位相空間とトラジェクトリー|位相空間への招待【ハミルトンの正準方程式】

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トラジェクトリーとは、位相空間と呼ばれる特別な空間内での質点の軌跡のことです。

トラジェクトリーは、ハミルトンの正準方程式を利用することで描くことができます。

また、位相空間とトラジェクトリーの重要な定理である、リウヴィルの定理を紹介します。リウヴィルの定理は、統計力学で威力を発揮します。

他にもトラジェクトリーを利用することで、三体問題の解が初等関数の組み合わせで表せない理由を直感的に理解することができます。

※ベクトルの表記法やハミルトンの正準方程式については、以下の記事で詳しく解説しています。

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配位空間と位相空間

位相空間の話に入る前に、質点が運動する空間について考えましょう。

そもそも、質点は運動方程式に従って空間上に軌道を描きます。逆に運動方程式を解くことで、質点の軌道を計算できることを意味します。

質点の軌道が描かれる舞台である空間について、改めて考えましょう。質点の運動の自由度(≒次元)を$f$とします。

一般に、一般化座標${q_i}$だけを座標軸にして作る $f$ 次元空間を配位空間と呼び、一般化座標 ${q_i}$ と一般化運動量 ${p_i}$ を座標軸にして作る $2f$ 次元空間を位相空間と呼びます。

配位空間と位相空間

配位空間:一般化座標${q_i}$ だけを座標軸にして作る$f\,$次元空間

位相空間:一般化座標${q_i}$と一般化運動量${p_i}$を座標軸にして作る$2f\,$次元空間

配位空間での軌跡

配位空間という小難しい名前がついていますが、何のことはありません。

普段からなじみ深い、通常の座標系(デカルト座標・円筒座標系・球座標系 …)を配位空間と表現しているだけです。例として自由度2、すなわち$q_1, q_2\,$軸の二次元空間での配位空間を考えます。

中心を紐につながれた小球の運動を考えましょう。この小球の軌跡は、下図のような円軌道になります。

円運動する小球の軌跡

当たり前の結果です。

分かりやすいですが、ある時刻$t$での物体の位置や速度を、この図からだけでは決められないという欠点があります。これでは面白くありません。

ということで、位相空間での質点の軌道を考えてみましょう。

位相空間での軌跡

次に、$q_1, p_1\,$軸の二次元空間($f=1$)での位相空間を考えます。位相空間を考える際、ハミルトンの正準方程式を利用します。

ハミルトンの正準方程式とは、次のように定義される運動方程式の一種です。

ハミルトンの正準方程式

\begin{eqnarray}
\frac{\diff q_i}{\diff t} &=& \frac{\del H}{\del p_i} \EE
\frac{\diff p_i}{\diff t} &=& -\frac{\del H}{\del q_i} \\
\,
\end{eqnarray}

ばねにつながれた小球の運動を例に、位相空間での軌跡を考えましょう。(ばね定数を$k$、時刻$t$での小球の変位を$q_1$とします。)

ばねにつながれた小球の運動

まずは、ハミルトンの正準方程式を考えましょう。

準備として、ハミルトニアン$H\,$を計算すると次のようになります。($T$は運動エネルギー、$U$はポテンシャルエネルギーを表します。)

\begin{eqnarray}
H &=& T+U = E \tag{1} \EE
&=& \ff{1}{2}m\dot{q}_1^2 + \ff{1}{2}kq_1^2 \EE
&=& \ff{p_1^2}{2m} + \ff{1}{2}kq_1^2 \EE
\end{eqnarray}

最終行の変形は、運動量$p_1$が$m\dot{q}_1$と表せることを利用しています。また、運動エネルギー$T$とポテンシャルエネルギー$U$の和は、全エネルギー$E$となります。

すなわち、$H=E$とできます。従って、以下のようになります。

\begin{eqnarray}
E &=& \ff{p_1^2}{2m} + \ff{1}{2}kq_1^2 \EE
\end{eqnarray}

両辺を$E$で割り、変形すると、

\begin{eqnarray}
E &=& \ff{p_1^2}{2m} + \ff{1}{2}kq_1^2 \EE
1 &=& \left( \ff{p_1}{\sqrt{2mE}} \right)^2 + \left( \ff{q_1}{\sqrt{2E}/\sqrt{k}} \right)^2
\end{eqnarray}

となり、楕円の方程式が現れました。

位相空間上の、$q_1, p_1$座標系にプロットすると、下図のようになります。

ばね質点系の位相図

$m, k$は定数ですが、エネルギー$E$の大きさに応じて、楕円のサイズが変化します。また、$E$の大きさは、小球の初期変位から決定されます。

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トラジェクトリーとは?

位相空間内での点を位相点と呼びます。

それでは、楕円上の一つの位相点$(q’, p’)$が、楕円上をどう動くかを見ていきましょう。

通常、位置座標$x$の時間変化率$\dot{x}$を速さと呼びますが、位相空間では、運動量$p$の時間変化も速さと呼びます。位相点$(q’, p’)$の進む速さは、ハミルトンの正準方程式から、

\begin{eqnarray}
\dot{q’} &=& \ff{\del H}{\del p’} = \ff{p’}{2m}\EE
\dot{p’} &=& -\ff{\del H}{\del q’} = -kq’ \EE
\end{eqnarray}

と計算できます。

これらの関係式から、位相点の動く方向は、$p’ > 0$のとき$\dot{q’} > 0$より$q’$が増加する方向に、一方、$p’ < 0$のとき、$q’$が減少する方向に動くことが分かります。

同様に$q’$と$\dot{p’}$との間の関係も考えると、位相点は楕円上を時計回りに移動するということが明らかになります。

ばね質点系の位相図での位相点の移動経路

このような位相点が動いて描く軌跡のことを、トラジェクトリーと呼びます。

また、トラジェクトリー上の一つの位相点を定めると、その時刻での運動状態(座標と速度)が完全に決まります。これが、位相空間上で物体の運動を考える利点になります。

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なぜ$H=E$とできるのか?

式(1)に注目してください。

ハミルトニアン$H$が全エネルギー$E$と等しい($H=E$)ことを前提に、質点の位相空間上での軌道を議論しました。しかしながら、この前提は自明ではありません。

この前提について、本当に正しいのかをきちんと検証しましょう。具体的に示すことは、ハミルトニアン$H$が陽に$t$(=時間)を含まないとき、$H$は時間に依らないということです。

※ハミルトニアンが陽に時間を含まないとは、$H(\{q_i\}, \{p_i\})$と表せるということです。(ハミルトニアンが陽に時間を含む場合、$H(\{q_i\}, \{p_i\}, t)$と表現されます。)

まずは、$H$を$t$に関して常微分します。

\begin{eqnarray}
\ff{\diff H}{\diff t} &=& \ff{\del H}{\del t} + \sum_{i=1}^f\left( \ff{\del H}{\del q_i}\ff{\diff q_i}{\diff t} + \ff{\del H}{\del p_i}\ff{\diff p_i}{\diff t} \right) \EE
\end{eqnarray}

※左辺の微分は固定した$q, p$に対しての時間微分を表し、右辺の微分は任意の$q, p$に対しての時間微分を表します。さらに、ハミルトンの正準方程式の表式を適用すると、

\begin{eqnarray}
\ff{\diff H}{\diff t} &=& \ff{\del H}{\del t} + \sum_{i=1}^f\left( \ff{\del H}{\del q_i}\ff{\del H}{\del p_i} \,-\, \ff{\del H}{\del p_i}\ff{\del H}{\del q_i} \right) \EE
&=& \ff{\del H}{\del t}
\end{eqnarray}

となることが分かります。

右辺に関して、$H$は$t$を含まないので、$\displaystyle \ff{\del H}{\del t} = 0$です。従って、

\begin{eqnarray}
\ff{\diff H}{\diff t} &=& \ff{\del H}{\del t} = 0
\end{eqnarray}

となります。

これより、『ハミルトニアンが陽に時間を含まないとき、時間に依らず一定である』ことが示せました。

ハミルトニアンは、時間に依らない何らかの定数であることが分かりました。このハミルトニアンは、どんな物理量に相当するのでしょうか?

結論からいうと、時間を陽に含まないハミルトニアンは、系の全エネルギーを表します。すなわち、$H=T+U$となります。このことから、直ちに$H=E$であることが示せました。

$H=T+U$であることを示します。

$H$が時間を陽に含まない場合を考えます。

まず、$H$の定義から、

\begin{eqnarray}
H &=& \sum_{i=1}^f p_i\dot{q}_i \,- L \\
\end{eqnarray}

であり、ラグランジアン$L$は、$L=T-U$なので、次のように変形できます。

\begin{eqnarray}
H &=& \sum_{i=1}^f p_i\dot{q}_i \,+U \,-\, T \\
\end{eqnarray}

さて、一般化運動量$p_i$が$\displaystyle\ff{\del T}{\del \dot{q_i}}$で定義され、また$T=\displaystyle\sum_{i=1}^f \ff{1}{2}m_i \dot{q_i}^2$であることを利用すると、ハミルトニアンは、

\begin{eqnarray}
H &=& \sum_{i=1}^f\ff{\del T}{\del \dot{q_i}}\dot{q}_i \,+U \,-\, T \EE
&=& \sum_{i=1}^f m_i \dot{q_i}^2 \,+U \,-\, T \EE
&=& 2T +U \,-\, T \EE
&=& T+U = E
\end{eqnarray}

となり、『時間を陽に含まないハミルトニアンは、系の全エネルギーを表す』ことが示されました。

※$H$が$t$を陽に含む場合、$H\neq E$であることを忘れないでください。

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リウヴィルの定理

トラジェクトリーに話を戻します。微妙に初期変位が異なる四つのばねの質点が描く、位相空間上でのトラジェクトリーは下図のようになります。

位相空間上の微小要素の変形

初期変位が異なるため、四つの質点で全エネルギーがそれぞれ異なります。その結果、異なる楕円が描かれます。

それぞれのトラジェクトリー上の時刻$t$での位相点を$\RM{A, B, C, D}$として、時刻$t+\diff t$での位相点を$\RM{A’, B’, C’, D’}$とします。

また、$\RM{ABCD}$の面積を$S$、$\RM{A’B’C’D’}$の面積を$S’$とします。このとき、リウヴィルの定理から、$S=S’$の関係が成立することが知られています。

リウヴィルの定理とは、次のような定理です。

リウヴィルの定理

位相空間内のある微小領域内の各代表点が正準方程式に従って運動するとき、領域の形状は変化しても、その測度は変化せず保存される。

正準方程式測度について解説します。正準方程式は、そのままハミルトンの正準方程式のことを表します。

測度とは、面積や体積のような量を一般の次元に拡張した概念です。二次元平面であれば面積であり、三次元空間であれば体積になります。

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リウヴィルの定理の証明 $(f=1)$

$f=1$の場合に関して、リウヴィルの定理が成立することを証明します。

※リウヴィルの定理の一般の次元での証明は別の機会に行います。$f=1$つまり、$2$次元の$qp$位相空間でリウヴィルの定理が成立することを示します。

位相空間での微小要素の変形

位相空間での微小要素$\RM{ABCD}$が変形し、$\D t$秒後に$\RM{A’B’C’D’}$になったとします。変形前の各頂点の座標を次のように設定します。

\begin{split}
\RM{A}(q, p), \,\, \RM{B}(q+\diff q, p),\,\, \RM{C}(q+\diff q, p+\diff p), \,\, \RM{D}(q, p+\diff p)
\end{split}

このとき、$\RM{ABCD}$の面積$S$は$\diff q \diff p$となります。次に、変形後の各頂点の座標を考えていきましょう。手始めに$\RM{A’}$の座標を考えます。

$\RM{A’}$の座標を$(q’, p’)$とします。ここで、$\RM{A’}\big(q'(q, p), p'(q, p)\big)$と置くのがポイントです。

次に、$\RM{B’}$の座標を考えます。すると、$\RM{B’}\big(q'(q+\diff q, p), p'(q+\diff q, p) \big)$とできます。多変数関数のテイラー展開を利用し、一次の項で打ち切り近似すると$\RM{B’}$の座標は、

\begin{split}
\RM{B’}\left( q'(q, p)+\ff{\del q'(q, p)}{\del q}\diff q ,\,\, p'(q, p)+\ff{\del p'(q, p)}{\del q}\diff p \right)
\end{split}

とできます。同様に$\RM{C’, D’}$の座標は、

\begin{split}
&\RM{C’}\left( q'(q, p)+\ff{\del q’}{\del q}\diff q+\ff{\del q’}{\del p}\diff p ,\,\, p'(q, p)+\ff{\del p’}{\del q}\diff q+\ff{\del p’}{\del p}\diff p \right) \EE\\
&\RM{D’}\left( q'(q, p)+\ff{\del q’}{\del p}\diff p ,\,\, p'(q, p)+\ff{\del p’}{\del p}\diff p \right)
\end{split}

となります。

さて、ベクトル$\B{\RM{A^{\prime}B^{\prime}}}, \B{\RM{A’C’}}, \B{\RM{A’D’}}$を考えましょう。各ベクトルは次のように表せます。

\begin{split}
&\B{\RM{A’B’}} = \left( \ff{\del q’}{\del q}\diff q, \,\, \ff{\del p’}{\del q}\diff p \right) \EE
&\B{\RM{A’C’}} = \left( \ff{\del q’}{\del q}\diff q+\ff{\del q’}{\del p}\diff p ,\,\, \ff{\del p’}{\del q}\diff q+\ff{\del p’}{\del p}\diff p \right) \EE
&\B{\RM{A’D’}} = \left( \ff{\del q’}{\del p}\diff p ,\,\, \ff{\del p’}{\del p}\diff p \right) \EE
\end{split}

このとき、$\B{\RM{A’C’}} = \B{\RM{A’B’}} + \B{\RM{A’D’}} $となることから、$\RM{A’B’C’D’}$が平行四辺形であることが分かります。したがって、$\RM{A’B’C’D’}$の面積$S’$は外積を利用して、次のように計算できます。

\begin{eqnarray}
S’ &=& \left|\B{\RM{A’B’}}\times\B{\RM{A’D’}}\right| \EE
&=& \left| \ff{\del q’}{\del q}\cdot\ff{\del p’}{\del p} \,-\, \ff{\del p’}{\del q}\cdot\ff{\del q’}{\del p} \right| \diff q \diff p \EE
&=& \left| \ff{\del q’}{\del q}\cdot\ff{\del p’}{\del p} \,-\, \ff{\del q’}{\del p}\cdot\ff{\del p’}{\del q} \right| S \tag{1}
\end{eqnarray}

右辺の絶対値が$1$であれば、$S’=S$となりリウヴィルの定理が証明できます。そこで、右辺の絶対値を計算していきます。

このままではどうしようもないので、改めて$q’, p’$について考えましょう。$q, p$は、$\D t$秒後に$q’, p’$となるため、近似的に以下のようにできます。

\begin{split}
&q’ = q + \ff{\diff q}{\diff t} \D t \EE
&p’ = p + \ff{\diff p}{\diff t} \D t \EE
\end{split}

ハミルトンの正準方程式を利用すると、以下の様になります。

\begin{split}
&q’ = q + \ff{\del H}{\del p} \D t \EE
&p’ = p \,-\, \ff{\del H}{\del q} \D t \EE
\end{split}

これを式(1)に代入すると以下の様に変形できます。

\begin{split}
S’ &= \left| \ff{\del q’}{\del q}\cdot\ff{\del p’}{\del p} \,-\, \ff{\del q’}{\del p}\cdot\ff{\del p’}{\del q} \right| S \EE
&= \left\{ \ff{\del }{\del q}\left( q + \ff{\del H}{\del p} \D t \right)\cdot \ff{\del }{\del p}\left( p \,-\, \ff{\del H}{\del q} \D t \right) \right. \EE
&\qquad \,-\, \left. \ff{\del }{\del p}\left( q + \ff{\del H}{\del p} \D t \right)\cdot \ff{\del }{\del q}\left( p \,-\, \ff{\del H}{\del q} \D t \right)\right\}S \EE
&= \left\{ \left( 1 + \ff{\del^2 H}{\del q\del p} \D t \right)\cdot \left( 1 \,-\, \ff{\del^2 H}{\del q\del p} \D t \right) \right. \EE
&\qquad\qquad\qquad\qquad\qquad + \left. \ff{\del^2 H }{\del p^2}\cdot\ff{\del^2 H }{\del q^2}(\D t)^2 \right\}S \EE
&= S + \left\{ \ff{\del^2 H }{\del p^2}\cdot\ff{\del^2 H }{\del q^2} \,-\, \left( \ff{\del^2 H}{\del q\del p} \right)^2 \right\}(\D t)^2\cdot S \EE
\end{split}

途中、$q, p$が独立であることを利用しています。さて、$\D t$は微小であるため、$(\D t)^2 \NEQ 0$と近似できます。

したがって、右辺第二項を$0$とできて、$S’ = S$とできます。$f = 1$でのリウヴィルの定理を証明できました。


一般の次元でのリウヴィルの定理の証明は、正準変換と合わせて別の機会に解説します。

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