今回は、カノニカルアンサンブル(正準集団)の理論を拡張したグランドカノニカルアンサンブル(大正準集団)の理論について解説していきます。
カノニカルアンサンブルでは部分系を閉じた系と考え物質の移動を考えませんでしたが、グランドカノニカルアンサンブルでは部分系を開いた系として、物質の移動を許す点が異なります。
つまり、グランドカノニカルアンサンブルの理論はより現実に近いモデルであると言えます。そのため、グランドカノニカルアンサンブルの理論は化学反応や量子統計力学の大きな助けとなります。
さて、グランドカノニカルアンサンブルでも、カノニカルアンサンブルと同様に分布と分配関数を考えることができ、それらはグランドカノニカル分布、大分配関数と呼ばれます。
これら、グランドカノニカル分布と大分配関数の導出を行っていきます。まずは、グランドカノニカルアンサンブルの舞台設定について説明します。
グランドカノニカルアンサンブルとは?
グランドカノニカルアンサンブルはカノニカルアンサンブルと同様、大きな断熱容器に存在する無数の部分系のエネルギー状態に関する理論です。
カノニカルアンサンブルでは部分系を閉じた系と考え物質の移動を考えませんでしたが、グランドカノニカルアンサンブルでは部分系を開いた系として、物質の移動を許す点が異なります。そのため、グランドカノニカルアンサンブルの理論は化学反応や量子統計力学を考える際に大きな助けとなります。
具体的にグランドカノニカルアンサンブルの舞台設定について説明します。
今、グランドカノニカルアンサンブルが $M$ 個の部分系から成っており、部分系全てのエネルギーを合計したものを $E_T$、粒子の合計個数が $N_T$ であるとします。
さて、部分系は開いた系のため、部分系の粒子数は $0,1,\cdots$ と変動します。なお粒子数 $i$ に対して複数のエネルギー状態 $E_{1},E_{2}\cdots$ を取り得るとします。(以下、部分系の粒子数が $n_i$ で $E_j$ のエネルギーを持つときを $E_{i,j}$ と表すと約束します)
例えば、$1$ 番目の部分系に $n_i=3$ 個の粒子数が含まれており、$3$ 個の分子集団が取る得るエネルギーの中で $4$ 番目のエネルギーを持つとき、これを $E_{3,4}$ と表すとします。
さらに、粒子数とエネルギーの組み合わせが $E_{i,j}$ である部分系の個数を $m_{i,j}$ と表すことにします。
以上の条件をまとめると、グランドカノニカルアンサンブルについて次の $3$ つの制約条件を導くことができます。
$$
\left\{
\begin{split}
&\sum_{i,j}m_{i,j}=M \EE
&\sum_{i,j}m_{i,j}E_{i,j}=E_T \EE
&\sum_{i,j}m_{i,j}n_i=N_T
\end{split}
\right.
$$
これの制約条件はグランドカノニカル分布や大分配関数を導出する際に重要な役割を果たします。
グランドカノニカルアンサンブルと微視的状態数
カノニカルアンサンブルでの議論と同様、微視的状態数の最大値をラグランジュの未定乗数法より求めていきます。
微視的状態数の導出
準備として、グランドカノニカルアンサンブルの微視的状態数について計算します。まず、$m_{0,1}$ の部分系が $w_{0,1}$ の縮退度であったとします。すると、カノニカルアンサンブルと同様の議論より微視的状態数 $W_{0,1}$ が次のように表せます。
\begin{split}
W_{0,1}={}_MC_{m_{0,1}}\cdot w_{0,1}^{m_{0,1}}=\ff{M!}{m_{0,1}!(M-m_{0,1})!}w_{0,1}^{m_{0,1}}
\end{split}
これを用いると、一般の $m_{i,j}$ での微視的状態数 $W_{i,j}$ を次のようにできます。
\begin{split}
W_{i,j}={}_{(M-m_{0,1}-\cdots-m_{i,j})}C_{m_{i,j}}\cdot w_{i,j}^{m_{i,j}}=\ff{(M-m_{0,1}-\cdots-m_{i,j-1})!}{m_{i,j}!(M-m_{0,1}-\cdots-m_{i,j})!}w_{i,j}^{m_{i,j}}
\end{split}
以上より、グランドカノニカルアンサンブル全体の微視的状態数 $W_T$ がこのように求められます。
\begin{split}
W_T&=\prod_{i,j}W_{i,j} \EE
&=\ff{M!\,w_{0,1}^{m_{0,1}}}{m_{0,1}!(M-m_1)!}\cdots\ff{(M-m_{0,1}-\cdots-m_{i,j-1})!}{m_{i,j}!(M-m_{0,1}-\cdots-m_{i,j})!}w_{i,j}^{m_{i,j}}\cdots\EE
&=\ff{M!}{m_{0,1}!m_{0,2}!\cdots m_{i,j}!\cdots}w_{0,1}^{m_{0,1}}w_{0,2}^{m_{0,2}}\cdots w_{i,j}^{m_{i,j}}\cdots\EE
&=\ff{M!\prod_{i,j}w_{i,j}^{m_{i,j}}}{\prod_{i,j}m_{i,j}!}
\end{split}
微視的状態数の最大値の導出
グランドカノニカルアンサンブルで実際に観測されるだろう状態は、エルゴート仮説から微視的状態数 $W_T$ が最大値となると予想されます。したがって、$W_T$ の最大値は重要な意味を持ちます。
ここでも、カノニカルアンサンブルと同様に、$W_T$ の対数をとり、その最大値を計算する方針で進めます。すなわち、
\begin{split}
\log W_T&=\log\left(\ff{M!\prod_{i,j}w_{i,j}^{m_{i,j}}}{\prod_{i,j}m_{i,j}!}\right)\EE
&=\log M!+\sum_{i,j} m_{i,j}\log w_{i,j}-\sum_{i,j} \log m_{i,j}!
\end{split}
の最大値を計算することとします。なお、上式はスターリングの公式を用いてさらに整理でき、
\begin{split}
\log W_T&=\sum_{i,j}m_{i,j}(\log M-\log m_{i,j}+\log w_{i,j})
\end{split}
とできます。上式の最大値はラグランジュの未定乗数法を用いることで導出できます。すなわち、関数 $L$ をこのようにして、($\A,\beta,\gamma$ は定数とします)
\begin{split}
L&=\log W_T-\A\left(M-\sum_{i,j}m_{i,j} \right)-\beta\left(E_T-\sum_{i,j}m_{i,j}E_{i,j} \right)-\gamma\left( N_T-\sum_{i,j}m_{i,j}n_i \right)
\end{split}
これに $W_T$ を代入し $m_{i,j}$ の微分を $0$ としたものが最大値の条件となります。
\begin{split}
\ff{\del L}{\del m_{i,j}}&=\log\ff{Mw_{i,j}}{m_{i,j}}-(\A-1)+\beta E_{i,j}+\gamma\,n_i=0
\end{split}
これを用いて大分配関数の導出を行います。
大分配関数の導出
上で得られた結果は、グランドカノニカルアンサンブルの微視的状態数の最大値を与える条件と言えます。今後の展開を見据えて、$(\A-1)=-\A,\beta=-\beta,\gamma=-\gamma$ と置き直して、さらに移項して整理すると、
\begin{split}
\log\ff{Mw_{i,j}}{m_{i,j}}=-\A-\beta E_{i,j}-\gamma\,n_i
\end{split}
これを $m_{i,j}$ について変形すると、
\begin{split}
m_{i,j}=Mw_{i,j}e^{-\A-\beta E_{i,j}-\gamma\,n_i}
\end{split}
これに制約条件の一つである、$\DL{\sum_{i,j}m_{i,j}=M}$ を適用すると、
\begin{split}
m_{i,j}=\sum_{i,j}m_{i,j}w_{i,j}\exp\Big(-\A-\beta E_{i,j}-\gamma\,n_i\Big)
\end{split}
したがって、
\begin{split}
e^{-\A}=\sum_{i,j}w_{i,j}e^{-\beta E_{i,j}-\gamma\,n_i}=Z_G
\end{split}
と導けます。そして、この右辺を分配関数と対比して大分配関数と呼びます。以上より、ある部分系に $E_{i,j}$ のエネルギーが分配される確率 $P_{i,j}$ を次のように表すことができます。
\begin{split}
P_{i,j}=\ff{w_{i,j}\,e^{-\beta E_{i,j}-\gamma\,n_i}}{\DL{\sum_{i,j}w_{i,j}e^{-\beta E_{i,j}-\gamma\,n_i} }}=\ff{w_{i,j}\,e^{-\beta E_{i,j}-\gamma\,n_i}}{Z_G}
\end{split}
そして、この確率に従う分布のことをグランドカノニカル分布と呼ぶのです。