熱伝達とは、流体の対流により熱の移動が行われる伝熱形態です。熱伝達により移動する熱量は、ニュートンの冷却法則より求められますが、未解決の問題が一つありました。
それは、熱伝達係数(熱伝達率)は流体固有の物性値ではなく、流速等の周囲の環境により決まる数値であるということです。
さて、結論から先に示すと、熱伝達係数はヌセルト数と呼ばれる無次元数と以下のような関係にあることが分かっています。
今回は、熱伝達率係数の性質について、流体力学とエネルギーの観点から考察を行い、ヌセルト数という重要な数値との関係と、その導出過程について解説します。
熱伝達と対流
熱伝達は対流により熱が運ばれる伝熱形態です。熱伝達のポイントは、対流の様子により運ばれる熱量が変化する点です。この節では、熱伝達と対流の大まかな関係について見ていきます。
自然対流と強制対流
対流は流体内の密度差により生じる現象です。例えば、流体の一部が温められ周りの流体に比べて密度が小さくなると、それに比例した大きさの浮力が生じます。
この浮力が駆動力となり流体内に流れが生じます。
このように、自然に生じた流体自身の密度差により生まれた流れをのことを、自然対流あるいは、自由対流と呼びます。
一方、送風機などで強制的に流体を移動させて生じる流れのことを強制対流と呼びます。
熱伝達においては、自然対流と強制対流で伝熱量のオーダーが $1$ 桁変わるため、計算の際はどちらの環境の伝熱量で考えているのかに注意しなければなりません。
層流と乱流
また、熱伝達による伝熱量は個体壁近傍の流れの様子によっても大きな影響を受けます。
特に、層流と乱流では熱の運搬効率が大きく異なり、乱流になると熱伝達率のオーダーがさらに $1$ 桁変わります。
これは、おいては流速が不規則に変化する乱流では、乱流混合と呼ばれる現象により熱エネルギーの移動がより促進されるためです。
熱伝達率の性質
熱伝達率の理論的な考察を実施する準備として、局所的な熱伝達率と、流体の熱伝導率との関係を調べておきます。
ポイントとなるのは、熱伝達が最も活発に行われるのは、境界層と呼ばれる個体壁近傍の領域であるということです。
つまり、流体の熱伝導率を $k$、温度境界層の厚さを $\delta$(デルタ)とすると、境界層を横切る熱流束 $q$ はフーリエの法則より、
\begin{split}
q = k\ff{T_w-T_{\infty}}{\delta}
\end{split}
と表せるということです。一方、熱流束はニュートンの冷却法則を用いて次のようにも表せます。
\begin{split}
q = h(T_w-T_{\infty})= k\ff{T_w-T_{\infty}}{\delta}
\end{split}
$2$ 式を比較すると、熱伝達率は熱伝導率を用いて
\begin{split}
h = \ff{k}{\delta}
\end{split}
とできることが分かります。上式より、熱伝達率の大きさは温度境界層の厚さの逆数に比例することが分かります。
実際、熱伝達率は流速に応じて大きくなりますが、これは流速の増加に伴い境界層の厚さが減少するためである、と理解できます。
このように、熱伝達率は熱伝導率や比熱と異なり、流体の物性のみでは定まらないことが厄介な点となります。熱伝達率を正確に求めるためには流体力学の力も借りなければなりません。このことについては、次節以降考えていきます。
なお、熱伝達率は表面の位置にも依存し、この熱伝達率を局所熱伝達率と呼びます。局所熱伝達率を表面全体に渡って平均化したものを平均熱伝達率と呼び区別します。
平均熱伝達率 $\overline{h}$ と、局所熱伝達率 $h$ の間には次のような関係があります。
\begin{split}
\overline{h} = \ff{1}{A}\int_A h\,\diff A
\end{split}
ただし、表面積を $A$ とします。
熱伝達の基礎方程式と無次元化
熱伝達率を見積もることは伝熱工学において重要な部分を占めます。そこで、熱伝達率を理論的に見積もる方法について考えます。
先述のように、熱伝達は境界層にて活発に伝熱が行われます。そのため、熱伝達の解析に流体力学も用いることとします。特に、境界層内の流れの様子を記述する、以下の境界層方程式を用いることが重要となります。
$$
\left\{
\begin{split}
&\,\ff{\del u}{\del x}+\ff{\del v}{\del y} = 0 \EE
&\, u\ff{\del u}{\del x}+v\ff{\del u}{\del y} =-\ff{1}{\rho}\ff{\del p}{\del x}+\nu\ff{\del^2 u}{\del y^2} \EE
&\, \ff{\del p}{\del y}=0
\end{split}
\right.
$$
なお、$\rho$ を密度、$\nu$ を動粘度とします。
次に、流体内を移動する熱エネルギーについての方程式が必要となりますが、内部発熱の無い非圧縮性流体に対しては、以下のように記述できることが知られています。
\begin{split}
\ff{D T}{D t} = \A \nabla^2 T
\end{split}
なお、$\DL{\ff{D}{D t}}$ は物質微分を表し、$\A$ を熱拡散率とします。今は定常流かつ、境界層内でのエネルギーの移動を考えているため、上式は、
\begin{split}
u\ff{\del T}{\del x}+v\ff{\del T}{\del y} = \A \ff{\del^2 T}{\del y^2}
\end{split}
とできます。
基礎方程式の無次元化
以上の $2$ 式より、境界層内での伝熱の様子を記述する方程式は次のようになります。
$$
\left\{
\begin{split}
&\,\ff{\del u}{\del x}+\ff{\del v}{\del y} = 0 \EE
&\, u\ff{\del u}{\del x}+v\ff{\del u}{\del y} =-\ff{1}{\rho}\ff{\del p}{\del x}+\nu\ff{\del^2 u}{\del y^2} \EE
&\, u\ff{\del T}{\del x}+v\ff{\del T}{\del y} = \A \ff{\del^2 T}{\del y^2}
\end{split}
\right.
$$
ここで、物体の代表長さを $L$、遠方での流速を $u_{\infty}, v_{\infty}$ として、長さと流速を無次元化でき、
$$
\left\{
\begin{split}
&\,u^{*} = \ff{u}{u_{\infty}},\,v^{*} = \ff{v}{u_{\infty}} \EE
&\,x^{*} = \ff{x}{L},\,y^{*} = \ff{y}{L}
\end{split}
\right.
$$
さらに、圧力と温度についても以下の様に無次元化を行います。
$$
\left\{
\begin{split}
&\,p^{*} = \ff{p}{\rho u_{\infty}^2} \EE
&\,T^{*} = \ff{T-T_{\infty}}{T_w-T_{\infty}}
\end{split}
\right.
$$
これを先程の式に適用して整理すると、以下のようになります。
$$
\left\{
\begin{split}
&\,\ff{\del u^{*}}{\del x^{*}}+\ff{\del v^{*}}{\del y^{*}} = 0 \EE
&\, u^{*}\ff{\del u^{*}}{\del x^{*}}+v^{*}\ff{\del u^{*}}{\del y^{*}} =-\ff{\del p^{*}}{\del x^{*}}+\left( \ff{\nu}{u_{\infty} L} \right)\ff{\del^2 u^{*}}{\del y^{*2}} \qquad (1) \EE
&\, u^{*}\ff{\del T^{*}}{\del x^{*}}+v^{*}\ff{\del T^{*}}{\del y^{*}} = \left(\ff{\A}{u_{\infty}L} \right)\ff{\del^2 T^{*}}{\del y^{*2}}
\end{split}
\right.
$$
一連の変数変換により、境界層内の熱伝達を記述する方程式を無次元化できました。
ヌセルト数とは?
無次元化したことの最大の利点は、物体形状が相似であれば、同じ係数の方程式を適用できる点です。
したがって、式$(1)$に現れる無次元の係数がそれぞれ一致すれば、相似の物体の伝熱の様子は完全に一致します。それぞれの係数には名前が付けられており、
と呼びます。
この無次元数から、プラントル数という無次元数も導かれます。プラントル数 $Pr$ は、$\DL{Pr=\ff{Pe}{Re}}$ と定義される無次元数です。
この定義に基づくとプラントル数は、物理量を使って次のように具体的に表示できます。
これらの無次元数を使うと、温度場について、
\begin{split}
u^{*}\ff{\del T^{*}}{\del x^{*}}+v^{*}\ff{\del T^{*}}{\del y^{*}} = Re\cdot Pr\ff{\del^2 T^{*}}{\del y^{*2}}
\end{split}
と整理できるので、温度場に関して $T^{*}=T^{*}(x^{*},y^{*},Re, Pr)$ の関係にあると言えます。
これより熱伝達率を決定する背景の構造を導けます。まず、壁からの熱流束 $q_w$ をフーリエの法則より導くと、次のように書き下せます。
\begin{split}
q &= -k\ff{\del T}{\del x} \EE
&= -k\ff{T_w-T_{\infty}}{L}\cdot \ff{\del T^{*}}{\del x^{*}} \EE
&= -k\ff{T_w-T_{\infty}}{L}\cdot f(y^{*},Re, Pr)
\end{split}
ただし、$f$ を無次元の関数とします。これを熱伝達係数と比較すると、
\begin{split}
h &= \ff{q_w}{T_w-T_{\infty}}=\ff{k}{L}\cdot f(y^{*},Re, Pr)
\end{split}
という関係にあることが分かります。これより、平均熱伝達率は
\begin{split}
\overline{h} &= \ff{k}{L}\cdot \bar{f}(Re, Pr)=\ff{k}{L}\cdot \overline{Nu}
\end{split}
と与えられると言えます。このように、熱伝達率は無次元関数 $\bar{f}$ により定まるため、$\bar{f}$ には平均ヌセルト数 $\overline{Nu}$ という名前が与えられています。
※ ヌセルト数は、ビオ数と同じ形をしていますが、ビオ数では固体の熱伝導率により定義されていることに注意してください。
ヌセルト数の具体的な形については、様々な形状について調べられており、例として、水平平板の平均ヌセルト数は
\begin{split}
\overline{Nu} = 0.664Re^{\ff{1}{2}}Pr^{\ff{1}{3}}
\end{split}
のように表せることが知られています。