無限小変換とは、正準変換の特別な場合の変換として定義される変換のことです。
無限小変換は一般化座標・一般化運動量の微小変化についての正準変換であり、具体的には恒等変換に対する微小変化として定式化されます。
無限小変換に選ぶ母関数と無限小パラメータの組み合わせが重要であり、特定の組を選ぶとハミルトニアンや運動量、角運動量が現れます。
無限小変換とは?
いきなりですが、無限小変換とは次のように定義される変換のことです。
恒等変換とは?
無限小変換の基礎は正準変換にあります。無限小変換の導出にあたっては次の恒等変換が重要になります。
上の定義を母関数と正準変数の公式に適用すると、変換後の正準変数を次のように求めれられます。
\begin{split}
p_i &= \ff{\del W}{\del q_i}=P_i \EE
Q_i &= \ff{\del W}{\del P_i}=q_i
\end{split}
これから分かるように、正準変換の前後で旧変数と新変数で変化が無いことが分かります。このような変換のことを恒等変換と呼びます。
なお、恒等変換が正準変換であることは、ポアソンブラケットと正準変換の判定公式を用いても確認できます。
無限小変換と母関数
では、$(q,p)\to(Q,P)=(q+\diff q,p+\diff p)$ への正準変換、つまり無限小変換を行ったとき、それに対応する母関数はどのような対応関係にあるのかについて考えてみましょう。
これについては、先ほど考えた恒等変換がヒントになりそうです。なぜなら、無限小変換はほぼ恒等変換と同じと考えることができるためです。さて、無限小変換の母関数が $W’$ であったとしましょう。このとき、恒等変換の母関数を $W$ として、
\begin{split}
W’=W+\diff W=\sum_{i=1}^n P_iq_i+\diff W
\end{split}
とできるでしょう。問題は母関数の微小変化分の $\diff W$ ですが、ここで $G(q,P)$ と無限小パラメータ $\eps$ を導入して次のように置くことにします。
\begin{split}
\diff W=\eps\cdot G(q,P)
\end{split}
そして、$G$ のことを無限小変換の母関数と呼ぶことにします。今、無限小変換はほぼ恒等変換と一致すると言えるので、$P=p$ として良いでしょう。したがって、上の式をこのようにできます。
\begin{split}
\diff W=\eps\cdot G(q,P)=\eps\cdot G(q,p)
\end{split}
以上より、$W’$ を
\begin{split}
W’=W+\diff W=\sum_{i=1}^n P_iq_i+\eps\cdot G(q,p)
\end{split}
とできます。そして、$W’$ を母関数と正準変換の公式に適用すると、以下のことが導けます。
\begin{split}
Q_i&=\ff{\del W’}{\del P_i}\EE
q_i+\diff q_i&=q_i+\eps\ff{\del G}{\del p_i} \EE
\therefore\,\diff q_i&=\eps\ff{\del G}{\del p_i}
\end{split}
\begin{split}
p_i&=\ff{\del W’}{\del q_i}\EE
P_i-\diff p_i&=P_i+\eps\ff{\del G}{\del q_i} \EE
\therefore\,\diff p_i&=-\eps\ff{\del G}{\del q_i}
\end{split}
これより、冒頭に紹介した無限小変換の公式が得られました。
無限小変換と一般の関数の変化分
任意関数 $f(q_i,p_i)$ の変化分を $\diff f$ とします。すると、全微分の関係から次のように記述できます。
\begin{split}
\diff f=\ff{\del f}{\del q_i}\diff q_i+\ff{\del f}{\del p_i}\diff p_i
\end{split}
これに先述の無限小変換の公式を適用すると、
\begin{split}
\diff f=\eps \ff{\del f}{\del q_i}\ff{\del G}{\del p_i}-\eps\ff{\del f}{\del p_i}\ff{\del G}{\del q_i}
\end{split}
となります。さらにポアソンブラケットを適用して、以下が得られます。
\begin{split}
\diff f=\eps\{f,G \}
\end{split}
無限小変換と保存則
ここからは、無限小変換なるものから何が言えるのかについて見ていきましょう。
時間並進と無限小変換
初めに、無限小パラメータとして $\eps=\diff t$ を採用した場合について考えます。この場合は無限小変換の公式より以下のようになり、
$$
\left\{
\begin{split}
\diff q_i&=\diff t\ff{\del G}{\del p_i}\EE
\diff p_i&=-\diff t\ff{\del G}{\del q_i}
\end{split}
\right.
$$
したがって、
$$
\left\{
\begin{split}
\ff{\diff q_i}{\diff t}&=\ff{\del G}{\del p_i}\EE
\ff{\diff p_i}{\diff t}&=-\ff{\del G}{\del q_i}
\end{split}
\right.
$$
が得られます。この結果から分かるように、$G$ はハミルトニアン $H$ と対応しています。したがって、時刻 $t$ から $t+\diff t$ への無限小変換の母関数はハミルトニアンであり、この無限小変換により $q+\diff q_i,p+\diff p_i$ に変換されると言えます。
さらに、正準変数 $(q,p)$ が微小時間 $\diff t$ 毎に、無限小変換を受けて新たな正準変数 $(q+\diff q,p+\diff p)$ になる様子を位相空間にプロットしたとします。すると、この軌跡は振り子のトラジェクトリーや調和振動のトラジェクトリ―のようなトラジェクトリーを描くと考えることができます。
空間並進と無限小変換
次に、空間並進の無限小変換について考えてみましょう。
空間並進の結果、一般化座標が $q_i\to q_i+\eps_i=Q_i$ になったとします。なお、$\eps_i$ は微小な平行移動量 $\diff q_i$ を用いて、
\begin{split}
\eps_i=\diff q_i=Q_i-q_i
\end{split}
と置くことができます。
さて、空間並進は座標軸の微小変化であるため、それぞれの質点の速度には影響しません。したがって、微小変換前後での運動量は変化せず、$p_i=P_i$ $(\diff p_i=0)$とすることができます。
以上のことを無限小変換の公式に適用すると、
$$
\left\{
\begin{split}
\diff q_i&=\diff q_i\ff{\del G}{\del p_i}\EE
\diff p_i&=0=-\diff q_i\ff{\del G}{\del q_i}
\end{split}
\right.
$$
したがって、
$$
\left\{
\begin{split}
\ff{\del G}{\del p_i}&=1\EE
\ff{\del G}{\del q_i}&=0
\end{split}
\right.
$$
これより、$\DL{G=\sum_{i=1}^n p_i}$ となります。
この結果から、空間並進による無限小変換を生成する母関数は運動量となることが分かります。
空間回転と無限小変換
時間並進、空間並進と来たので、次は空間回転の無限小変換について考えてみましょう。ただ、一般の場合での回転を考えると計算が複雑になるため、$2$ 次元での回転について考えることにします。
さて、$q_1,q_2$ の一般化座標で表された座標系を $\eps$ だけ回転させたとします。このとき、質点の位置を表す座標が $(q_1,q_2)\to (Q_1,Q_2)$ に変化したとすると、その対応関係は回転行列を用いて次のように記述できるはずです。
$$
\begin{bmatrix}
Q_1\\
Q_2
\end{bmatrix}
=
\begin{bmatrix}
\cos\eps & -\sin\eps \\
\sin\eps & \cos\eps
\end{bmatrix}
\begin{bmatrix}
q_1\\
q_2
\end{bmatrix}
$$
今、$\eps$ は無限小パラメータのため、$\cos\eps\NEQ 1,\,\sin\eps\NEQ\eps$ と近似できます。したがって、
$$
\begin{bmatrix}
Q_1\\
Q_2
\end{bmatrix}
=
\begin{bmatrix}
1 & -\eps \\
\eps & 1
\end{bmatrix}
\begin{bmatrix}
q_1\\
q_2
\end{bmatrix}
$$
となり、
$$
\left\{
\begin{split}
Q_1 &=q_1-\eps q_2 \EE
Q_2 &=\eps q_1+q_2
\end{split}
\right.
$$
ここで $Q_1=q_1+\diff q_1,\,Q_2=q_2+\diff q_2$ の関係にあるとすると、
$$
\left\{
\begin{split}
\diff q_1&=-\eps q_2 \EE
\diff q_2&=\eps q_1
\end{split}
\right.
$$
が得られます。運動量については $\diff p=\diff \dot{q}$ の関係にあるので、
$$
\left\{
\begin{split}
\diff p_1&=-\eps p_2 \EE
\diff p_2&=\eps p_1
\end{split}
\right.
$$
とできます。これを無限小変換の公式に適用すると、以下の結果が得られます。
$$
\left\{
\begin{split}
\ff{\del G}{\del q_1}&=p_2,\quad \ff{\del G}{\del p_1}=-q_2\EE
\ff{\del G}{\del q_2}&=-p_1,\quad \ff{\del G}{\del p_2}=q_1
\end{split}
\right.
$$
この結果より、$G=q_1p_2-q_2p_1$ が得られます。母関数 $G$ の正体については角運動量の定義を思い出すと理解できます。
実際、$\B{r}=(q_1,q_2,0),\,\B{p}=(p_1,p_2,0)$ とすると、その角運動量は $\B{L}=\B{r}\times \B{p}$ を計算して $\B{L}=q_1p_2-q_2p_1$ となります。($z$軸周りの角運動量と一致)
以上の結果より、回転並進による無限小変換を生成する母関数は角運動量となることが分かります。