加熱や冷却により流体中に密度差が生じると、浮力により対流が生じます。このような対流の形態を自然対流と呼び、自然対流による熱伝達を自然対流熱伝達と呼びます。
自然対流は身の回りの現象に密接に関係しており、煙突から出る煙、線香の煙、水蒸気が上昇して形成される雲などの例があります。
自然対流では温度差による浮力が対流の駆動力となるため、速度場は温度場に大きな影響を受けます。強制対流では、温度場が及ぼす速度場への影響は無視できた点と大きく異なります。
このような事情により、自然対流熱伝達の解析は強制対流熱伝達とはまた違った難しさがあります。
さて、速度場に対する粘性力と浮力の相対的な関係を表す無次元数はグラスホフ数と呼ばれ、自然対流の流れの様子を支配する重要なパラメータとして知られています。
今回は、自然対流を支配するグラスホフ数の定義とその導出過程について解説します。
ブシネスク近似とは?
自然対流熱伝達において、温度差により生じた密度差により浮力が生じ、これが対流の駆動力となります。
さて、流体の密度が温度のみの関数で表せると仮定すると、$\rho (T)$ での密度はテーラー展開を利用して、以下のように近似できます。ただし、$\rho(T_0)$ を参照温度における流体の密度とします。
\begin{split}
\rho(T)\NEQ\rho(T_0)+(T-T_0)\ff{\diff \rho}{\diff T}
\end{split}
この結果を用いることで、流体に作用する単位体積当たりの浮力が次のように計算されます。
\begin{split}
F&=\Big(\rho(T_0)-\rho(T)\Big)g \EE
&= -\ff{\diff \rho}{\diff T}(T-T_0)g \EE
&= -\ff{1}{\rho(T_0)}\ff{\diff \rho}{\diff T}\cdot\rho(T_0)(T-T_0)g
\end{split}
ここで、体積膨張率を $\beta$ として次のように定義します。
\begin{split}
\beta&= -\ff{1}{\rho(T_0)}\left.\ff{\diff \rho}{\diff T}\right|_{T=T_0}
\end{split}
すると、$\beta$ を用いて浮力を以下のように表示できることが分かります。
\begin{eqnarray}
F&= \rho(T_0)\,g\beta\,(T-T_0)\tag{1}
\end{eqnarray}
通常の気体の振る舞いは、理想気体の状態方程式($p=\rho R T$)で近似できます。したがって、体積膨張率は以下のように絶対温度の逆数として表せます。
\begin{split}
\beta&= \ff{1}{T_0+273}
\end{split}
ブシネスク近似
今回は、流れの中で密度変化が生じることを考慮して、ナビエ・ストークス方程式を考えます。すると、方程式を次のように記述できます。
\begin{split}
\ff{\del \rho\B{v}}{\del t} + (\B{v}\cdot \nabla)(\rho\B{v}) = -\nabla p +\nu\nabla^2 \B{v}+\rho(T_0)\,g\beta\,(T-T_0)
\end{split}
外力項 $\B{f}$ が先述の浮力(式$(1)$)となっていることに注意してください。
さて、このままでは手に負えないため、$\rho$ が温度に関わらず、参照温度での基準密度 $\rho(T_0)$ から変化しないと仮定します。すると、両辺を密度で除すことができ、
\begin{split}
\ff{\del \B{v}}{\del t} + (\B{v}\cdot \nabla)\B{v} = -\nabla p +\nu\nabla^2 \B{v}+g\beta\,(T-T_0)
\end{split}
とできます。このように、温度による密度変化を無視しうるものとして近似する手法をブシネスク近似と呼びます。
自然対流熱伝達の基礎方程式
自然対流による熱伝達を考えるにあたり、その基礎方程式を導く必要があります。
先述のブシネスク近似を用いて境界層内の流れと、エネルギー収支に関する基礎方程式を考えると、一群の方程式を次のように表せます。
$$
\left\{
\begin{split}
&\,\ff{\del u}{\del x}+\ff{\del v}{\del y} = 0 \EE
&\, u\ff{\del u}{\del x}+v\ff{\del u}{\del y} =-\ff{1}{\rho}\ff{\del p}{\del x}+\nu\ff{\del^2 u}{\del y^2} \EE
&\, u\ff{\del T}{\del x}+v\ff{\del T}{\del y} = \A \ff{\del^2 T}{\del y^2}
\end{split}
\right.
$$
ただし、$u,v$ を水平方向と垂直方向の流速、$p$ を圧力、$\A$ を熱拡散率、$\nu$ を動粘度とします。境界層方程式と同じ形式となっています。
ここで、境界層外縁に沿った流線に対してベルヌーイの定理を適用して、以下の等式を考えます。
\begin{split}
p+\ff{1}{2}\rho U^2+\rho gx = p_{\infty}+\rho_{\infty}gx
\end{split}
両辺を微分して整理すると、
\begin{split}
\ff{\del p}{\del x} = (\rho_{\infty}-\rho)g
\end{split}
となり、この結果は浮力を表すことより、式$(1)$を用いて、
\begin{split}
\ff{\del p}{\del x} = -\rho(T_{\infty})\,g\beta\,(T-T_{\infty})
\end{split}
と書くことができます。ここで、ブシネスク近似を適用することで、
\begin{split}
\ff{1}{\rho}\ff{\del p}{\del x} = -g\beta\,(T-T_{\infty})
\end{split}
とでき、以上より第$2$式を、
\begin{eqnarray}
u\ff{\del u}{\del x}+v\ff{\del u}{\del y} =\nu\ff{\del^2 u}{\del y^2}+g\beta\,(T-T_{\infty})\tag{2}
\end{eqnarray}
と変形できます。
グラスホフ数とは?
ここで、ヌセルト数を導出した過程と同様に式$(2)$の無次元化を行います。
$$
\left\{
\begin{split}
&\,u^{*} = \ff{u}{u_{\infty}},\,v^{*} = \ff{v}{u_{\infty}} \EE
&\,x^{*} = \ff{x}{L},\,y^{*} = \ff{y}{L} \EE
&\,T^{*} = \ff{T-T_{\infty}}{T_w-T_{\infty}}
\end{split}
\right.
$$
上の変数変換を式$(2)$に適用して変形すると、
\begin{eqnarray}
u^{*}\ff{\del u^{*}}{\del x^{*}}+v\ff{\del u^{*}}{\del y^{*}} =\ff{\nu}{u_{\infty}L}\ff{\del^2 u^{*}}{\del y^{*2}}+\ff{g\beta\,(T_w-T_{\infty})L}{u_{\infty}^2}T^{*}
\end{eqnarray}
となります。ここで、$u_{\infty}=\DL{\ff{L}{\nu Re}}$ であることに注意すると、
\begin{eqnarray}
u^{*}\ff{\del u^{*}}{\del x^{*}}+v\ff{\del u^{*}}{\del y^{*}} =\ff{1}{Re}\ff{\del^2 u^{*}}{\del y^{*2}}+\ff{g\beta\,(T_w-T_{\infty})L^3}{\nu^2}\cdot\ff{T^{*}}{Re^2}
\end{eqnarray}
とできます。さて、右辺第$2$項に現れる無次元数にグラスホフ数 $Gr$ という名前を付けるとします。
グラスホフ数は、自然対流を支配する無次元パラメータとして知られています。また、$L$ を $x$ に置き換えたグラスホフ数のことを局所グラスホフ数 $Gr_x$ と呼び、次のように表されます。
\begin{eqnarray}
Gr_x=\ff{g\beta\,(T_w-T_{\infty})x^3}{\nu^2}
\end{eqnarray}
グラスホフ数は自然対流において、流れが層流か乱流かを判定する目安として使われます。具体的には、局所グラスホフ数にプラントル数を乗じた、局所レイリー数 $Ra_x$ が用いられます。
乱流への遷移は、$Ra_x$ が $10^9$ となる地点で生じることが知られています。