今回はミクロな世界の微視的状態数と、エントロピーという巨視的な性質を結びつけるボルツマンの原理について解説します。
ところで、気体分子運動論やマクスウェル分布で見てきたように、個々の気体分子は様々な速度で運動しています。このことは、個々の分子が様々な異なる運動エネルギーを持ってることを意味します。
ここで、分子一個一個の微視的な運動状態に注目し、各時刻での運動状態(位置と運動量)を数え上げたとします。この微視的状態数は気体のエントロピーとどのような関係を持つでしょうか?
これについて考えるため、まずは結合系のエントロピーの変化について再考することにしましょう。
プロローグ
熱力学ではエントロピーという概念が登場します。エントロピーは孤立系の自発的変化の方向について教えてくれる重要な物理量です。今回はエントロピーと統計力学の関係を求めることが中心となります。
まずは、エントロピーについて再確認します。ここでは、断熱容器に密閉された結合系について考えます。始め各系は $T_L,T_H$ の温度であったとします。ただし、$T_L<T_H$ にあるとします。
このとき、結合系の境界で $\diff Q$ の熱の出入りがあったとすると、系全体のエントロピー変化 $\diff S$ が次のように計算できます。
\begin{split}
\diff S=\ff{\diff Q}{T_L}-\ff{\diff Q}{T_H}>0
\end{split}
そして、$T_L<T_H$ であるため、上式は常に正となります。したがって、結合系が熱平衡に向かうにつれ、そのエントロピーが増加していくことが分かります。実際、孤立系ではエントロピー増大則として知られる法則が成立します。
この事実を統計力学を用いて再考することにします。
エントロピーと微視的状態数
さて、上で得た結果を微視的状態数の変化として捉え直すことにします。すなわち、結合系の最初の状態において、$T_L$ の微視的状態数を $W_L$ とし、$T_H$ の微視的状態数を $W_H$ であったとします。
すると、この系全体の微視的状態数 $W_T$ を、
\begin{split}
W_T=W_L\cdot W_H
\end{split}
とすることができます。$W_T$ が積で表される理由は $T_L$ 側の微視的状態それぞれに $T_H$ 側の微視的状態が対応するためです。
ところで、熱平衡に達した状態での微視的状態数 $W_T$ は、エルゴート仮説に基づいて考えると最大値となるはずです。
つまり、微視的状態数も熱平衡に向かうにつれ、増加する方向へ変化するはずです。
これより、微視的状態数はエントロピーと対応していて、エントロピーの増加に比例して微視的状態数も増加していくことが言えます。
ただし、エントロピーは和で表されるのに対して、微視的状態数は積で表されるので、単純比較できないという問題があります。そこで、微視的状態数の対数を考えます。すると、
\begin{split}
\log W_T=\log (W_L\cdot W_H)=\log W_L+\log W_H
\end{split}
のようにでき、積を和の形に変換することができます。こうすると、微視的状態数とエントロピーをスムーズに結び付けられそうです。
ボルツマンの原理とは?
前節にて微視的状態とエントロピーのは比例関係にあると述べました。この考えをボルツマンは推し進め、最終的に、エントロピーが微視的状態数を用いて次のように定義できると主張しました。
統計力学では、この式がエントロピーの定義と見なされます。そのため、これはボルツマンの原理と呼ばれます。
ボルツマンの原理によるエントロピーの計算
それでは、ボルツマンの原理を用いてエントロピーの計算を実行します。
簡単のため、今回は系に含まれる粒子数 $N$ が偶数の場合について考えます。まず、$W$ については次のように表せ、
\begin{eqnarray}
W &=& \left( \ff{2\pi m}{h^2} \right)^{\ff{3N}{2}}\cdot\ff{V^N \cdot\D E}{\left( \ff{3N}{2} \right)!}\cdot E^{\ff{3N}{2}-1} \\
\end{eqnarray}
ここで $W$ を $N!$ で割ったものを考えます。このような操作を行う理由は各分子の区別せず、純粋な状態の数のみを考えるためです。
すなわち、$\DL{\log \ff{W}{N!}}$ を計算すると、
\begin{split}
\log \ff{W}{N!} &= \log\left\{\left( \ff{2\pi m}{h^2} \right)^{\ff{3N}{2}}\cdot\ff{V^N \cdot\D E}{N!\cdot\left(\ff{3N}{2} \right)!}\cdot E^{\ff{3N}{2}-1}\right\} \EE
&= \ff{3N}{2} \log\ff{2\pi m}{h^2}+N\log V + \log \D E\EE
&\qquad+ \left( \ff{3N}{2}-1 \right)\log E \,- \log N! \,- \log \left( \ff{3N}{2} \right)!
\end{split}
今、$\log \D E$ は無視でき、$N$は 十分大きな数のためスターリングの公式が使えます。よって上式は、
\begin{split}
\log \ff{W}{N!} &\NEQ \ff{3N}{2} \log\ff{2\pi m}{h^2}+N\log V + \ff{3N}{2}\log E\EE
&\qquad \,- \log N^Ne^{-N} \,- \log \left( \ff{3N}{2} \right)^{\ff{3N}{2}}e^{-\ff{3N}{2}} \EE
&= \ff{3N}{2} \log\ff{2\pi m}{h^2}+N\log V + \ff{3N}{2}\log E\EE
&\qquad \,- N\log N + N \,- \ff{3N}{2}\log \ff{3N}{2} + \ff{3N}{2}
\end{split}
これを整理すると、
\begin{split}
\log \ff{W}{N!} &\NEQ N \left\{ \ff{5}{2} + \log \ff{V}{N} + \ff{3}{2}\log\left( \ff{4\pi m}{3h^2}\cdot\ff{E}{N} \right) \right\} \EE
\end{split}
が得られます。以上より、エントロピー $S$ を、
\begin{split}
S = k_B N \left\{ \ff{5}{2} + \ff{3}{2}\log \ff{4\pi m}{3h^2}+\ff{3}{2}\log\ff{E}{N}+ \log \ff{V}{N} \right\} \EE
\end{split}
と求められます。体積 $V$ と内部エネルギー $E$ の大きさは一定のため、定数と見なせます。これより、エントロピーは $N$ により決まる物理量であることが分かります。そして、このグラフは下図のようになります。
グラフから分かるようにエントロピーはある粒子数のところで極値を取ります。したがって、結合系が熱平衡に向かうにつれて、系に含まれる粒子数がこの粒子数となるように変化していくことも分かります。
ニュートンの運動法則を個々の分子に適用し、気体全体に適用することで気体の巨視的性質が導けました。この事実は衝撃的ですが、美しくもあります。
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