今回は摩擦の無い振り子の運動を位相空間上にプロットした軌跡について説明します。
さて、このような軌跡はトラジェクトリーと呼ばれていて、振り子の場合のトラジェクトリーは図のようになります。図から分かるように振り子が持つ力学的エネルギーによりトラジェクトリーの軌跡が変化します。
それでは振り子のトラジェクトリーを求めていきましょう。まずは、振り子のハミルトニアンを求めることから始めていきます。
振り子のハミルトニアン
振り子の位相空間上での軌跡を求める準備として振り子のハミルトニアンを求めます。
長さ $l$ のひもにつながれた重さ $m$ の錘が振動しているとします。すると、その運動エネルギー $T$ は、
\begin{split}
T=\ff{1}{2}m(l{\dot{\q}})^2
\end{split}
と表せます。今、ポテンシャルエネルギーの基準を振り子の支点とします。すると、鉛直線から角度 $\q$ の位置にある錘のポテンシャルエネルギーを、
\begin{split}
U=-mgl\cos\q
\end{split}
と表せます。今、ラグランジアンは $\DL{L=\ff{1}{2}ml^2{\dot{\q}}^2+mgl\cos\q}$ であること、ラグランジアンと運動量の関係を用いると、その一般化運動量 $p_{\q}$ を
\begin{split}
p_{\q}=\ff{\del L}{\del \dot{q}_{\q}}=ml^2\dot{\q}
\end{split}
とできます。したがって、運動エネルギー $T$ を
\begin{split}
T=\ff{p_{\q}^2}{2ml^2}
\end{split}
とできます。
以上より、振り子の系全体のハミルトニアン $H$ を
\begin{eqnarray}
H=T+U=\ff{p_{\q}^2}{2ml^2}-mgl\cos\q\tag{1}
\end{eqnarray}
と求められます。
なお、ハミルトニアンの定義を用いても上の結果を導くことができます。実際、
\begin{split}
H&=p_{\q}\dot{\q}-L\EE
&=p_{\q}\cdot\ff{p_{\q}}{ml^2}-(T-U)\EE
&=p_{\q}\cdot\ff{p_{\q}}{ml^2}-\left(\ff{p_{\q}^2}{2ml^2}+mgl\cos\q \right) \EE
&=\ff{p_{\q}^2}{2ml^2}-mgl\cos\q=E
\end{split}
とできて、同じ結果を導けることが分かります。
振り子のトラジェクトリー
それでは、式$(1)$から振り子のトラジェクトリーを描いていきましょう。
ただし、$(1)$ のままではトラジェクトリーを描く情報が不足しているため、$p_{\q}$ を具体的な形で表すことを志向します。
さて、今回のハミルトニアンは系の持つ力学的エネルギーの総和と一致しているので $H=E$ と言えます。ゆえに、$p_{\q}$ を
\begin{split}
p_{\q}&= \pm\sqrt{2ml^2(E-U)} \EE
&=\pm\sqrt{2ml^2(E+mgl\cos\q)}
\end{split}
と記述できます。
※ $p_{\q}<0$ は時計回りの方向の運動を表すとします。
上の式が表す軌跡を位相空間上に描画すると図のような軌跡となります。(ただし、$E_1<E_2<E_3$)
上図から分かるように振り子のトラジェクトリーは初期エネルギー $E$ の大きさにより変わります。
まず、$E_1$ が描く軌跡の意味について考えます。$p_{\q}$ が $\q$ 軸と交わる点は、振り子の最大の振幅角に対応することに気が付くと軌跡の意味が見えてきます。今、$\q$ 軸との交点が $-\pi$ から $\pi$ の間に収まっていることより、鉛直線を境に振動を繰り返す振り子の運動であることが分かります。
次に、$E_3$ が表す軌跡ですが、これは $\q=-\pi,\pi$ でも $p_{\q}\neq 0$ となっていることに注目します。これは錘が真上の位置に到達しても速度が $0$ より大きいことを表します。したがって、$E_3$ に対応する軌跡は回転運動であることが分かります。
最後の $E_2$ が表す軌跡についてですが、これは振り子が真上 $\q=-\pi,\pi$ にてちょうど静止する状態に相当します。つまり $E_2$ は振動運動と回転運動とを分ける境界の特別な状態といえます。このように、$E_2$ は特別な軌道と言えます。そのため、$E_2$ が表す軌跡にはセパラトリクスという名前が付けられています。
ポテンシャルの井戸とは?
前述の振り子のトラジェクトリーは実は立体的な曲面となっています。今回の振り子の場合、曲面は図のようになります。
なお、前節にて描いた各 $E$ に対応するトラジェクトリーは曲面の等高線に対応します。
さて、立体化したことで新たに分かることがあります。それは、振り子の運動を表す曲面が井戸のような深いくぼみを持つことです。そして、井戸の深さはポテンシャルエネルギー $U$ の大きさにより決まることより、この”井戸”はポテンシャルの井戸($\RM{potential\,well}$)と呼ばれます。
そして、セパラトリクスより下であれば振り子の錘は井戸の底周辺での運動をすると言えます。
アトラクターとは?
発展的な内容となりますが、ついでにアトラクターという概念についても紹介しておきます。
アトラクター($\RM{attractor}$)とは、時間発展する軌道を引き付ける性質を持った位相空間上の領域のことです。
アトラクターは力学系というカオスを研究する分野で重要な概念となります。アトラクターは、その構造や性質により点アトラクター、周期アトラクター、準周期アトラクター、ストレンジアトラクターの $4$ つに分類されます。
ここでは、最も簡単かつ理解しやすい点アトラクターについて紹介します。
言葉だけでは分かりづらいでしょうから、点アトラクターの具体例として、振り子が空気抵抗などを受けて徐々に振幅が減衰していく状況を考えます。
この状況は系が持つ力学的エネルギーが時間経過と共に失われていくことを意味します。したがって、減衰振動のトラジェクトリーは、時間経過と共にポテンシャルの井戸の底に向かって落ち込んでいくような軌跡となります。
最終的にはエネルギーを使い果たして振り子は停止します。この状態は位相空間上の原点に到達することと対応します。
どのような初期エネルギー状態から始めても、減衰振動のトラジェクトリーは時間経過と共に原点に吸い込まれるような軌跡となります。したがって、原点は定義より点アトラクターと言えます。