\del r_j\del r_i} \\[8pt]
\{h,\{f,g\}\}&=J_{li}J_{jk}\ff{\del g}{\del r_k}\ff{\del h}{\del r_l}\ff{\del^2 f}{\del r_j\del r_i}+J_{kl}J_{ji}\ff{\del h}{\del r_l}\ff{\del f}{\del r_i}\ff{\del^2 g}{\del r_j\del r_k}
\end{split}

すると、このようになります。(偏微分の関数は $f\to g\to h\to f$ のような輪環の順になるように配置しています)

これらの結果をまとめましょう。まず、$\DL{\ff{\del^2 f}{\del r_j\del r_i}}$ の項について和を考えると次のようになります。

\begin{split}
&\,\,J_{li}J_{jk}\ff{\del g}{\del r_k}\ff{\del h}{\del r_l}\ff{\del^2 f}{\del r_j\del r_i}+J_{kj}J_{li}\ff{\del g}{\del r_k}\ff{\del h}{\del r_l}\ff{\del^2 f}{\del r_j\del r_i} \EE
=&\,(J_{jk}+J_{kj})J_{li}\ff{\del g}{\del r_k}\ff{\del h}{\del r_l}\ff{\del^2 f}{\del r_j\del r_i}\EE
=&\,0
\end{split}

$J_{ab}$ とその添え字を反転させた $J_{ba}$ は $J_{ab}=-J_{ba}$ の関係にあるので、$J_{jk}+J_{kj}=0$ と言えます。ゆえに、$\DL{\ff{\del^2 f}{\del r_j\del r_i}}$ の項の和は $0$ となるのです。$g,h$ の項についても同様の結果となります。

ゆえに、

\begin{split}
\{f,\{g,h \}\}+\{g,\{h,f \}\}+\{h,\{f,g \}\}=0
\end{split}

と言えます。以上よりヤコビの恒等式を示せました。

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